旧エントランス跡の特徴
旧エントランス跡(バットレス22〜23)は、現在レンガで塞がれてはいるが、かつての幅がわかるよう段差がつけられている。さらにその天井には、60年代の劇場化で埋め込まれた鉄骨がそのまま残されている(図1)。これらの特徴がなければ、旧エントランス跡とはわからないだろう。
(図1)段差と鉄骨
とはいえ、この旧エントランス跡はみるからに不恰好で、特に鉄骨はデザイン的にもやぼったい。工法からみても安直で安っぽく、とても文化財建築ラウンドハウスに似つかわしくない(※1)。
そういう意味では、2004年の改築は過去の傷跡を整える絶好の機会だっただろう。実際に他の箇所では回復された箇所もある。にもかかわらずこの旧エントランス跡は不恰好なままだ。これは明らかに「残すべき歴史遺産」と判断され、あえてそのままにされたことを示す。
しかも2004年の改築では、この場所を新たな建屋に収容し、雨が降ろうと槍が降ろうと、その間近まで行けるよう配慮してあるばかりでなく、真正面から眺められるよう、あえて壁が視界を邪魔しない設計になっている(図2)。
そのおかげで私たちは聖地巡礼できるのだ。このすばらしい設計を担当したのはジョン・マカスラン&パートナーズ社である。
(図2)ベストポジションと壁
(※1)ラウンドハウスは国内有数の文化財建築で、listed II*(トゥースター)の指定を受けている。これは日本でいえば重要文化財を示す。詳細は第19回を参照。
旧エントランス跡のサイズ
この旧エントランス(バットレス22〜23)のサイズは計算で求められる(図3)。
(図3)旧エントランスのサイズ
画像をみると、高さはレンガ約27段分であり、ラウンドハウスの場合、レンガ1段が3インチとわかっているので(※2)、よって高さは約6フィート9インチ、これは約206cm弱。意外に低い。
これをジョーイの身長と比較すると興味深いことがわかる。彼の身長は6フィート6インチ(※3)、つまり198cmなので、天井との隙間はわずか8cmだ。早歩きしただけでも天井に頭をぶつける危険がある。
一方の横幅は、もう少し計算が必要になる(図3)。建設当時の19世紀の図面と、画像での各所の比率から計算すると、その結果は約6フィート3インチ、つまり約190.5cmとなる。
(※2)設計当時の図面(第38、39回参照)に各所の寸法が記載されており、そこにレンガの段数を割り当てると、1段あたりの高さがちょうど3インチとなる。
(※3)ウィキペディア(日本語版)「ジョーイ・ラモーン」(2026年4月現在)
もう半分の御神体
1976年の画像に写る階段には、先のエントランス(バットレス22〜23)以外にも、その左側にもうひとつのエントランス(バットレス23〜24)があり、実のところ、この場所の方が貴重かもしれない(図4)。
(図4)バットレス23〜24(1970/2025)
というのも1998年以降、この場所は巨大なビルボードの掲示位置にされており、普段は外壁の大半が隠されているからだ。
このビルボードの裏側には、単にかつてのエントランス跡があるだけでなく、1854年の改築で築かれた大アーチの跡があり、それこそこの場所が貴重な理由である。
この大アーチは、そもそも鉄道機関庫だったラウンドハウスが倉庫に改築された際の遺構で、何より産業建築上の価値がある(第18回参照)。
劇場化された1960年代以降には、大アーチ上部は看板として利用され、劇場名と上演演目が掲示、一方の下側はエントランスとして利用された(図4)。つまりこの場所は劇場時代のラウンドハウスの顔なのである。当然ラモーンズが公演を行った1976年もこの時代である。
ここが御開帳になるのは、ビルボードの差し替え時、つまりラウンドハウスで上演される演目が切り変わる時期で、おそらく20分程度だろう。タイミングよくその場に居合わせなければ目にすることはできない。
もし聖地巡礼でこの場所も併せて見たいなら、ラウンドハウス側に問い合わせたり、あるいは現地の知人の協力を得るなど、事前の計画が欠かせない。
ちなみに巨大ビルボードで覆われた状態であっても、旧エントランス跡はわずかに確認できる。ビルボードの下側84センチにそれは確認でき、その様子は先のバットレス22〜23同様で、段差がついた修復跡である(図4)。
内部はどうか?
エントランスが開口部であるからには、内部の壁にもその跡があるはず。現在の図面を見ると、その位置はトイレのフロアである(図5)。
(図5)2階内部のエントランス跡までの道のり
このフロアへは、本館2Fに入った後、壁沿いに左に歩くと突き当たる。そのドアを抜けると、すぐ左にバットレス22〜23のエントランス跡(ジョーイが立っていた場所の後ろ)があり、また4メートル進むとバットレス23〜24のエントランス跡(大アーチがある方)が見えるだろう。
これら内部からの画像は、今のところネット上で見ないので、もしこの場所を撮影した人がいたらぜひアップしてほしい。
さらに、先述のバットレス23〜24の大アーチの上部、つまり旧ラウンドハウスの看板を、内部から見るなら3階に行くことになる。その場所は3階の2つのエントランスの内、道路側の方を入ってすぐ左だ(図6a)。
(図6a)3階の大アーチ位置までの道のり
この大アーチには、かつては観音開きの扉が取り付けられており、その取り付け跡が今も確認できる。この取り付け金具と台座の石は、扉が内開きのため内側にしか存在せず、この場所でしか見ることができない(図6b)。
(図6b)3階内部からみる大アーチ(バットレス23〜24)
またアーチの頂上には、台形をした要石(かなめいし)があり、これほど間近で見ることができるのは貴重だ(他の3つの大アーチの要石は、関係者以外この距離で見ることはできない)。ただしこの要石は、3階床面から2.4メートル上にあるので、容易に手は届かないだろう。ちなみにこの要石と先述の金具の台座は、ヨーク産かスタッフォードシャー産の砂岩とみられる(第47回参照)。
最後に
以上で今回のテーマは終わるが、ここで断っておきたいのは、なんと私自身ラウンドハウスへ行ったことがないばかりか、ロンドンにすら行ったことがないことである。
「そんなヤツの言うことなど信用できるか!」
と思ったあなたには、ぜひ私の化けの皮を剥がすべく現地へ行って真実を確かめ、愚かな私をネット上にさらし血祭りにあげてほしい。私はそうなることを望んでいる。
それはロックファンすべての利益になるばかりか、あなたの自尊心や勝利欲をも満たし、さらには私にとっても知識の更新という大きな利益になるからだ。真実は恥に蓋するより遥かに価値がある。
また本稿では、あたかもラウンドハウスのあちこちを自由に行き来できるかのように書いたが、「常に」それが可能かはわからない。あくまでイベント会場のため、イベントの観覧で訪れた際には確実だとは思う。
今回このようなテーマを、偶然ながらいただけたことを、ラモーンズのファンクラブに感謝したい。どうかこれからもみなさんのロックライフが充実したものになりますように。






