我々の宇宙のすぐ隣には我々の宇宙とそっくりな別の宇宙がある。

お互いに行き来することができないのでその存在を感じることはできないが。

どうしてそんな宇宙が存在するんだろうか?
例えば大昔に地球で恐竜が絶滅したのは巨大な隕石が地上に落下してきて、スーパー津波が発生したり隕石の衝突により地上から巻き上げられた大量の粉塵が何年間も地球を覆い続けて急激な気候の寒冷化が起きたためとされている。
この隕石が地球に接近中に、もしも太陽系各地に点在する他の天体のどれかにコツンと当たっていたら隕石の軌道がほんのわずか変化して地球に当たっていなかったかもしれない。そうすれば地球には何も起こらず恐竜は世界の王として君臨し続け、我々人類はいまだに恐竜に怯えるちょっと大きめのネズミに過ぎなかったかもしれない。
このように歴史というのはほんの些細な偶然の連続で成り立っている。ある偶然が起きた世界のすぐ隣には目にすることは出来ないがその偶然が起きなかった世界が存在する。そしてその隣にはまた別の出来事が起きた世界と起きなかった世界が存在し、つぎつぎに枝分かれするかのように隣とはほんのちょっとだけ違う無数の世界が出来上がっていく。

それがパラレルワールド(平行宇宙)だ。

 私はこことは別の宇宙からやって来た異世界生態調査員である。
現在ヘルメットの先端に付いたマルチタスク分析機によって目の前にある白くて粘り気のあるジェル状の物質を分析中である。 
 ここは海と陸地から成る世界。海洋から発生した水蒸気が陸上に雨をもたらし、河となって再び海へと水が循環する。陸地には植物が植生し、それを食べる動物やさらにその動物を餌とする動物も存在する。大気は主に酸素と窒素と二酸化炭素で構成され、ひとつだけ存在する太陽の光によって昼の間は大気と海水は青く輝いている。知的生命体も存在していて、現在調査中の地点は大きめの植物の幹を加工した柱と土を主体とした壁面と小さめの植物を乾燥させた物で葺いた屋根とで構成される原住民の住居である。屋内から屋外へ板状に張り出したテラスの上に…
「このバカすずめがぁ!」
 突然上からネットが降ってきて、何が何だか分からないうちに全身をわしづかみにされた。ギリギリと締め上げられ防護服が悲鳴を上げてはじけるように破損する。何か所か骨が折れたようだ。
「残ったご飯からわっしが手をかけて作った大事な糊を食べようなんて!」
 原住民の女の巨大な顔が迫ってくる。灰色の髪を振り乱して、激怒しているようだ。身には植物の繊維を織り込んで作った粗末な服をまとっている。
「こんな盗み食いが二度と出来ないように、その舌を切り取ってやる!」女は周りを手さぐりするや黒いUの字型の刃物を手にすると襲い掛かってきた。そして先ほどから伸ばしていたヘルメット先端のマルチタスク分析機のセンサーを一刀両断に切り落とした。全身を締め上げられ息もできない私はやがて意識が遠のいて…
 ふと気が付くと、私は檻の中にいた。植物を細く割いた棒状の物を組み合わせた格子に囲まれている。さっきの突然の襲撃で防護服は壊れ、身を守るために身に着けていた最小限の武器もどこかへ行ってしまった。身体は何か所も激しく痛む。通信機能が損なわれてしまって仲間と連絡が取れないのは痛いが、ヘルメットに内蔵された多言語翻訳機能が破壊されてないのは不幸中の幸いだった。
ん?何か聴こえてくる。
「ばあさんや、あそこの竹かごに入った変なすずめはどうしたんじゃい?」
「じいさんや、あれはな、わっしが手間かけて作った糊をぺろぺろ舐めてた泥棒すずめでな、腹立つから今夜焼いて食べようかとおもうてかごに入れてるんさ」
「おう、そうかそうか、それにしてもだいぶ弱っとる様じゃのう」
