友人のK師から電話があり、「空慧上人が亡くなった」と。

兄弟子でもあり、空外上人島根の寺「隆法寺」の後任の住職として長きに亘って守られた方です。
晩年は認知症を患われホームで生活されたそうです。
 このブログでも以前に書きましたが、我々大学生の頃初めて訪ねて以来、ほぼ毎年のようにお邪魔して、数日間滞在させていただいた。
 空慧上人はもともと出西窯の創立メンバーの一人で、窯の運営に問題が起きたことから、隆法寺住職として隠棲されていた空外上人の元を訪ねられ、以後メンバーと共に念仏に精進する様になられた。
 中でも、空慧上人は熱心で、他のメンバーに先駆けてお寺に来て一生懸命念仏に精進されたので、空外上人が広島大学に復帰されるに当たり、後任住職として任された。

 朴訥な人柄は、みんなに好かれたが、時々自分勝手に物事を進めたりして、空外上人によく怒られていました。それでもご本人は「へへへ」と笑って過ごされることが多かった。

寂れた山寺は、そのうち立派な念仏道場になり、ついには「空外記念館」の設立に尽力された。

 後は、息子の空幹師がお守りをしておられる。

 本当にお世話になり、十分なお礼もできなかったが、そんな事にお構いなく暖かく我々を迎えてくれたことが、思い出として残っている。

 残念ながら、入院中のため葬儀に参列できなかったが、落ち着いたらお参りに行こうと思っている。

 今は、はるかな愛知の地からご冥福を祈るのみである。