ニシボリックサスペンション
この奇怪な名前はなんだろうか?3代目ジェミニ採用されたリアサスペンションの機構にこの名前が
付けられている。名前の由来は何となく推察できると思うが開発者である西堀稔の名前から命名された
ものだ。西堀さんが開発したので、ニシボリックサスペンションとはこれまた粋な名前だ。
僕はこういうのが好き。

だがこのサスペンションは曲者だった。
形式的にはただのストラットなのだが、トーが走行中に変化する仕組みになっているのだ。
(車両を上から見たとき、進行方向に対しタイヤ前端を内側または外側に向ける角度をトーと言う。
内側に向いていればトーイン、外に向いていればトーアウト)
基本的にトー変化を少なくしたいのだが、積極的にトー変化を起こすことによって曲がりやすくなったり、
安定させたりすることも可能ではある。
問題はそのトー変化を確実に狙いとおりに動かせることができるかだ。
コーナリング中のリアのトーはトーインに向かうほうが挙動は安定し、またオーバーステアを抑えるように
作用する。トーアウトが大きくなると、リアが不安定になり、オーバーステアを誘発してしまう。
基本的に、コーナリングで荷重がかかった際には自然とトーインになるように設計されている車が多い。
馬が曲がっている時の後ろ足を見ると外側の脚はトーイン方向に向いている。
これ曲がりやすく走るための物理の法則であるのだ。

さて、このニシボリックサスペンションはこのトー変化を積極的に利用とするものだが、この発想は
ポルシェ928がはじめて採用したように思われる。ヴァイザッハ アクスルというもので、外側の後輪が
機械的に最大2°トーをイン側に向けてリアのコーナリングフォースを安定させるといったもので、
それなりに効果があったと言われる。(評価はマチマチだったような。。)
日本では油圧でサスペンションメンバー自身がトーインになるHICASがそれを追って登場した。
その後、Super HICASとして低速時には一旦逆位相、すなわちトーアウトになり、リアの追従を
向上させ、コーナリングをさらに安定させるものを日産は開発した。
さて、西堀さんは何とか機械的ではなくこの逆位相もできないかと考えたようだった。
下記の絵を見る限りではこのトーコントロールをゴムブッシュで行おうとしたようなのだ。
コーナーリング時、後輪に発生する横力によってブッシュがたわみ、後輪をトーアウトに
向けることにより、一瞬、弱オーバーステア状態を作り出し、クルマをコーナーのイン側に向ける。
(Super HICASと同じ考え。)その後の姿勢安定のためのトーインへの切り替えは、
後輪が縮み側に移動することで行っているようだ。
要は、コーナリングの際にはトーアウト、トーインが自動的に行われるという画期的な
サスペンションということだ。
 
本当にうまくいくか?
 
ジェミニが発表されてから自動車評論家の評価は散々だった。
実際にオーバーステアになるか不明だが、リアが急にインに向く挙動が感じられるのである。
意図しない動きに人間は不安を覚える。
また、この逆位相がそのままになるケースがあり、それはオーバーステア、またはスピンの発生を
意味する。結局のところリアが安定しないと判断されるのだ。
これがまだセンサー等で意図的に動かしているものであれば良いが、このサスペンションはブッシュに
よってコントロールされる。路面状況、タイアの状況、天候、温度でブッシュの動きが変わるため、
一定の安定した挙動が作れないのだ。
即ち、信用できない、挙動が不安定な車ということである。
ニシボリックサスペンションの動きを止める後付パーツが売られるぐらいこの車動きは不評であった。
このサスペンションはもちろん一代限りで消滅した。
これを提案した西堀さんはおそらく理想主義でこれを作ったのだと思うが、これを止めさせるスタッフは
存在しなかったのだろうか?
そもそもこの「名称」をつけるぐらいだから、とんでもなく自己主張が強く、意気揚々に進めたんだろう。
周りは誰も止められなかったに違いない。
たまにはこんな面白いことがあってもよいが、このジェミニの失敗がいすゞを乗用車の
開発から撤退させた一つの要因であることを考えればあまり面白がってもいられない。
 
西堀さんのその後を僕は知らない。。。
これが幻のニシボリックサスペンション。 (手前の方ね)ロアアームが細く、
横荷重に十分耐えられるのか少し不安だ。どこのブッシュがつぶれ、たわむのか良く分からないが、
特許では
ラテラルリンク(前後の平行2本棒のリンク)後輪サスペンションにおいて、
リンクの弾性ブッシュを、前側を硬く後側を柔くする
リンクの車体への装着位置を、後側を前側より高くする
とある。
サスペンションメンバ自体はしっかりしていそうだが、この取り付けにも問題があったらしい。
意あって力足りず、というケースは過去の車に多々見られるが、ちょっとこれは机上の
空論だったのだろう。
*もちろんブッシュはたわむもので、通常車のサスペンションブッシュもたわみを利用してトーイン、
アウトを 作り出す事はやってる。が、それはこのニシボリックのように積極的に動かそうとする
意図ではない。
 
ちなみに3代目ジェミニのデザイン担当は以前日産に在籍していた中村史郎だ。
この車の失敗のことは覚えてるかな。
悪くは無いが、当時GMの意向が強く繁栄されたデザインらしい。
今見てもそう悪くはないが、ヨーロッパ然とした先代からアメリカっぽくなったデザインはやはり戸惑いを
覚えさせた。またサイズが少し大きくなり、カローラあたりと真正面にぶつかるサイズになったのも
痛かった。アメリカで売ることを考え、少し大きくしたのだろう。
その割にはアメリカでもさっぱり売れなかったそうだ。2代目は素晴らしかったなあ。
あれはジュジャーロのデザインだった。