シリウスなムーヴメント -2ページ目

甘く 苦く

今日はバンド練習が早く終わったので 深夜まで開いているスーパーに立ち寄り
目についたものを買って坂崎のところにやっていた。
何の目的もなく目についたものを買ってくるティルだが、坂崎は頭を抱えながら
ちゃんとうまく使いこなす。
最近は、土日朝早く家を出る坂崎にティルがお弁当を作って持っていく。
料理など全く無縁だったティルが休みの月曜日は夕方練習が終わると
坂崎のバイト先 ランダムに入り浸っている。
そこでマスターの奥さん、翔子の手伝いをしながら、料理やケーキ作りを習い
そのおかげで最近はまともなものも作れるようになりつつある。
日頃ランダムではお昼ご飯を出してくれるが、土日のイーストは自分で用意しなくてはならない。
親からの援助をすべて断り 自分の力だけで生活いる坂崎にとって
昼食代の実費はかなり厳しい。
朝のコンビニのバイト先で賞味期限切れの弁当などをもらってはいたが
それもいつもあるとは限らない。
まだまだ育ち盛り、食べ盛りの少年にとって「手作り弁当」という存在は
涙が出るほどありがたい。
それが愛妻弁当ともなれば、たとえご飯と梅干しだけの日の丸弁当だとしても、天にも昇る気持ちになる。
昼食代が浮くから嬉しいわけではない。
ティルがわざわざ坂崎のために、その気持ちが何よりも嬉しく、またそれが、愛する者、ティルへの愛情をより一層深くさせる。
坂崎は朝6時からコンビニの仕事に入り、10時からはイーストに移動し ティルより先に仕事に入っている。
ティルの方は一時間遅れて弁当を持ってやってくる。
待ち構えていた様にティルの顔を見るなり
「テルちゃん 今日のお弁当はな~~に?」
とまとわりついてくる坂崎にティルの朝イチのケリが入る。
好きな人のために、かいがいしく弁当を作るなど皆に知られたくないティルは
いつも出勤すると鍵のかかってない坂崎のロッカーに黙ってお弁当を入れておくのだ。
坂崎からすれば皆に見せびらかして食べたいところだが、それをすると女王様の怒りをかうことになり、今後二度と食べられなくなりそうなので、自分で作っていることになっている。
唯一それが不満な坂崎であった。

昼休み
「なんで土日だけお弁当作ってくるようになったんですか?」
坂崎のついでに自分のお弁当も作ってくるティルに華奈子のするどいつっこみが入る。
わざわざ皆にわからないように坂崎と自分のとは中味も変えてくるのだが
土日限定の部分を突っ込まれては答えようがない。
「平日は忙しいのよっ!!」
と明らかにわけのわからない理由に華奈子のティルを見る目はますます疑わしい。
「そういえば坂崎もお弁当ですよね~~~」
ついに核心をついてきた。
「ささ、デザートでも買いに行こっかなぁ」
ティルが席を立つと 華奈子も慌ててついてきた。
「あ、私も行きますぅ~~~」
いともあっさり頭はデザートに奪われてしまった。

「コンビニ?クレープ?」
「ん~~~今日和馬さんいると思います?」
「いたような気がするけど・・・」
「じゃあ迷わずクレープですね!!」
イーストのすぐ隣にクレープの屋台風の店がある。
そこで働いているイケメン店員の『和馬』に華奈子はもう一年以上も前から熱を上げている。
「やっ ほんとっ、いるぅぅぅぅぅぅぅぅう」
ハートマークをいっぱい飛び散らせながら 少し影に隠れて前髪を直している。
そんな華奈子の横をティルが笑いながら通りすぎると華奈子はまたも慌ててついてくる。
「こんにちわ」
ティルが屋台へたどりつくと
「あ、こんにちわ ティルさん かなちゃん」
さわやかな笑顔が返ってきた。
もうそれだけで華奈子はぶっ倒れそうである。
「何にしよっかなぁ…ん~~ブルーベリーチーズ」
「はい(笑) 華奈ちゃんは?」
「えーーーっとぉ 私はぁ‥‥(和馬さんと言いたいところだけどぉ…)チョコバナナカスタードプリン」
と、つけまつげのついた目を更に大きく可愛くパチパチさせて和馬の顔を見て言った。

女の子の扱いは慣れているのだろう、そんな華奈子に対しても爽やかな笑顔で
「りょーかい 華奈ちゃんちょっと待っててね」
と手は動かしながらもしっかりと華奈子の方に目をやり返事をする。
和馬の手が今から自分が口にするバナナを切る、クレープを焼く と思うとクレープもそうだが、男が作ってくれる嬉しさもまた一際である。

