相変わらず穏やかな海を渡りリンチャ島へ近づいていくと、船着き場に着く頃にはまるでゆるやかな河を遡っているかのような錯覚すらあった。船着き場から上陸するとすぐ目の前には国立公園のゲートが立っていた。ゲートをくぐると緑の広場が広がっていて、その真ん中に一本の道がさらに奥のゲートへと続いている。青空の下、芝のなかの道を歩いているうちに奥のゲートに到着するとすぐに管理事務所があった。高床式の管理事務所の足元に〝なんてこった!〟コモドドラゴンが寝そべっている。檻に入ってるわけでもなく、まるでペットの犬が玄関の横に寝そべっているのと変わらない。ドラゴンに近付き過ぎないようにおっかなびっくりで脇を通って事務所に入った。

事務所内にはコモドドラゴンに関する資料が壁に貼ってあったり、お土産の商品が入ったショーケースが置いてあったりして数人の管理者らしき人たちが休憩していた。特に何か声を掛けられることもなかったのでそのまま事務所を出ることにした。
外へ出てみると、先ほど見たドラゴン以外にも数頭のドラゴンが事務所の近くの地面にたむろしている。それぞれに観光客が数人ずついて写真を撮っていた。その近くには管理人がいて観光客が危険な行為をしないように見守っている。どうやらここリンチャ島ではドラゴンに餌を与えて放し飼いにしているようだ。観光客はわりと自由に歩き回るのが許されていた。
私たちもそこらへんにいるドラゴンを見たり撮影したりしていたが、もう十分に堪能できたかなと思えたので事務所近辺を離れて島をハイキングすることにした。事務所の奥から続く道を丘に向かってぶらぶら歩きだす。樹々の間を縫って上の方に歩いていくと途中ドラゴンを見かけた。近づいて撮影をしてまた上を目指す。しばらく登っていくとひらけた丘の上に到着した。立ち止まって息を整えていると涼しい風も吹いていてとても気持ちのいい景色だ。強い陽ざしの下、丘を歩いて横切っていくと遠く足元の方にリンチャ島の港が見えてきた。湾曲した港の沖には外国のいろんな船がのんびり停泊している。しばらくは丘の上の空気感を楽しんでいたがそろそろ戻る時間だ。丘を下って管理事務所へ戻り、公園の緑を横切って船着き場で待つ船へと帰り着いた。

もしコモドドラゴンを観に行きたいが観れるかどうか心配で旅行に二の足を踏んでいるという方がいたら、大丈夫です。コモド島とリンチャ島、両方行けば必ず観れます。今なら。
ただし、なるべく早いほうがお薦めです。

なぜならば気候変動の激しい昨今、世界遺産で絶滅危惧種ともなると突然規制が厳しくなることもありうるので、いつ観れなくなるかわからないですよ。

今日はもうひとつメニューが残っている。
カロン島という島でコウモリを見る事になるらしい。
リンチャ島を出航した船は午後の陽ざしのなかを特に急ぐでもなく小島の間をぬって進み続ける。船べりに腰を下ろして海風を受けながら周りを見回すと、右にも左にも大小の島々が点々と連なっている。多島海というやつだろうか、この辺りは本当に島が多い。

そうこうするうちに海の一角に大小さまざまな船が停泊しているのが見えてきた。観光客を載せた船だと思うが種類も大きさも様々で、中には日本ではちょっと見かけたことがないような船もいる。
ちっとも大きくない船なのに客室だけがやけにでかい。おそらく中に宿泊できる船なんだろうけれども、ホテルのような船といえば私たちが想像するのは巨大な客船だけである。こんな船に泊まるってどんな感じなんだろう?経験してみたい気もする。

いろいろと想像を膨らませているあいだに私たちも現場に到着した。そこには何十隻もの船があるイベントを待ち受けてたゆたっていた。
目の前にはマングローブが生い茂る島がひとつ…どうもマングローブだけで出来ているように私には見える。ガイドの説明によると、この島にはたくさんのコウモリたちが生息していて日が暮れるころに餌を取りに一斉に飛び立っていくらしい。
ちゃぷちゃぷと波が舷側を叩く音を聞きながらおとなしく時が過ぎるのをまっていると、いつのまにか日は傾き空が夕焼けに染まってくる。その間にもどこから来るのか船が次々と集まってきた。
やがて真っ赤な太陽が海に沈もうと光の最期の一筋を波間に放ったときに島の上に黒い点々が現れた。
それはどんどん数を増していき河のように流れ出した。
左側に流れていった黒点の群れは徐々に大きくなってくる。その間にも島の上には次々に黒い点が現れ、途切れることはない。
空が暗さを増してくるなか、左側に流れた黒点の群れは向きを変えてぐんぐん大きくなってきてやがて私たちの船の真上を通過していく。
頭上を見上げると暗い空がバックになってて見づらいがまぎれもなく黒いコウモリの大群だ。羽ばたく音すら聞こえるようだ。
その間にも島の上には次々と黒点が現れる。私たちの想像をはるかに超える大量のコウモリはそのあとも十数分のあいだ頭の上を通っていった。
何かとんでもないものを見てしまったという呆然とした思いを抱いたままその夜はフローレス島へと帰って行った。

