釜山留学時代、古本街の宝水洞で、ジャズと出会った話を書きたい。9年前の話である。

 地下鉄2号線、甘田駅近くのアパートで生活していたとき。霊山大学教授の崔永鎬(チェヨンホ)氏からいただいた『群山の近代風景 歴史と文化』を読んでいた。

 すると、植民地時代、群山の実業界で、大きな存在感をもった樋口虎三という人物が紹介されていた。しばらく、この人物が何を行ったか、その事績を追った。

 樋口虎三は、南鮮合同電気会社の副会長。この会社は、群山電気株式会社と全州の全北電気株式会社が合併して生まれた会社という。朝鮮総督府の政策の一環。当時、戦時体制強化のため、南朝鮮にある電気会社の合併が画策された。
 合併によって生まれた南鮮合同電気会社は「灌漑ダムを利用した水力発電の会社を作り、豊富な電気を各地の傍系会社に送電」していたという。

 1942年末、韓国に住む日本人は75万2823人、全羅北道は3万55363人いた。群山は全羅北道の一都市。そこで樋口は、会長に代わって実務を行なっていたのである。

 着物姿の、ちょび鬚をはやした樋口の写真が載っていたが、どこ出身で、どういう経歴をもつ男かわからなかった。

 

 このハングルの本を読むのに疲れ、気分転換に南浦洞へ向かった。両替と、宝水洞の古本探しである。部屋に閉じこもるようではいけないと、思っていた。寺山修司が言っていた、「本を持って、町に出よう」。そんな気持ちで外に出掛けたら、いいことがあった。

 

 宝水洞の路上で、「物語のあるジャズコンサート」が開かれていたからだ。買いたいと思っていた漫画『李舜臣』を入手し、安くておいしい餡ドーナツを頬張りながら、路上ライブを聴いた。

 なかなか熱演している。聴きなれた、ポピュラーな曲であることもいい。人垣ができていいが、まばら。しかし、ジャズ好きなファンが集まり、体をスイングさせながら、楽しんでいる。ときおり拍手と歓声があがる。音楽が、観客のこころを一つにする。久し振りにあじわう。

 

 数日前、大学院の講義で、日本の武士社会を教える教授が、「キム・ジョングクの曲を、ぜひ聴いてほしい。私が一押しの歌手です」と推薦していた。1976年生まれ。多くのバラエティ番組にも出演している。韓国でよく広く知られている歌手のようである。

 調べてみると、受賞歴も数多く、「MBC歌謡大祭典 最高人気歌手賞」に選ばれている実力派である。アルバムは数多く、2012年に「男はみんなそんなものさ」を出している。

 

 折角、先生がお薦めの歌手だから、一度聞いてみた。ジャズシンガーではないが、なかなかよかった。しばらく、音楽と縁のない生活をしていた。凝り固まると、精神的にも肉体的にもよくない。気分転換を適当にやりながら、力をためることも必要かなと思った。