最近になってあまり見ることもなくなってきたが、わるい夢を見ることがある。
他の人も同様の経験があると思うが、私は今までの人生でただ一度だけ19歳の時に「金縛り」にあったことがある。
自分の部屋でひとりベッドに寝ているときだった。
真夜中にふと目が覚めると真っ暗な部屋の足元の左隅、天井との境に何か白っぽいものがぼうっと見える。「何だろうあれ…」と思っているとその白いものが壁を離れて突然ぐわーっと目の前に迫ってきた。「ぅうわあ!」と声にならない叫びをあげて両手で顔を覆おうとしても両手が上がらない。それだけではない。身体全体ベッドに縫い付けられたようにびくともしない。驚愕に目だけ大きく見開いている間にそれは顔の前から居なくなった。
ほっとすると同時に身体が動くようになり、暗い部屋で「今のはいったい何だったんだろうか?」と心臓のばくばくが収まらないまま呆然としていた。
金縛りというのは肉体が極度に疲労している場合に起こりやすい。人は疲労を回復するために眠るわけだが、睡眠中脳全体ではなく身体の運動機能に関係しない脳の一部だけがふと目覚めてしまう事がある。そうすると頭の中で意識はあるが身体を動かす指令を出す部署がまだ眠っているために身体を動かせないというちぐはぐな状態になる。

それが金縛りという現象を引き起こすのだ。
そういうわけで「金縛り」はこれから書こうとする「わるい夢」とはちょっとニュアンスが異なる。
「わるい夢」は夜に見る本当の夢の話である。

わたしの悪夢にはあるパターン化したものが在り、それが人生でたびたび襲ってくることになる。

ひとつめはトイレの夢である。
ある廃墟のような場所を私は彷徨っている。そこでは建物は崩れ落ち大抵は屋根もなく壁は四方を囲ってくれてはいない。至るところ埃だらけでそこを取り巻く空気すら黄色くくすんでいる。あたりに人は居るのか居ないのか定かではない。そこで便意を催している私はあちらこちらとトイレを探し歩いている。

崩れた建物の一角にやっとトイレを発見して中を覗いてみると古ぼけた便器の便座には明らかに便の跡らしきものがこびりついている。「これではとても無理だ」と諦めて他のトイレを探すことにする。しばらく探しているうちに別の建物の跡にひとつ見つける。そこは破壊のあとがひどく、床自体が便器ごと大きく傾いていてとてもトイレとして用をなさない。

そうこうする間も便意が増していくので何とか別のトイレを探さなければならない。

さらにあちらこちらと歩き回った末にドアが壊れてぶらぶらしているトイレを発見する。中を覗くとなんと便器の中は便で溢れ便座もべったりと汚れている。絶望感のなか便意と戦いながら別のトイレを探してさらに彷徨うことになる…

私の悪夢の特徴としては堂々巡りがある。
この場合で言うと〝トイレで用を足す〟という最終目標がある。そのために手を尽くしてトイレを探すが、やっと見つけても様々な障害で目的を果たせない。新たな方策を探ってもう少しで目標達成できそうなところまで行くが、もうちょっとでやはり手が届かない。そして再びトイレを求める…このサイクルがいつまでたっても終わらない。終わらないので目が覚めるまで続く。だから脳は私を強制的に目覚めさせざるを得なくなるのだ。


小の場合もある。
雑踏の中、私は尿意をこらえてトイレを探している。なかなか見つからなかったトイレがやっと見つかり中に入ると部屋の中はひどく古びて薄汚い。便器の前に行ってみると、便器はあり得ないほど汚れていて長い事放置されたままのようだ。匂いもきつく、ここで用を足すと絶対触れたくない跳ね返りが跳んでくる。

「嫌だ、無理だ」仕方なく別のトイレを探すことにする。

無表情に歩く人々の間をぬってさんざん探し歩いた末にようやく別のトイレを見つけた。今度は汚れていない。

しかし…壁がない。トイレを取り巻く三方向の壁がないのだ。もしここで用を足したら衆人の目に晒されるだろう。「だめだぁ」
絶望感に陥った瞬間はっと目が覚めた。布団の中にいる。真っ暗な部屋の天井を見上げて我に返った。
そのあとは尿意から解放されるべくトイレへと向かった。