姜南周(カンナムジュ)氏。韓国では、詩人として知られる。釜慶大総長も務め、釜山文化財団代表理事のとき、釜山市長に朝鮮通信使の意義を説いて、2002年、釜山に「朝鮮通信使祭り」(毎年5月、子どもの日中心に)を創出した。

 通信使を通じて、永年付き合いのある松原一征氏(対州海運会長、朝鮮通信使縁地連絡協議会理事長)は、「姜先生のやることはスケールが大きい」と称える。

 

 総長時代、姜南周氏は「プシャフプラン」を提唱し、釜山と上海、福岡の3港湾都市の交流・連携を訴えた。「プ」は釜山、「シャ」は上海、「フ」は福岡の略称で、3都市の産官学の連携によって、東アジアに波動を起こそうという広域性のあるものだった。これに報道機関の釜山日報がキャンペーンに乗り出した。「プシャフ」は釜山市に影響を与える力を持っていた。

この姜先生の提唱を具体化するため、釜慶大学に東北アジア文化学会が設立され、3港湾都市の拠点大学で、学術会議が盛んに行われた。

 

 詩人である姜南周氏は、70代で小説『柳馬図(ユマド)』という書いたことで、話題を呼んだ。通信使の航海士であり絵師のビョンバクの物語である。忘れられたビョウバクが、姜南周氏の小説で脚光を浴び、釜山市立博物館に、展示コーナーができたほどである。

 筆者が案内する、ビョンバクと関係の深い対馬ツアーには、多くの釜山市民が参加した。

 

 「八十代の新人小説家、姜南周氏が初の短編小説集『草墳(そうふん)』を刊行した。それを受けた邦訳本が福岡の出版社・花乱社から出版された。北九州市在住の森脇錦穂(くむす)氏(元放送記者、RKBソウル支局など勤務)が翻訳した。

 巻末エッセイも含めた9本の短編作品が収録されている。

 

 版元の花乱社から送られて来たメールには、こうある。おそらく本文に、翻訳者が書かれた文なのであろう。

「すべての作品が一貫して韓国社会が直面している高齢者の問題を淡々と明快な視線で見つめている。現実的な素材を通じて、誇張のない文体で綴った今を生きる老年の姿は、我々すべての年代へのメッセージでもある。」

 

 詩人の姜南周氏は、なぜ小説を書くのか。これにこう答えている。

「書くことが面白いからと答えるだろう。さらに聞かれたら、動いている機械よりも止まっている機械の方が、錆が早い。

錆びた人生を送りたくないからだと答えるだろう。それでも何故と聞かれたなら、ヘミングウェイの『老人と海』の主人公サンティアゴの名言、“人間は壊されることはあっても、敗北はできない(A man can be destroyed、but not defeated)”という

言葉を伝えたい」

 

 邦訳『草墳』を読めば、姜南周氏の人柄、前向きな人生に、共感を覚える人は多いのではなかろうか。