シリウスなムーヴメント
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ティル 走る

ステージではシリウスのライブが終わり、メンバーがぞろぞろと下りてきた。
と同時にスタッフも忙しく動き回り 次の準備にとりかかる。

下りてきた坂崎にティルが
「よかったよ お疲れ 手応えあったね」
と言うと少しはにかんだ。
「次はテルちゃんだーな」
「あれ?だってMOVEって最後じゃ…?」
すっかりティルとお友達気分の竜二が口を挟む。
「あー 竜ちゃんリハ見てないなぁ ったくしょーがないのぉ 今からショータイムなの ちょっとダンサーと踊ってくる♪」
「お 頑張ってこいっ 下で見てるから(笑)」
「あれぇ なんかJa 偉そうじゃね? 出世したじゃん」
「まーなぁ いつまでも下っ端じゃぁつまんねーぜ」
と坂崎はティルを送りだした。

坂崎は簡単に片付けると今度はイーストのスタッフとして会場の警備に向かった。
他のメンバーはそれぞれ顔見知りを見つけると、個々に次なる時間を過ごす様である。
前座の回数が増えると同時に顔馴染みのバンドマンも増えていく。

しかし坂崎のみ、即仕事‥なのだ。

ステージのティルにあおられ それに応えるように盛り上がっている。
坂崎はちょうど真ん中あたりを見守っていた。
そこへ数人の女の子たちが寄ってきた。
「Jaーーーーっ」
呼ばれた方へ振り向くと、友達数人と現れたのは紗耶香だった。
「おっ 紗耶ちゃんか 来てたん?」
「シリウス見に来るって言ったじゃーんっ」
坂崎に体当たりするようにひっつき いつもに増してテンションが高い。
「やーだぁ 紗耶香ったらぁ~」
「この人ぉ?結構かっこいいじゃーん」
友達もそれぞれ口にする。
「シリウスよかったよー」
どさくさに紛れて、紗耶香が坂崎に腕を組みにいく。
会場は相当なお祭り騒ぎな盛り上がりで その中でする会話などそうそう聞きとれるものではない。
「ん?何?」
聞こえなかったので坂崎は紗耶香に聞き直した。
自然と顔が近くなる。
「だからぁ、シリウスー」
「シリウス?最高だろぉ?」
「特にJaがぁー」
「(笑)サンキュー」
顔を近づけて笑いながら話している姿をティルはステージの上から見ていた。
バンドマンの女たるもの、ファンに嫉妬はみっともないと自分を諭してきたティルだが
なぜだか坂崎にいたってはそれが通用しない。
ティル自身バンドマンの女などと認めてはいないものの 坂崎が楽しそうに女の子と喋ってる姿を見るとメラメラと怒りが込み上げてきた。
その瞬間ティルはとっさにステージから飛び降り、真ん中の通路を歌いながら全力で走り抜けた。
突然の出来事にファンは興奮し ティルに駆け寄った。
「うわ‥さち‥あいつ何しやがる」 
坂崎は慌てて観客を押さえる。
一度興奮したファンを押さえつけるのはそうそうたやすくない。
坂崎は紗耶香どころではなくなり 紗耶香も坂崎にひっついてるわけにはいかなくなった。
後ろまで駆け抜けたティルが戻ってきて またファンは騒ぎだす。
ティルは坂崎を見ると立ち止まり すれ違いざまに坂崎の足を思いっきりふみつけ ファンに笑顔をふりまいて ステージに戻った。
「‥‥‥ってぇ‥人の足踏んづけて行くかよ‥」
周りから見れば演出のひとつに見えたが実はティルのただの嫉妬心から生まれた行動にすぎなかった。

祝 イベントデビュー

イーストは クリスマス、ゴールデンウイーク、夏休みと年に3回イベントを行う。

イーストそのものの宣伝も大きいが 各バンドの挑戦の場を作るというシゲの粋な計らいであった。
シゲはいつも
「どんな小さなチャンスも見逃すな」
と皆に言っている。
人に知ってもらってなんぼだと日頃から言っているシゲはこうしてたくさんの人が集まる機会を出来るだけ作りたいと考えていた。
人気のあるバンドの力を借りて 駆け出しのバンドは知ってもらい
今、人気のあるバンドもまたその昔は そのとき人気のあったバンドの力を借りた。
それがシゲのやり方だった。