「やっぱぁ、男は料理が出来ないとねぇ」
と惚れた弱みであるのか、華奈子はティルにボソッとつぶやいた。
(これって料理か?)と思いはしたが、わざわざ反感をかう言葉を言う気にはならずティルは笑って返した。

「はい、ティルさんおまちどぉ  華奈ちゃんもね、どーぞ お待ちどーさん」
「うわぁ~~~美味しそぉ~」
クレープをうけとるとティルさココロここにあらずといった顔をしている華奈子を
引っ張って 屋台前のテーブルに座った。
今日も心地いい風が吹く。
「そんなに好きなら告ればいーのに」
「そんなことできるわけないじゃないですか!!」
バシっと思いきり背中を叩かれ、一瞬ティルは息が止まりそうになった。
「わかんないじゃん 今っておデブバーとかあるくらいだし…」
ケラケラ笑うティルに
「デブじゃなくて、それぽっちゃりバーですぅっ」
と本気で怒っている。
怒ってる割には口だけは止まらず、あっという間にこんもりクリームの入ったクレープを食べ終わると
なにか思い出したように華奈子はティルに話し始めた。
「ティルさん、そういえばブラメディって解散寸前って知ってます?」
「…え?」
「なんか恭介とエルが揉めてるみたいで もう解散するって噂ですよ
恭介なんか毎晩荒れて飲み歩いて出禁の店まであるらしいですよ」
先日、紗耶香が来た日‥恭介はティルに楽譜を返しにきた。
そのときは何も言ってはいなかったが、なんとなくティルの知っている恭介ではない気はした。
あの人からバンドとったら何が残るんだろう…
あの日から何度かティルの携帯に着信履歴が残っていたことが今頃になって気になりだした。
なにかぼんやりと嫌な予感だけがティルの中に残っていった。

歳上の余裕

その日は午後からあの女のことが頭から離れず
仕事が終わり 練習に入っても苛々はとまらなかった。
「ちょ…ちょぉ…姫 雑だよ 今日」
司令塔のガクが指摘する。
「ん…ごめ」
いちおう自分でもわかっているので素直に謝るものの 顔は怒ったままで 帰ってから飲もうと買ってきたビールを早々にあけてしまった。
そんな様子を見てメンバーは、今日はハードな曲を中心に練習したほうがよさそうだと ティルの知らないところで 目と目の会話がされていた。
「姫変わったよなぁ 男変わってさ…」
ボソッと周がつぶやくと一瞬空気が凍りついたように感じた。
「鉄仮面剥ぎ取られたんだよなぁ、姫」
笑いながら健二がフォローしたことでスタジオの空気が和んだ。
「ほら 次いくぞー」
ガクの言葉にティルは持っていたビールを飲み干しマイクを握った。
練習が終わり健二がギターをケースにしまうとティルのところにやってきた。
ティルは独り何かを考える様にベースのアンプの上に足を組んで座っていた。

「何かあったん?」
「ん?何もないよ」
「Jaと喧嘩でもしたんか?」
「喧嘩する様な仲じゃないわ」
「そーかなぁ‥俺にはそれ以上の仲に見えるけど?」
「‥‥。」
「早く仲直りしなよ」
「だから喧嘩なんかじゃないって」
「Ja、この前俺んとこに来てさ」
「いつ?」
「リハん時。姫いない時な。で、俺のテルちゃん、よろしく頼んます。って頭下げてった(笑) こっちもいきなりだったし、まさかそんなこと言われるとも思ってないし。返事に困ったよ。あ‥あぁ‥はい、みたいな(笑)」
「っんとアホだよね、あいつ」
「そーかもしんないけどさ、姫のこと好きなんだなぁってね。あんなに素直になれたらさ‥(笑)」
「まだまだ子供なんでしょ」
「そう強がんなくてもいいって、姫」
「強がってなんかいませーん」
「どっちが子供なんだか」
「なに?」
「なんにもです。さ、行こか?みんなお疲れなー」
健二は他のメンバーにも声をかけると皆それぞれに散っていった。

