世界120カ国以上を、60代までに旅して回った韓国人女性がいる。韓国で、文学者として名を残す金素雲(キムソウン)の長女Yさんである。大分県杵築市出身の男性と結婚し、夫婦ともどもキリスト教の宣教師として多くの信者を導いた、娘さんがシングソングライターであり、新聞社時代、彼女を取材したことで、母親を紹介された。

 

 2年間の契約で、福岡女学院の教師として赴任したとき、挨拶に出向き、付き合いが始まった。山登りが好きで、週末、九州の山に登ることを日課のようにしていた。その山登りの友人を紹介したところ、「わが娘のような深い関係」になったと聞いたこともある。

 Yさんとの思い出はいろいろあるが、日露海戦(対馬沖海戦)100周年慰霊祭が2004年、対馬北端の殿崎があったとき、博多港から深夜便のフェリーで比田勝に向かった。

 2泊3日の対馬の旅で、対馬のシンボルとなっている白岳にも登ったし、古代朝鮮式山城・金田城の石垣が現在も残る城山にも登った。

 日本の童謡のよさを教えてくれたのはYさんで、厳原の友人宅で、独演会のような一時を過ごしたことを今も思いだす。それほど強烈な印象が残っている。

 

 Yさんは、若い頃、政治犯救出運動に打ち込んだ時期がある。長編詩『五賊』で知られる金芝河(キムジハ)も、この詩で権力層の不正・腐敗を暴き、風刺して激しく批判したことから投獄された。政治犯救出運動で、Yさんは金芝河も知っていた。

 戦後史を、影の部分から語るYさんの話は、興味深かった。

 

 韓国は、戦後復興の過程で、日本に見習え、日本に追いつけ、日本を追い越せと、いうスローガンを掲げたことがある。

 1988年ソウルオリンピックを経て、世界先進国の仲間入りをするほど経済力をつけた韓国は、21世紀に入り韓流ブームを世界に巻き起こして、共感を得ている。K-popは、若者を引き付ける象徴である。

 世界といえば日本、であったかつての国民意識はがらりと変わったはずだが、韓国人にとって依然、日本は世界のなかでも一番気になる存在であるようだ。

 

 日本人を結婚したYさんは、長い日本生活で、日本のよさをいろいろと教えてくれた。日本の童謡も、その一つである。しかし、現代、日本人が日本の良さを忘れつつある。

 韓国の文化心理学者、ハン・ミン著『線を越える韓国人 線を引く日本人』に、次のような話が出てくる。韓国にとって日本がどういう存在であるのか、を考えさせられる一文です。

 

「わたしたちはよく、他の国を見習おう、というようなことをいいます。特にマスコミによく登場する国が日本です。韓国と地理的、歴史的に近い国でもあり、韓国がたどっている発展の過程を先に経験したという点でも、一理あるとは思います。」

 その代表的なものをあげると、 

(1)わずかなことでもおろそかにしない職人気質を見習おう

(2)清潔な街を見習おう

(3)秩序を守る市民意識を見習おう

(4)ノーベル賞を続々と獲得する科学界を見習おう

(5)優れたゲームやアニメーションを作る想像力を見習おう

さらには、

(6)日本はサッカーに負けてもロッカールームの掃除をしていくのだからこれも見習わないといけない

というようなニュースが流れていくほどです。」

 

 しかし、である。ハン・ミン氏は、見習うことにも、次のことを念頭に置くべきだと主張する。

「一見正しそうに思えます。韓国社会は多くの問題点を抱えており、その問題を解決するために他国の文化を参考にするというのは必要なことでしょう。しかし、他国の文化を見習うというとき、注意すべきことがあります。ふたつの国の文化的背景を考慮しなければならないという点です。」

 

 いま、私は逆の立場から考えている。日本人は、韓国から何を学か、見習うか。それはハン・ミン氏の書名、『線を越える韓国人 線を引く日本人』にヒントがあるように思える。