4月からイーストの出演バンドが替わったのは
トップの方だけでなく
これから昇格を狙う前座バンドの中でも
正規枠を獲得したもの、前座枠からも姿を消したもの さまざまで新たに前座バンドとして起用されたバンドもいくつかあった。
その中にシリウスの名前もあり 今回のイベントにもめでたく出演が決まっていた。
更にMOVEにとってもイーストのトップバンドとして
初めてイベントのとりを飾るのはとてもプレッシャーを感じることであった。
このイベントで更にファンを獲得できるか 今いるファンの子をよそのバンドにもっていかれることなく守りきれるか…
『対バン』とは演る側の緊張感を常にあおるのである。


当日は野外イベントにふさわしくよく晴れたすがすがしい青空が広がった。
朝からリハーサルが行われ、ティルも坂崎も出演者として スタッフとして忙しく動き回っていた。


トリのバンドからリハーサルを行うことになっていてティルは
「こんな時間から声でないしぃ…」
とぶーたれているとシゲに
「トップならトップらしくしろっ」
と怒られた。
「すいませ~ん」
と、ティルも慣れた調子でシゲをあしらっている。

MOVEのメンバーがそれぞれチューニングを始めると ティルも渋々 マイクチェックを始めた。
そのときコーラス用のマイクで健二が坂崎を呼んだ。
メンバーがリハーサル中にスタッフをステージ上に呼ぶことなど珍しいことではないので
ティルも大して気にはしていなかった。
なにやら健二と坂崎はこそこそと話しをしている。
「マジっすか?」
と坂崎の声。
その後も小声で、何か話している。
時折二人の笑い声まで聞こえてきたが、ティルはさほど気にすることもなく
「OKでーす」
と音響機材の前のシゲに返事をする。
坂崎は慌ててステージから下りると 本番さながらのリハーサルを見守った。

午後1時
汗ばむ陽気のもとイベントはスタートした。
華々しくオープニングを飾ったのはイーストのイベントでは恒例の、各バンドからのコラボレーションがまず最初の盛り上がりを見せる。
オープニングが終わるとイーストナンバー3、ナンバー5のバンドが会場を盛り上げ そのあとをシリウスが受け持った。

まだ前座をやらせてもらえるようになって間もないが、『シリウス』の名がサンパークライブなどを含め少しずつ知れ渡ってきてることが観客の反応からも伺える。

VO:竜二
G :恢斗
G :Ja
Ba:柾也
Dr:啓悟
の5人で構成されたバンド。
先日、シリウスはミーティングを開いていた。
恢斗も今18歳・高校3年生になり、学校でも進路をきめる時期にいる。
もちろん坂崎とて同じこと。
進路の話をされる度、
「バンドでやっていく」
と言い張っている恢斗だが、ただの一人もそんな恢斗の言葉に耳を傾ける者はいなかった。

ミーティングの内容は5人が今どういう心境でいるのか、今後のバンドに対しての一人一人の気持ちを確かめるものであった。
このまま続けていきたいのか、それとも一時のものなのか‥
しかし5人全員、同じ気持ちで同じところを目指しているのだと確信した。
目指すは『頂点』
それはイーストのトップではない。
音楽界に名を残すバンドとして『シリウス』を確立させる、と。

だから今日のイベントにはいつも以上に気合いが入っている。
誰がどこで見ているか知れない。
シゲの言う通り「もらったチャンスは逃すな」と。
一人一人がその想いを胸に、今日のイベントには臨んでいた。
シリウスのギターは二人だが、ツイン・リードなスタイルが主である。
曲によっては、片方がソロを執ったりもするが、1曲中のソロを前半後半と弾き分けたり、二人が一緒にメロディをハモったりすることが多い。
当然そのためのテクニックを磨くため、ギター二人の練習や、綺麗に響かせるためのサウンドのバランスには気を抜けない。
そして、今まさにシリウスが得意とする恢斗と坂崎が奏でるメロディアスなハーモニーがステージ全体を包みこんでいた。