翌日はいろいろな体験をしたウォーレシアを離れ、帰途に就く。
朝から天気も上々でガイドさんの車でコモド空港へと走り出した。
空港へ程近いところでガイドさんが車を止めた。そこに大きな土産物ショップがあるということだった。
先に買ったコモドドラゴンのTシャツにもうひとつ満足できなかった私は渡りに船という気持ちで店に入って行った。店内はコモド島にあった土産物屋とは大違いで清潔で洗練されていた。値段は少々高いが商品もすべて高いレベルにある。「なんだ、こんな店もあったんじゃん」と思いながら店内を見て回っていると「あぁあったあった」壁にいい感じのTシャツが掛かっている。ベージュ色であか抜けたキャラクターにデザイン化されたコモドドラゴンのイラストが描かれている。「これこれ、こういうのが欲しかったんだよね」私はさっそく店員さんに壁を指して自分のサイズのものを買おうとしたが、残念ながら品切れだった。本当はベージュ色が気に入ってたのだが、仕方がないので在庫があった同じデザインの白いTシャツを買う事にする。
こうして満足のいく買い物をして私たちは空港へと向かった。

コモド空港を無事に飛び立った飛行機はフローレス島に別れを告げて再びバリ島を目指した。飛行機は順調に飛行してバリ島に着くが、空港に到着する少し前の事。近づいたバリ島を窓から見ていると陸上に見たこともない巨大な像が立っている。「こりゃなんだ!」昔バリ島に来たときはこんなもの無かった。遠くにしか見えないので細かいところまでは分からないがどうも翼が生えているようだ。
「ガルーダかな?」気になったので空港に着いてからネットで調べてみると、最近になって建てられたものでガルーダに乗っている神様の像だったらしい。それにしてもとんでもなく巨大だった。

バリにまた一泊して日本へ帰ることになっているので、ホテルにチェックインした後はクタの街へと繰り出した。
前にも書いたがクタの街には海の近くに巨大ショッピングモールが出来ていた。入ってみると冷房が効いててとても涼しい。1階にはファーストフードの店などもあり、噴水広場には人々が集っている。現代的で昔のクタからはとても想像もつかない施設だ。地下へ降りて行ってお土産屋を巡る。私はコーヒーが好きなのでコーヒー豆を探した。そういえばフローレス島でもフローレス島産のコーヒーを買ったがバリ島にはルアックコピ(コーヒー)がある。これはジャコウネコにコーヒーの実を食べさせてフンの中にある未消化のタネを集めたもの。なかなかに高価だがここでしか手に入らない物なので買って帰ることにした。
午後は通りに面した開放的なコーヒーショップで過ごし、その日の夜はクタの街で最後の食事をすることにした。日が暮れると通りの両側は煌々と照らされた飲食店が並んでいて、どの店にしようかなと考えながらぷらぷらと歩く。昔の高級店は中国人が経営する中華の店が多かったが今では半分くらいはポップな音楽が店外までガンガン流れているクラブのようなレストランのような店となっていた。そういう店には欧米人かオーストラリア人あたりの客が集まっている。

店選びに迷いながら通りを歩いているうちにとうとう端っこまで来てしまったのでそのへんで探すことにした。店内は明るいが人が見当たらないガラガラのレストランがあった。こういう店なら料理を待たされずに済みそうだと思いこの店に決めた。席に着くと料理名は覚えていないがバリ島ローカルな料理とビールを頼んで待つことにした。まったく人のいない店内では店に雇われた現地のロックバンドが欧米のロック曲を演奏している。料理が来たので二人でバリ島最後の夜に乾杯するが、客は他に誰もいないのでロックバンドは私たちのためだけに演奏してくれる。ある意味なんとも贅沢な食事だ。バンドのヴォーカルの女のコが何か曲をリクエストしてくれというのでボニー・タイラーの曲を演ってくれと答えた。彼女のとてもハスキーな声がボニー・タイラーを想わせたからだ。
でも若いせいか彼女はボニー・タイラーを知らなかったので、仕方なくそのバンドがさっきまで演奏していたアーティストの別の曲をリクエストするしかなった。
こうしてこの夜の食事は店を貸切状態にしたVIPのように楽しんだがそれも終わり、ありがとうとひと声かけてレストランを出た。

翌朝は中庭に面したホテルのレストランでブレックファーストを取り、目の前のプライベートビーチでバリの海を最後にもう一度眺めてから空港へと向かった。そして無事に帰国の途に就いたのだった。