ティルはイーストの仕事を終え 2時間ほどスタジオに入るといつもは坂崎のところへ直行するのだが 今日は自分の家へ帰った。
素直に坂崎の家に行くのはイヤだった。
隠れたやりきれない気持ちがそうさせたのかもしれない。
帰るなり、昼間 紗耶香から受け取ったGジャンを洗濯機にぶちこんだ。
いつもの倍ほどの洗剤と柔軟剤をいれ スイッチを入れた。
相変わらず 物が散乱したこの部屋はやけに寂しさを誘う。
『すいか』でも連れてくればよかったなどと考えていると携帯電話がメールの着信を知らせた。
「まだスタジオ?」
おそらく 坂崎も練習を終えて帰ってきたのだろう。
いるはずのティルがいないから心配になったのか…?
メールには返信せず 電話をした。
待ち構えていたかのようにワンコールで聞こえてくる坂崎の声。
「終わってたんか?今どこにいんの?」
「…家」
「なんか忘れもんか?」
「…ここ 寂しい…なんか…」
「なんかあったんか?」
様子がおかしいと思った坂崎は電話をしたまま外へ出た。
「テルちゃん?今そっち行くから待ってろ」
その時 洗濯終了を知らせる電子音が響いた。
「何の音?」
「ん?洗濯機」
「洗濯してたんか(笑)」
坂崎のところに洗濯機はなく いつもコインランドリーを使っていたが、最近はティルが自分のものと一緒に家で洗っている。
またいつものように洗濯をしに帰っていたのかと 坂崎は少しホッとした。
春の夜風を受けながら 坂崎はティルの元へ急いだ。
マンションにつくとエレベーターを待つのも歯がゆく 階段を二段とばしで駆け上がると ティルの部屋のブザーを押し、ドアノブに手をかける。
開いていないと思ったが開いてしまった。
「テルちゃん 鍵かけとかねーとあぶねーっ…て…」
ブツブツと怒りながら入ってきた目の前に何やら見たことのあるGジャンが干してあったのに気をとられ 語尾が消えてしまっていた。
(…これって…俺…の?じゃねーよ…な?…でもここの擦り切れ具合…って… …え?…えぇ??)
全く予想もしていなかった出来事に坂崎は動揺を隠せない。
そんな坂崎の様子をティルは冷静に眺めていた。
別にやましいことをしているわけではないのに あえて何も言わないティルに坂崎は焦るばかりだ。
「…あのぉ テルちゃん?これって…?」
坂崎は意を決して聞いてみた。
「ん?Gジャン? 坂崎のでしょ?」
「洗濯…してくれたん…だ?」
ティルの顔色を伺いながら 一言一言が慎重になっている。
「うん どこの誰だかわかんない女の子が着たもの そのまま坂崎に着せるわけにいかないでしょ」
にっこり笑うティルだが 目は笑っていない。
(…いったい何があってここにこれがあるんだーーーっ)
一向に状況が見えてこないことに、えたいの知れない怖さが坂崎を包んだ。
「…帰…ろっか?」
恐る恐るティルの顔をのぞきこんだ。
ティルは黙って坂崎を見上げると 坂崎のTシャツの襟元をつかみ そのまま坂崎を引き寄せると ティルの方から少しディープなキスをした。