次のショータイムの出演に備えて衣装に着替えたティルは、ステージ上の坂崎をステージそでの壁にもたれて見ていた。
「なんだか嬉しそうだな」
ふいに横からシゲに声をかけられて驚いたが
その問いには答えず
「シゲさん 音いーの?」と逆に聞き返した。

「大西にまかせた(笑)こいつらはちょっと見ておきたくてな」
普段はシゲも音響スタッフとして 大役をこなしている。
特にこんな野外のイベントの時は大西ひとりでは難しい。
「姫、坂崎好きか?」
ティルはシゲと反対の方を向いて少し笑うともう一度シゲの方を向き
「坂崎といると安心する」
それだけ言ってはにかんだ笑顔を見せた。
その笑顔だけでシゲはティルの坂崎に対する想いを察した。
「こいつらな でかくなると思う。うまく操ってやれ」
ティルの肩をポンポンと叩いて戻っていった。
父のように慕っているシゲに太鼓判を押されたことになんだか嬉しく シゲの後ろ姿をいつまでも見ていた。

ステージでは残り少ない時間の中、メンバー紹介をしている。
一人1分 。
この1分間を自分の時間として使いきるため、普段から何回もリハをしてきた。
最後に設けられた一人一人の見せ場である。

啓悟はバスドラを響かせ巧みな技で力強く叩きこんでいく。
普段の性格とは打って変わって、シリウスの母胎ともいえる啓悟のDrum。
最近腕が上がった とメンバーさえ思う程、安定したリズムを叩き鳴らしている。

次に紹介されたのはベースの柾也。
当初はピックを持たない主義だったが、気がつくとピックを持って弾いていた。
どうしてだ?と聞いたところ、たまたま見たベーシストがとてもカッコよく、そいつがピックで弾いてたから とそれだけの理由で変えてしまった。
そう‥単純な男である。

異色ともいえる生物ではあるが、バンド内では面倒みがよく、特に一番歳下である竜二とはウマが合う。
その柾也、今は真剣に弦を弾いている。
「まさや~~~」
と、一番前にいる女の子からの黄色い声に、パフォーマンス付きで応えている。
そんな、柾也のなんちゃってマジック的な性格もまた、シリウスには欠かせないのかもしれない。

次に坂崎・Jaが紹介された。
メタリックなブルーのギターを抱いて、ハードな歪んだ音を掻き鳴らす。
いつもティルに触れている指先は、今はギターの弦をはじいている。

そしてすぐに恢斗が紹介された。
二人はステージ中央に立つと、ギターバトルを始めた。
どちらも譲ることはしない。
それは息が合う というよりも 絡み合う と言ったほうがしっくりくるだろう。

坂崎が恢斗の背中にもたれて弾いている。
恢斗は少し首を動かして坂崎を見ると、ふっと笑った。

「Ja」や「かい」の名前を呼ぶ声が観客のあちこちから聞こえてくる。

啓悟のDrumが鳴ったと同時にギターバトルは終わり 最後に残った竜二。

「ヴォーカル 竜二です」と自分で自分を照れくさそうに紹介した。
自分の紹介はそれだけで、自己紹介の代わりに、サンパークでライブをしていること、時々イーストにあがることをアピールする。
バックでは軽やかなビートで竜二に華を添えていた。

