ある発見

 

2020年3月、バーミンガムのカーゾン・ストリート駅の再開発で、土地整備の際に鉄道史の大発見ともいうべき遺構が見つかった(※1)。調査の結果、それは商業鉄道草創期の1837年に建設された機関庫跡で、イギリス最古のものとわかった。いうまでもないがイギリス最古ということは世界最古でもある。

 

(※1:カーゾン・ストリート駅再開発)

 

 

この発見以前にイギリス最古の機関庫とされていたのは、1839年に建設されたダービーの機関庫だったので、今回の発見はそれより2年さかのぼることになる。とはいえダービーの機関庫は、現在はリノベーションされてダービー・カレッジの施設になっており、現存する機関庫としては依然最古ではある(※2)

 

(※2:ダービーの機関庫)

 

 

今回の発見につながった土地整備は、2017年に始まったイギリス版新幹線ともいうべき高速鉄道「HS2(High Speed Two)」の工事の一環であり、ロンドン・バーミンガム間をつなぐ第一段階工事でのことだった。ちなみにHS2のこの区間は2026年の営業開始を目指しており、その後第二段階としてさらに北部のマンチェスターとリーズへの2路線が建設予定だという(※3)

 

(※3:HS2計画)

 

 

 

どんな姿をしていたのか

 

今回見つかった機関庫跡は基礎部分だけではあるものの、円形の外壁部はもちろん、転車台がおさまる空間、またそこから放射状に並ぶピット跡までも残っており、保存状態がいいという。そのためHS2の歴史遺産担当部門が保存や公開に向けて作業中だという。2021年5月1日現在、TwitterYoutubeでこの発掘調査の動画がアップされている。

 

 

 

 

 

 

それにしてもこのバーミンガムの機関庫は一体どのような姿だったのだろうか。それは当時の見取り図で知ることができる。現在この見取り図はサイエンス&ソサエティ・ピクチャー・ライブラリーのホームページで公開されており、誰でもコピーを購入できる。調べてみると画像は全3点確認できるが、それによると独自の形状をしており、ダービーの機関庫とも違えば、本ブログの主題であるカムデンのラウンドハウスとも異なる(※4-1)

 

※4-1:バーミンガムの機関庫の見取り図

(Science and Society Picture Library)

 

 

何より目立つのは屋根の構造である。それは円錐状ではなく、円周状に設けられた低い屋根が同心円状に二重にならぶ構造で、しかも転車台上部は露出してまるでドーナツ状をしている(※4-1:中央図)。さらに外壁には車両の出入り口が3箇所もあって、明らかに他の機関庫にはない独自の構造だ(※4-1:上図)。それ以外はダービーやカムデン(現ラウンドハウス)の機関庫とほぼ同様に、車両を放射状に格納する設計である。

 

 大きさは内径直径118フィート(約36.0m)で、カムデンのラウンドハウスより42フィート(約12.8m)も小さい。転車台はわずか直径30フィート(約9.1m)で、カムデンより6フィート(約1.8m)も小さい。この小さな転車台は非常に貴重だ。ちなみに日本最古の転車台は直径40フィート(約12.2m)で、19世紀後半にイギリスからの輸入とされる(※4-2)

 

※4-2

 日本最古の転車台は旧新橋駅(1872年(明治5年)開業)に設置されたもの。その跡地は現在、東京港区立汐留西公園になっており、転車台の基礎石が今も残されている。ラウンドハウスの建設は1847年なので、旧新橋の転車台はその25年後にあたるが、その当時すでに機関車の大型化が進んで30フィート台の転車台は使えなくなっていた。同型(40フィート)の転車台は現在、岡山県JR美作河井(みまさかかわい)駅にあり、こちらは基礎石だけでなく全体が残されている。

 

 

 

 

 

地図での確認

 

このバーミンガムの機関庫を古地図で確認すべく探したのだが、なかなか見つからない。というのも建設後21年を経た1860年に駅舎拡張のために完全に取り壊されたからだ。カムデンのラウンドハウスも同様に機関庫としての役割は短命だったが、その後取り壊されることなく倉庫に転用されたことからすると実に運がいい。

 

オードナンス・サーベイ(イギリスの国土地理院)最古の詳細な25インチ地図に探してみたが、それは1887年発行なのですでに跡形もない(※5-2)。しかし運よく古い「有用知識普及協会」の1839年の広域地図の中に掲載されているのを発見した(※5-3)。そこには機関庫と隣接する石炭庫(正確にはコークス庫)まで描かれている。

 

※5-1:現在(再開発中)の航空写真(2021年)

 

※5-2:1887年の地図(Ordnance Survey)

赤丸がかつて機関庫が建っていた場所

 

※5-3:1839年の地図(上地図と同縮尺)

(Society for the Diffusion of Useful Knowledge)

建設2年後の機関庫が描かれ、石炭庫が隣接している

 

 

 

 

機関庫の比較

 

このバーミンガムの機関庫、ダービーの機関庫、そして本ブログのテーマであるカムデンのラウンドハウスは、どれも旧ロンドン&バーミンガム鉄道の施設であり、設計責任者はロバート・スティーブンソンである。これはつまり商業鉄道黎明期にあって機関庫の設計に何が求められ、どのような変遷を遂げたのかを追うことができるということである(※6)

 

(※6:3つの機関庫の位置と建設年)

 

 

たとえば、バーミンガムの機関庫の屋根構造だけが特殊ということは、その構造に不具合があったために以後の機関庫に受け継がれなかったと推測できる。おそらく排煙効率が悪かったのではないか。当然ながら煙は暖かく軽いために上方に上るので、円錐状の屋根にする方が効率がいい。

 

一方で外壁が正16角形をしており、各壁面に窓が設けられている点は、次なるダービーの機関庫と同じ構造であり、横からの採光が効果的だったからだろう。ダービーの機関庫以降では屋根の頂上に頂塔を設けることになるが、これは効率的な排煙と雨を防ぐために効果的だったのではないか。そのためカムデンのラウンドハウスに継承されたとみられる。

 

このように3つの機関庫には、機関庫開発の実証実験の跡がみえるのだ。

 

 

 

【参考資料】

ホームページ『Current Archaeology』

 FEATURES:Full steam ahead

 April 2, 2020

 

ホームページ『HS2』

 Curzon Street station archaeology