そんなティルに逆らう気なんかあるはずもなく、逆にティルをぐっと身体に引き寄せる。

そして次第にとろける様な感覚に陥っていった。

宣戦布告

サンパークライブ次の日、紗耶香は坂崎のGジャンを持ってイーストにやってきた。
坂崎とティルのことは知っていたが、実際にあんな姿を見せられると
いてもたってもいられなかった。
夜はこのあたりは凄い人だかりになるので 比較的静かなお昼頃を狙ってやってきた。
ティルはいるのだろうか・・・?
駐車場から裏口の様子を伺っていると
子猫が1匹ミィミィ泣きながらこちらを見ていた。
猫が大好きな紗耶香は猫に向かって笑いかけると、しゃがみこんで 猫を見ていた。
カバンの中にチョコレートが入っていたことを思いだし、
一粒とりだすと 自分の足元においてみる。
少し警戒しながらも 猫はゆっくり紗耶香に近づき、紗耶香が何もしないことを
確認すると、チョコのにおいを嗅ぎ パクッと口にした。
少し紗耶香から離れ、チョコをおいしそうに食べている。
食べ終わるとまた紗耶香を見る。
紗耶香が手を出すと、また近づいてくる。
そっと頭をなでてやると足元にすり寄ってきた。
「・・・かわいい」
この辺の猫だろうか?随分と人に慣れている。
そのとき、イーストの扉が開いた。
猫はその音に反応し、そちらを見るやいなやドアの方へかけよっていった。
「チョコぉ~ ご飯だよ~~」
にこやかに笑いかけながら餌を与えてるのはティルだった。
以前、坂崎がなけなしのお金でかにかまぼこを買って与えていたのだが、
ティルがシゲに頼み込んで、いつからかイーストの猫になっていた。
紗耶香の位置からはティルが猫になにを話しかけているのか分からないが、
なにやらと話をしているようだ。
下を向いたときにすぅっと長い髪が流れる。
坂崎が自動車学校で「うつむいた時サイドの髪が流れ落ちるのが好き」と仲間と話していたのを思い出した。
なにやら楽しそうに猫と話しているティルが疎ましく思えた。
Gジャンを握りしめ、立ち上がろうとしたとき 駐車場に一台の車が入ってきた。
その車に気づいたティルは車の方へ歩き始め
その車の助手席に乗り込んだ。
紗耶香の位置からは運転席の男の顔がよく見えた。
ブラックメディアの恭介だ。
紗耶香の友達はブラメディのヒロの大ファンで、よくライブにも付き合わされた。
ティルと恭介が付き合っていて別れたというのは誰でも知っていることで
その別れた原因が年下の駆け出しのバンドマンだということも
結構な噂になっていた。
そのふたりが車の中で何を話しているのだろう・・・
ここからティルの顔はあまり見えないが
恭介は真剣な表情で 時々ティルの方を覗き込んでいる。
20分ほどするとティルは車から下り、車はすぐ走り去った。
車が去った方をちらっとだけ見ると ティルは裏口に向かって歩き始めた。
紗耶香は慌ててティルの方に駆け寄ると後ろからティルを呼んだ。
無言で振り向いたティルの前に、紗耶香は立ちはだかった。
「なに?」
全く知らない女の子でもファンの子かもしれないのでそうそう邪険にはするなと
いつも健二に言われているが
その目は明らかに敵意がむき出しで ファンの子とは思えないので
ティルは少し怪訝そうに彼女を見た。
「これ、Jaに借りたんです。この間、家まで送ってもらって・・・
返しといてもらえますか?」
紗耶香は挑戦的にティルを見ると Gジャンを差し出した。
「あ、ありがとう 返しとくわ」
ティルも 普段は彼女扱いされるのを嫌がるくせにこんなときばかりは
立派に彼女面をしている。
見たことのあるGジャンをためらうこともなく受け取ると裏口の扉に手をかけた。
紗耶香はまだ言いたい事が終わってないらしく慌てて声をかけた。
「Jaのこと本当に好きなんですか?」
ティルは振り返ると紗耶香を見た。
「さっき‥恭介と話してましたよね?車の中で・・・ヨリが戻ってるんじゃないんですか?」
「あなたには関係ないでしょ」
「可愛いフリしてティルさんって結構ひどい人なんですね」
ティルは反論することもせずうすら笑いさえ浮かべている。 
「Jaにはいい顔して元カレと会ってるなんてね Jaが知ったらと思うと‥彼が気の毒で仕方ないわ」
「これ…届けてくれてありがとう ご苦労様」
全く相手にせずという態度を決め込むと ティルは今度こそイーストの中へと入っていった。
例え 内心穏やかでないとしても 決しておくびにも出さないティルであったが中に入ると急に怒りが込み上げてきた。
握りしめたGジャンからはご丁寧に甘ったるい匂いがつけてある。
(…いったいなんなのっ!!あの子っ)
華奈子が言ってた子だろうか…?
あの挑戦的な目はタダモノじゃない。

事務所に入るやいなや そこにあった消臭剤を引っつかむ様に手に取ると、むせ返りそうな程におもいっきり吹き掛け ロッカーの扉にハンガーで吊した。
それでもまだ甘ったるい匂いは消えない。
ティルは、怒りをあらわに再び消臭剤を吹きかけた。

そこへ華奈子がドアを開け入りかけたが、消臭剤の臭いに
「ギヤッ」
と声をあげた。

「ティルさん‥なんかこの部屋‥すごい臭いですけど‥また何かしたんですか?」
「また って何よっ またって」
「うわ‥ティルさん今日機嫌悪いですね‥」
「そぉ?いつもと一緒でしょ」
明らかに不機嫌な声である。

「で?何か用事だったんじゃないの?」
Gジャンを睨みながら華奈子に聞いた。
「あぁ そーそー マイクが調子悪くて‥いつものと違うのになるから ティルさんに選んでもらおうかと思って‥」
「そう すぐ行くわ」
「じゃお願いします」

触らぬ神に祟りなし とばかりに華奈子はその部屋から出て行った。

華奈子が出て行った後、ティルもすぐに部屋を出た。
窓のないその部屋は消臭剤の残り香で充満していた。

ほとんどティルと入れ代わりにそこに入ったシゲは眉を寄せて顔を曇らせ
「まさか‥まさかな‥んなわけないだろう 皆、ちゃんと持ち場で仕事している」
と独り言を言った。

シゲは思い出していた。

昔、シゲが高校生の頃 想いを寄せていた彼女がいた。
その彼女を家に呼び 思いがけず情事に至った後 部屋に残った身体を重ねたにおいを消すために消臭剤を使った。

「まさかなぁ‥俺じゃあるまいし‥坂崎もいねーしな」

ちょうどその頃坂崎は、派手なくしゃみをして、運ぼうとしていた珈琲をこぼしていた。