シリウスはメンバー紹介を終えると同時にステージを下りていった。

昔の恋人 今の恋人

「すいか~~~ご飯だよぉ」
どこに隠れていたのか お皿にキャットフードがカラカラと音を立てて入ると、のっそりどこからともなくすいかは現れた。
「ふふ…おいしい?」
ティルにはちっともおいしそうに見えないが 坂崎には興味をそそるらしく
すいかのご飯に手を出してひっかかれたことがあるくらいだ。
すいかの横にしゃがみ込んで無心に食べる姿を見ていたが 頭の中は昼間 華奈子から聞いた恭介のことが気になっていた。
食べ終わったすいかがその場から離れたことにも気付かなかった。
突然 テーブルの上で携帯が鳴り びくっとした。
相手は恭介らしかった。
ためらってはみたもののやはり気になって出る。
「もしもし…?」
「俺…今から出れないか?」
「何の用?」
「ん………」
それっきり黙ってしまった。
数分の沈黙の後
「なぁ 少しでいいんだ…」
「…わかった 今どこ?」
「お前の家の前…」
「20分で行くから待ってて」
ティルは坂崎の部屋を出て 自分のマンションへ向かった。
これが坂崎に対する裏切りになるのかはわからない。
が、なぜだかティルにはほっておくことができなかったのだ。
かつての恋人が 落ちぶれて毎日荒れた生活をしているなど 信じたくなく ティルが会ったところでどうなるものでもないだろうが
このときのティルにはそこまで考える余裕はなかった。
マンションの前に着くと ティルの借りている駐車場に恭介の車は止まっていた。
ティルはその前に車をつけると 恭介の車の助手席のドアを開け乗り込んだ。
「来てくれたんだな 家じゃなかったのか?」
「坂崎のとこにいたの 何の用?」
「最後のときは悪かったな…あん時はどうかしてたよ」
「もぅいいよ 今幸せだから 話しって何?用がなかったら帰るけど」
車から降りようとするティルの手を恭介が引っ張った。
「やり直さないか?俺たち…」
恭介はすがるような目でティルを見ている。
あれほどプライドが高かった恭介の初めて見る目だった。
「お前と別れてから何もかもうまくいかなくなった。あんなに昇り調子だったバンドも解散寸前、ソロでデビューしないかって話しまで出たのに それもポシャり…なんだかな…お前を大事にしなかったバチが当たったみたいだ‥」
大きなため息をつく恭介がやけに小さく見えた。
いつもいつも強気で前しか見ていなかった恭介
ティルはその後をついていくのに必死だった。
だがもう今はその面影すらない。
握った手に力が込められる。
一瞬 頭の中が真っ白になった。
目の前のこれほどまでに弱った男に手を差し延べそうになる自分がいた。
が、その瞬間 坂崎の顔がうかんできた。
坂崎を裏切りたくない。
何よりティル自身が坂崎を必要としているのだから。
恭介の手を優しくふりほどくと
「ごめん…坂崎じゃなきゃダメだから…」
それだけ言って車から降りた。
車から下りるとなぜだか涙がこぼれた。
ポタポタと頬をつたい下に落ちる。

いつの間にか坂崎がティルにとってかけがえのない存在になっていたことにティル自身今気付いたのだ。
早く坂崎の腕の中に帰りたい…その一心で坂崎のもとへ向かった。

坂崎のところに戻ると もう坂崎も帰宅していた。
坂崎の姿を見るとティルは安心したように坂崎に抱きついた。
「ちょ…テルちゃん?どした?何かあったか?」
何も答えずティルは坂崎にキスをすると
「…抱いて」
と、うるんだ目でティルは坂崎を見た。

いつもと違うティルの行動にとまどいはしたがティルを優しく抱きしめる。

しかし、一瞬香ったその匂いに坂崎は顔をしかめた。
(これって‥)
瞬時にして恭介を思い出した。
イースト時代、奴らのライブを幾度と見てきた坂崎である。
間近に恭介の匂いを感じたこともあった。

その残り香が今 抱きしめたティルから匂ったのである。

すぅっと腕を離すと感情が走るままティルに問いただした。

「お前 今どこへ行ってた?」
「‥‥‥」
まさか気づかれるとも思ってなかった坂崎からの質問。
だが、少し険しい顔をした坂崎を見るとティルは言葉が出てこない。
「どこで何をしてたん?」
坂崎はもう一度聞いた。
黙ってはいられないと判断したのか、ティルはか細い声で答え始めた。

「恭介に‥呼ばれた」
「会ってたのか‥あいつと 今までも会ってたのか」
「‥‥ううん 今日だけ‥」
「なんで会う必要があるんだ」
「‥‥」
「俺じゃ不満か 歳下な俺じゃ不満かっ」