 原住民ふたりの会話は翻訳機が告げる通りだとすると、丸腰の私にはあと5~6時間の余命しかない。巨大な原住民の筋力の前には私の力ではなすすべもないだろう。私の帰還が遅すぎると仲間が気付いて救出に来てくれるだろうか?いや残された時間が無さすぎる。仲間がちょっとおかしいなと思う頃にはすでに私の命は尽きているだろう。あぁ!「緊急時以外には私に連絡を取るな」なんて云わなきゃよかった。仕事に集中したいが為とはいえ、この世界の危険性を過小評価していた。
…あれから2時間ほど経ったろうか?太陽が南中し、さらに気温が上昇したようだ。ここから脱出する方法を思いつくまでのあいだ体力の消耗を抑えるためにほとんどずっと横になっていた。身体のほうは胸部に骨折はあるものの脚には問題ない。ただ残念ながら未だ良い脱出方法は浮かんでこない。
…おや?暗がりから誰か近づいてくる。どうやら〝じいさん″と呼ばれていた個体のようだ。そして声をひそめて語りかけてくる。
「すずめや、何か普通のすずめとは違うようじゃがすっかり弱っとるようじゃな。それにしてもばあさんも糊を舐められたからって、何も殺してしまわんでもな。すずめ一羽じゃ腹の足しにもならんし。わしが何とかしてやるでな」…そう云うともうひとつの個体の元へと戻っていく。
「なあばあさんや…さっきのすずめじゃがな、よく見ると普通のすずめとはちょっと違うとるようじゃが、殺して食べるったって何か当たったりせんかのう。それにたった一羽じゃ二人で食べるにゃあ全然足りゃせんし」
「じいさんや、わっしはね、大事なおまんまから作った糊を食べられたのが許せんのじゃ。ほんっとにまあ…」
「まあまあ…すずめも舌をちょん切られたし、怪我もしてるようじゃし、後悔して二度とこんなことはせんじゃろう、山に帰してやらんか?」
「いいや!それじゃわっしの気がすまん…」
「お願いします。二度といたしません、ここにも近づきません、命だけはお助けください!」
〝じいさん″の交渉が頓挫しそうになり、おもわず声を出してしまった。原住民との接触は可能な限り避けるのが原則だが、そんなことを言ってる場合ではない。ここは自分の生命がかかっている場面だ。何としても帰還を果たさなければ…そして仲間に危険性を警告しなければ。
「すずめが喋った!」ふたり同時に口にした。
「すずめや、お前人間の言葉がわかるのか?」じいさんが言った。ばあさんも「なんてこった。わっしは夢でも見てんのかい」
「いいえ、私は話が分かります。命を助けて頂ければお礼もします。どうか助けてください」
「ばあさんや、すずめもこう言ってるし助けてやろうや」
「じいさんがそこまで言うならまあ…。でもお礼はちゃんと貰うよ」
「もちろんです、ありがとうございます」
…というわけで、じいさんが私が入った籠を手にして我々の前哨基地へ向かう事となった。
「それじゃあ、ばあさんすずめのお宿へ行ってくるよ」
「ああ行っておいで。お礼はちゃんと貰ってくるようにね」
…家を出たじいさんは庭を通って狭い道へと入った。
「日はまだ高いので明るいうちには帰ってこれそうじゃな。こっちでいいんじゃな、すずめ」
「はい、ここをまっすぐ行って竹林に入ってください。横道に入る時にはお伝えします」
 私と爺さんは薄暗い竹林を通る原住民二人分ほどの幅のちょっとぬかるんだ道を進み始めた。途中で原住民によく似ているが、全身毛深く四つ足で歩く別の種も目に入った。長い進化の過程で枝分かれした種族だろう。また我々が擬態するモデルにもなった〝すずめ″と呼ばれる種がチュンチュン鳴く姿も木の枝によく見かけた。
 竹林に入って二十分ほど経ったろうか基地に通じる藪道の前に着いた。
「ここで左に入ってください。薄暗いので足元に気を付けて」
「おうおうここじゃな、地蔵様のところ。確かに暗いし、狭いのう」道に密生する熊笹をガサガサと掻き分けながら基地をめざす。もう少し行くと、監視役の仲間が気が付くはず。うかつに我々を攻撃しないように合図を送らなければ。
