押し寄せる欧米文化を前に、どう生きるべきか。これを模索した内村鑑三は、日本史のなかから先人の足跡を探り、『代表的日本人』として、模範とすべき5人の人物を探り当てた。西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮上人である。

 昨日、二宮尊徳を読んで、次の一文が心に響いてきた。

 

 「仁術さえ施せば、この貧しい人々に平和で豊かな暮らし取り戻すことができます」

 

 これは小田原藩主から荒廃地を蘇らせてくれと頼まれたときに、いった言葉である。藩主は、尊徳がいかに有能な農業指導者あるか、その評判を耳にして彼の真価を試すために、荒廃地蘇生を命じた。それが証明されれば、それ相応な地位を与える意向を持っていた。

 土地と人心の荒廃との闘いに挑んだ尊徳は、ついに勝つ。その間の、農民との間であった数々のドラマは、ぜひとも読んであだきたい。一つだけ、書きたい。こんな話である。

 

 村人の信頼をまったく失っていた名主が、尊徳の知恵を借りにきました。わが聖者の与えた答えは、意外なほど簡単でした。

「自分可愛さが強すぎるからである。利己心はけだもののものだ。利己的な人間はけだものの仲間である。村人に感化をおよぼそうとするなら、自分自身と自分のもの一切を村人に与えるしかない」

 これを聞いた名主は数日思案した後、尊徳に「実践します」といい、励む。結果は、尊徳の言う通りになる。名主は声望を取り戻し、以前にも増して裕福になる。

 尊徳は、不誠実で、ふまじめな人間は相手にしなかった。なぜか。「そのような人間は『天』にも天理にも反していたからである。」

 

「誠実にして、はじめて禍を福に替えることができる。術策は役に立たない」

 

 昔、学校に二宮尊徳の銅像が立っていたことを思いだしながら、内村鑑三の『代表的日本人』を読んだが、銅像になるに相応しい人物であることを得心した。我々が忘れがちな性分を見抜く尊徳の慧眼に、恐れ入りましたと頭が下がった。