坂崎はいつも優しい顔でティルを迎え入れてくれる。
いつだって「テルちゃん テルちゃん」と笑って寄ってくる。
だが今はそんな優しさのかけらもなくティルの前に立つ。

「そんなことない‥」
「じゃあなんで行ったんだよ 昔の男になら呼ばれたら行くのか」
「んなことないよ‥」

小さなティルの身体が 小刻みに震えている。

「どういうつもりなんだ
俺とは、ただの遊びだってか? 笑わせんなよ 俺はマジだよ お前のことマジで‥」

坂崎が言い終わらない内に突然ティルのバッグの中の携帯が鳴り出した。
だがチラっとバッグの中を目だけで覗いただけで、ティルは電話に出ようとしない。

「出ろよ」
「いい‥」
「じゃ俺が出る」
「ちょっと坂崎‥や‥」

思った通り相手は恭介であった。

無言で電話に出ると
「もしもし?」
と恭介の声が聞こえる。
坂崎が何も言わないでいると また
「もしもし?」
と恭介が言ってきた。

「こいつは俺の女なんだよ、忘れたか 二度と電話してくるな」

それだけ言うと電話をきりティルに返した。

泣きそうな顔で坂崎を見る。
「今日は‥帰るね‥」
とぽつんと言った。
ティルは坂崎を通り過ぎて玄関へと向かう。

「さちっ」
坂崎がティルを呼びとめる。
静寂な空気の中、その声は狭い部屋を余りにも響かせティルはビクっとして立ち止まった。

「さち‥行くな」
この場所でティルを『さち』と呼ぶ者はいない。
突然本名で呼ばれてドキっとした。
坂崎はティルの前に立ちはだかると、そのままティルを抱きしめた。
「帰らせはしない ここにいろ」

「さかざき‥」
声にならない声でティルが言う。
「お前のこと‥離してやんねーから」

ふいにティルを抱きあげるとベッドに連れていく。
そしてそのティルを全て覆う様に身体を重ねた。
真下に見るティルの顔は、少しメイクが落ちていて素顔に近い。
坂崎がいちばん好きなティルの顔である。

「バカヤロ‥」
そう言うと手荒にティルの服をはぎとっていった。


ティルを抱いた後、たいがい坂崎は煙草を吸う。
そんな坂崎の横でティルは今うつぶせになり、背中を這う坂崎の手を感じながらうとうとしていた。

「なぁさち‥起きてっか?」
「うん‥寝そだけど‥」
「あいつさ、恭介‥」
恭介の名前が出て少し目が覚めたのか、今坂崎が何を言わんとしているのか‥これから出てくる言葉に構えているティルが伝わってくる。

「あいつらさ‥解散するって噂聞いたんだけど、本当なのか?」
「うん‥」
「そぉなんか‥さっきさ、電話に出た時の声 俺が知ってるあいつの声とは思えなかった。自信満々なあいつの声には聞こえなかったんだ。だから噂は本当なんかな って」
「‥みたいだね」
「そぉか‥」
ティルの背中を這っていた手がとまる。
煙草を灰皿に押し潰すと、うつぶせになっているティルに重なり耳元で囁いた。
「愛してる‥さち」

もう一度抱こうとティルを横から見ると目を閉じ寝息が聞こえる。
ふっと笑い、ティルから離れると腕枕をする格好で横に寝転んだ。
そして自分の方へ寄せるとしばらくそのままで抱きしめていた。

ニャーという鳴き声がしたかと思うと、すいかがティルの頭の側にちょこんと座り、そこで丸くなった。
「よぉすいか、お前どこにいたんだ?やけに暖っけーぞ」
きっと布団の中には違いないだろうが、坂崎がティルを抱いている間もそこにいたんだろう。

坂崎は指先ですいかをつつきながら、
「俺さぁ‥」
とすいかに向かって話し始めた。
「いつかこいつににプレゼントしたいんだよ。デビューして、『トップ』っていう座をさ‥こいつにプレゼントしたいんだ」
すいかは丸くなったままじっとして動かない。
それでも耳だけはピクピクさせて眠っていない証を見せる。

「こいつに逢ってまだ何ヶ月しか経ってねーけどさ、でも俺 こいつとずっと一緒にいたいんだ。で、いつかプロポーズをして‥‥」
言葉が途切れる。
坂崎もまた眠りについたようであった。
すいかは坂崎が寝たことを確認したかの様に、ひとつ大きな欠伸をするとまた布団の中へもぐりこんでいった。
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