洞窟に擬装した基地が見えてきた。我々の周囲には先ほどから監視が張り付いている。攻撃しないよう合図を送る。
「着きました。入り口で止まってください」
「ああ…わかった」
 周囲から四~五人の仲間が武器を向けながら集まってくる。武器を下すように言い、じいさんには檻を開けてもらう。今までのいきさつを仲間に語りじいさんに話しかける。「さ、どうぞ中に入ってください」
 原住民にとってはやや天井の低い洞窟の入り口を屈みながらじいさんは入ってくる。先導は私でじいさんの後ろには仲間たち。中は広くて明るい、じいさんは驚いているようだ。壁際には倉庫の扉や重機や各種装置が並ぶ。しばらく中を案内したあと目的の大きな部屋に着く。我々の椅子やテーブルは原住民には合わないので床に座らせる。もともと椅子を使用する文化はなさそうなので気にする必要もないだろう。
「じゃ、そこにお座りください。飲み物でも用意します」
「ああ…そうさせてもらおうか、それにしても何とも明るいことよのう。まるで外にいるようじゃ。そのうえ今まで見たこともない何かがチカチカ光っておるし、すずめのお宿がまさかこんなだとは…」じいさんは周囲で色とりどりの光がまたたいたり機械が音を出して作動するのをしばらく眺めていた。部屋のあちこちですずめたちが聞き覚えの無い言葉で話し合っていた。
…「それではお約束通りお礼を差し上げましょう」
「ああ…そうじゃな、ばあさんに厳しく釘を刺されていたし」
 私は用意させた手頃なサイズのボックスを爺さんに渡した。中にはこの世界で収集した価値のありそうな物を詰めている。我々の別のチームが遠く西の方に住む原住民の生活を調査し、宝物と呼ばれている品々で、金や銀やヒスイなどの鉱物や織物などだ。
「確かに。じゃ、外が暗くならないうちに帰ろうかの」
…じいさんは起ちあがった。
「それでは私が途中までお送りしましょう」私は洞窟を出て、藪を抜け竹林の道までじいさんを案内した。
 じいさんは小さなボックスを抱え、竹林の狭い道を家路に着いた。竹林を抜け、家の庭に入った頃には日が傾いていた。
「ばあさんや、いま帰ったで」
「まあじいさんや、よう帰りなさった。それでどうじゃったかのう?」
「お礼にこれを貰うてきた」じいさんは手に抱えていたボックスをばあさんに差し出した。
「まあちっちゃいつづらだのう、どれどれ?」じいさんから受け取ったボックスを開けると…
「おお!きれいだのう。金や銀にキラキラした石、きれいな織物もある!」
 思いもしなかった宝物にしばらくは夢見心地だったばあさんだったが、正気に戻るとだんだんと更なる欲が出てきた。
「でもじいさんや、命を助けてやったんだからもうちょっと貰うてもよかったんじゃないかの?…そもそもお礼を貰うのに手ぶらで行ったんじゃあいかんわ、手に持てる分しか貰えないのは当たり前じゃろ。じいさんももうちょっと気を利かせねえとなあ。そうだ明日もう一度行っておくれ」
「ばあさんや、一度貰うとるんじゃから、もうこれで充分じゃろ」
「何言うとるだよ、元々じいさんが手ぶらで行ったのが間違いじゃったんじゃから。もうじいさんには任しちゃおけん、わっしが行ってくる」
…夜が明けて翌日の朝。
 納屋から大八車をガラガラと引き出すなり
「じゃ行ってくるから留守を頼むでな、じいさん。干してる洗濯物は雨が降り出したらすぐに取り込んでおくれよ」
 そう言い残すとばあさんは大八車をがたがたと引きながら庭を通り過ぎ、竹林へと続く道に出て行った。

…竹林へ入り、やがてじいさんから聞いていたお地蔵様の所へ着いた。
「ここを左に入るんじゃったな。よいしょ、よいしょ。あらま、この藪の中を通るのは大八車じゃ無理じゃな。大八車はこの藪の中に置いておこう。なあに、お宝をここまで運ぶのをすずめ達にに手伝わせれば良い」
