朝鮮王朝を建国した李成桂(イソンゲ、のちの太祖)の右腕となった智略家・鄭道伝(チョンドジョン)は、国政の基として「民本」主義を推し進めたが、その意義をしっかり認識した国王は世宗だったのではないか。そう思うのは、社会を豊かにする科学技術に興味を抱く実学の人であり、民が容易に覚えられる国字ハングルを創製しようとした王だったからである。

 

 以前、キム・サンギョンが演じた歴史ドラマ『大王世宗(テワンセジョン)』(全86話)を見たことがある、このドラマで、意外なところを、2点感じた。

 朝鮮王朝実録との比較と通してである。一つは、世宗が視力を失うほど国字創製に打ち込んだこと、二つ目は発明家・蔣英実(チャンヨンシル)が国字創製を援護し、最後まで王の側近として仕えたこと。

 

 王朝実録には、王の失明はない。蔣英実が、国字創製にもかかわり遺体解剖の現場に立ち会い、人体(咽喉から上)模型を作ったことも意外である。以上の話は、シナリオ作家がフィクションをまじえ面白く演出しているのであろうか。

 しかし、国字(正しくは訓民正音=フンミンチョンウム=という)創製が、いまでいう王立アカデミー「集賢殿(チプヒョンジョン)」の副提学・崔萬理(チェマルリ)を反対派の急先鋒に、これほどまでに宮廷を揺るがし、宗主国の中国・明の反発を招いたとは、想定はされるものの、やはり驚きであった。

産みの苦しみは、ハン・ソッキュが世宗を演じるドラマ『「根の深い木』で、さらに誇張をまじえクローズアップされている。

 

 国字(ハングル)創製の反発した崔萬理ら両班官僚の言い分は、性理学(儒教)が説く王道政治が乱れる、でわる。しかし、これは、異を唱えた両班官僚たちの保身の現れであろう。階級差別が露骨である。

 ハングルが創製され、社会に広まれば、両班が独占していた科挙試験が崩壊する。両班の既得権が失われる、それがため、ハングル創製を抑え、中国の支配下にいる限り、漢字は正統であり、そこからはみ出すことは、野蛮国に転落すると反発した。

 これをドラマでは執拗に描いていたが、これは史実に沿った話といわれる。

 

 国王の命を狙う明の暗殺団が走る津寛寺で、原則主義者の崔萬理(チェマルリ)は初めて失明した国王・世宗の姿を見て、驚く。 そして、国字を認める立場に転ずる。世宗に声をかけることもせずに寺を去っていく崔萬理。頬には涙が流れていた。

 世宗が登場するドラマには、ほかに『死六臣』(全24話)、『龍の涙』(全159話)がある。

 

 韓国で歴史上、世宗は最も尊信される人物であり、祝日「ハングルの日」までもうけられているが、世宗の国字ハングル創製は命懸けだったことが、ドラマを通して伝わって来た。