自信(とか自己肯定感)って必要ないんじゃないでしょうか。【メモ魔】
Q2.現在の自分の「人生の軸」は?(2回目)ところでこのブログのテーマのひとつ、「自己分析・自己理解」を再開してみようと思います。(「違いをもたらす違い」を考えると、自分がやりたいことの解像度が上がった【メモ魔】)#まだQ2です#1000問あります#4年経ってます2年前にQ2で止まってたけど、人生の軸の言語化が変わってるのでもっかいやります。【今日の発見】自信(とか自己肯定感)って必要ないんじゃないでしょうか。人生を積みへらす僕の今の人生の軸?というか大切にしている考え方です。 人生は積み重ねだと誰でも思っているようだ。僕は逆に積みへらすべきだと思う。という書き出しで始まる僕のバイブルがあります。『自分の中に毒を持て』(岡本太郎)です。最初に読んだ時、この一文を読んで身動きが取れなくなり、それからすぐには読むのを再開することができませんでした。自己肯定感の浮き沈み世の中を何も知らない20代前半、大学時代を存分に満喫し、サークルもバイトもそこそこのポジションに就かせてもらい、根拠のない自信がありました。自分のことを信用していました。自分が下す決断に自信を持っていました。新卒で入った会社を辞め、フリーランスになろうと決意した20代後半、何の武器もない自分が大海原でポツンと存在し、なりふり構わずアルバイトでもして収入を得ないと生活ができないほどに困窮し、出世していく同年代と比べて”なんて自分は哀れで何ひとつ成し遂げていない貧乏人なんだ”と自信が喪失していました。このままではダメだとずっと興味はあったWeb業界(プログラミングをやりたい)への転職を決意し、エンジニアになるために、末端の作業のアルバイトに応募しました。向き不向きはあるだろうけど、毎日毎日コードを書いてコツコツ積み重ねていけばスキルは絶対に身につくはずだと信じて一生懸命に業務に励みました。小さなことでもいいから成功体験を積み重ねて自分に自信を取り戻したいと思っていました。今度こそはと決めて入ったこの業界だったので、少々の苦難は覚悟していました。最初は涙が出るほどわからなかったけど、毎日毎日コツコツとやっていると1年前は絶対に理解できなかったようなことを理解できたり自分で導き出したりできるようになっていることに気づきました。今も大きな壁にぶち当たっているけど、それも苦難のひとつだと真摯に受け止めてまあまあ前向きにやれているし、自分の中でも会社の中でも決して小さくはない規模の案件をこなすこともできました。エンジニアの端くれくらいにはなれたと思います。現状に不満はないのに飛び出そうとしている一見充実しているように見えるけど、実はもっとやってみたいことにぶち当たっています。それは、あんなにも積み上げようとしてきたエンジニアや今まで経験してきたどんな仕事とも関係がないことです。僕には大学時代に酒の飲み方から人脈から所作まで、人として大切なことのほとんどを教えてもらった恩師がいます。その恩師から新しい事業を、「お前とやりたい」と言ってもらいました。僕の良いところは執着しないことかもしれません。人生の軸は”積みへらす”です。今やっていることに不満はないし、好きです。けど、もっとやりたいことが目の前に現れました。昔から、どこでやるのかじゃなくて、誰とやるのかを大切にしてきました。これを教えてくれたのもその恩師でした。選択肢はひとつしかありませんでした。人生を積みへらすとは多くの人は、積み上げたものを眼下に、誇らしく思い、自信をつけていくことが大切だと思うかもしれません。けど今の僕は逆です。積み上げてしまうとそれを守りたくなって、身動きがとれなくなって、失敗を恐れて、新しい挑戦や目の前に訪れたチャンスを逃してしまうかもしれないと思っています。自信とは自分を信じることです。自分なんか信じては絶対にダメですね。自信なんかあったら、傲慢になって、昔話をして、最近の若者は、とか言うだけです。生きている間、敵は自分しかいません。一生自分と闘って、自分を疑って、周りに感謝するしか有り得ないです。あんなにも欲しかった自信(成功体験、自己肯定感)は、僕には必要なかったんですね。知ったような気になって、相手を説得するとか言語道断ですね。どれだけ積み上げても、知らないことは山ほどあって、その山頂にいる人にとっては僕は何も知らないのと同じです。やってみたいと思ったことをやってみる人生でいきます。