 ばあさんはじいさんに訊いてた道を手ぶらで進んで行った。洞窟に近づくにつれ、幾つもの目がばあさんの姿を追っていた。
「我々の基地に近づいているのは昨日来た原住民の仲間のようだな」
「何しに来たんだろうか?」
「取りあえず攻撃は控えて、このまま様子を見よう」
…洞窟に着いたばあさんは声をかけた。「おぉいすずめよう、昨日来たじいさんの嫁じゃあ、ちょっと話がしたぁい、ここを開けてくれぇ」
「どうやら敵意はなさそうだ。開けるよう連絡してやれ」監視役のひとりが言った。
 洞窟の奥の行き止まりの壁ががらがらと開き、中から出て来た例の調査員が話しかけた。
「おやおや、今日はどういった御用でしょうか?」
 ばあさんは応えた。「昨日じいさんが貰って来たお宝のことじゃがの、ありがたかったけんど、おまえさんの命を救ったお礼としては少し控えめじゃったように思うんじゃがの?…手に持てるぶんだけというおまえさんの気づかいじゃと思うて今日は大八車を引いてきた。おまえさんのお礼の気持ちを今度は充分受け取れるので用意しておくれ」
 なるほど、このばあさん少し欲をかいてやって来たというわけか。まあいい、昨日渡した物品は我々にとって特に貴重なものでもない、もう少し渡してさっさと帰ってもらおう。
「わかりました。じゃこちらへどうぞ」昨日と同じように洞窟の奥へと案内していく。中はぱあっと明るく、ばあさんも驚いている。
「何とまあ外のお天道様のように明るい、どうなっとるんじゃいったい」
「それではこちらでお待ちください、用意いたしますので」
 昨日じいさんを待たせたところで待たせる。ばあさんが周りをキョロキョロと見回している間に部下にお礼の品を運ばせた。昨日のボックスよりふたまわりほど大きい。中には昨日渡したものと同じものをぎっしり詰めてある。今度は充分満足して帰るだろう。
「どれどれ?」ばあさんはボックスの蓋を開いた。
 その瞬間、目は大きく見開かれ喜びの表情を見せた。が、次の瞬間にはその表情は消え、眉間にしわがよる。
「いやじゃ!わっしはこんな小さいつづらを持ち帰るために大八車で来たんじゃないわな。あっちじゃ!あっちの大きいつづらをおくれ」
 ばあさんが指さした方向にあったのは多元宇宙転送機。外観は確かにちょっと似ているが、あれはただの箱ではない。無数に存在する平行宇宙から任意の宇宙を選択して宇宙と宇宙を繋ぎ、人や物を行き来させることができる装置だ。異世界への扉ともいえる。
「こっちのがいい!」止める間もなくばあさんは飛びつく。
 あんなもの勝手にいじられたら大変だ!その場にいた全員がばあさんに向かうが、何しろ巨体の生き物、とても手に負えない。ばあさんは抵抗しながら多元宇宙転送機にしがみつく。びゅーんという起動音とともに装置が動き出す。まずい!そう思った瞬間、誰かが神経銃を発射した。「うっ」一瞬ばあさんはフリーズしたが、止めきれない。さらに数発が発射された。
しかし「こっちがいいんじゃあ!」ばあさんはジタバタともがきつづける。いろんなスイッチに手が触れる。
 ついに多元宇宙転送機の蓋が開いた。すると中から、頭に皿があり指に水かきのある生き物が這い出してきたかと思うと続いて頭の両側に二本の角が生えた全身赤い男が顔を出す。そのあと次から次へとさまざまなモノが出てくる。
 基地内に緊急警報が鳴り響く中、赤色灯の点滅に照らされてさらに次々と…首が長ぁく伸びた女や灰色の壁のような生き物、体中縫い目だらけ、つぎはぎだらけの男やオオカミと人との中間のようなもの、上半分女で下半分は魚とか…
蝙蝠のような翼をもつ黒ずくめの男は顔を見せるやいなや飛び立って空中でニヤリと笑う。と、むき出しになった二本のキバが点滅する赤色灯に赤く染まる。
 びゅーん、びゅーんとなおも止まることなく装置は動き続ける、そして次から次へと…