鬼平犯科帳 本所・桜屋敷~池波正太郎の三大シリーズをたしなむ | 池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

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本所・桜屋敷~池波正太郎の鬼平犯科帳をたしなむ~

 

みなさん、こんにちは。

 

本日は、鬼平犯科帳の1巻第2話「本所・桜屋敷」を紹介します。

 

本所は長谷川家の本邸があった場所であり、長谷川平蔵の青春時代の思い出(?)でもあります。20数年ぶりに本所に足を運んだ平蔵。桜屋敷の隣にあった剣術道場で懐かしい人物と再会してきます。

 

鬼平犯科帳 本所・桜屋敷のあらすじネタバレ

あらすじ1)

火付盗賊改方の長官に就任して間もなく、盗賊・野槌の弥平一味を逮捕した長谷川平蔵。

 

一味の頭や手下の逮捕に成功したものの、古川や梅吉だけは取り逃がしてしまった。

 

しかし、天明七年の暮れ、前の火盗改め長官の組下与力だった佐嶋忠介から梅吉の居場所を教えられた。佐嶋に密告したのは、彼が手先として雇っている岩五郎という男だ。元盗賊であり、佐嶋に助けられたことを機に足を洗い、今は居酒屋「豆岩」の亭主におさまった。

 

岩五郎は、梅吉とは面識はなかったものの、人相書きに非常に似た人物を見かけたことで佐嶋に伝えた。梅吉を見た場所は本所、かつて長谷川家が屋敷を構えていた土地であり、平蔵の若き日の思い出が残るところだ。

 

 

天明八年を迎え、小正月を過ぎた頃、平蔵は17年ぶりに本所へ足を運ぶことになった。

 

父・長谷川宣雄が京都町奉行に任ぜられたことで、父に伴って京へ赴いた平蔵。

 

しかし、赴任から1年足らずで父が病死、本所の屋敷はすでに別の旗本が住んでおり、長谷川家は目白台に新居を構えることになった。

 

横川河岸・入江町の鐘楼の前にあった旧長谷川邸の風景を懐かしみながら、梅吉を見かけたという南割下水近辺をまわる平蔵。その日は特に変わった様子はなかったものの、油断はできない。梅吉は他国へ逃げるための資金を得るべく、次の盗みをするかもしれない。

 

内心では梅吉捕縛への焦りを覚えつつも、本所に来たからにはもう1つ行きたい場所があった。

 

酬恩寺から出村町の一角に入った平蔵。このあたりは藁ぶき屋根の民家が多く、茶店の裏道に入った先には、かつて剣術道場が営まれていた百姓家があった。

 

ここは、一刀流の遣い手・高杉銀平の剣術道場跡であり、平蔵はここで剣術を学んだ。19歳で入門し、父と共に京へ赴くまでの数年間、ここに通い詰めていた。

 

今ではすっかり荒れ果ててしまったものの、道場が営まれていた頃は北面にある山桜の花びらが飛んできた。道場の隣は広大な屋敷が広がり、人々は「桜屋敷」と呼んだ。

 

桜屋敷は、むかしから土地の名主をつとめていた田坂家が代々所有していた。平蔵が道場に通っていた頃、桜屋敷には10代目当主・田坂直右衛門老人と孫娘のおふさ、数人の奉公人と共に静かに余生を送っていた。

 

直右衛門自身は道場に顔を出すことは無かったものの、おふさを通じて差し入れをすることがあった。おふさは18歳、色白で初々しい姿は門人たちの憧れとなっていた。

 

本所時代振り返る中、何者かが斬りかかってきた。しかし、相手に殺気はなく、顔をよく見るとかつての剣友・岸井左馬之助と分かった。

 

あらすじ2)

長谷川平蔵は、家督を継ぐ予定のなかった父・宣雄と、長谷川家の女中だったお園との間に生まれた。

 

当時、長谷川家は宣雄の長兄とその息子が当主を務めており、末弟である宣雄はよほどの事が無い限り、当主の座に就くことはなかった。

 

また、他家へ養子に行くあてもなく、兄や甥の厄介になりながら余生を送らなければならない。そんな中、行儀見習いとして奉公していたお園と関係を持ち、子供が出来た。

 

お園の実家は巣鴨の裕福な百姓であり、お園の父親の口添えもあって宣雄は巣鴨に移ることになった。やがて銕三郎(後の平蔵)が生まれ、穏やかな生活が待っていた矢先、本邸では甥の修理が病に伏してしまった。

 

修理には息子はおらず、何かと頼みにしていた叔父・宣雄に本家を継いでもらうことに決めた。そこで、27歳になる妹・波津を養女にし、叔父と結婚させることで長谷川家の存続を考えた。

 

もちろん、本家の問題を宣雄も無視はできない。一方、病気がちだったお園は、本邸からの知らせを聞き、悲しみのあまりそのまま病死した。これまで厄介をかけていた本家のためにも、本所に戻ることを決意した宣雄。もちろん、銕三郎も連れて行くつもりだったが、思わぬ障壁が立ちふさがった。

 

実の姪でありながら、本妻となった波津が銕三郎を認知せず、自分が生んだ息子を後継ぎにしたかった。彼女は27歳まで縁談の話が1度もかからず、それゆえに鬱屈したものを内に抱えていた。また、非常に気が強く、宣雄も妻には逆らえなかった。

 

そのような経緯から、鉄三郎は巣鴨の祖父の家で育てられたものの、時折、宣雄がお忍びで顔を見せることもあった。一方の波津は結婚から3年後に女の子を産んで以来、子宝には恵まれなかった。

 

その後、宣雄と波津との間に男子は生まれず、銕三郎は17歳の年に本邸に迎え入れられた。しかし、波津の鬱屈した感情は継子への向けられた。ことあるごとに「妾腹の子」といじめ抜くことなみなみならぬ。

 

巣鴨で自由に育った銕三郎も、継母に反抗するように無頼者と遊ぶようになり、悪所へも足を運ぶようになった。また、喧嘩もめっぽう強く、いつしか「本所の銕」などと呼ばれた。さらに非行ぶりは親戚にも知られ、公儀に知られる前に勘当するように宣雄にも訴えた。しかし、宣雄はのらりくらりとかわし、問題を抱える息子を庇いつつ、勤めに励む日々だ。

 

本邸では冷遇され、世間からもはみだし者のように扱われていた銕三郎。そんな彼の心の拠り所が高杉道場だったかもしれない。やり場のない怒りや鬱憤を稽古で発散していたのだろう。道場通いだけは休むことがなかった。

 

 

それから20数年、旧高杉道場で再会した平蔵と左馬之助は酬恩寺門前の茶店「ひしや」に入り、湯どうふを肴に熱い酒を交わしていた。

 

話の話題はやはり、若き日の憧れだった桜屋敷のおふさだ。彼女は、日本橋・本町の呉服問屋・近江屋清兵衛方へ嫁いだ。嫁入りの日、花嫁衣裳に身を包んだおふさと立派な花嫁道具をのせた数艘の船が横川を流れ、彼女が嫁いでいく姿を平蔵と左馬之助は静かに見送った。

 

心からおふさの幸せを願った平蔵と左馬之助。この日を境に2人はまるで人が変わったように落ち着いた人柄になり、平蔵いたっては無頼者とも遠ざかって行った。また、この年には継母・波津が病死し、平蔵は正式に長谷川家の跡継ぎとして認められて現在に至る。

 

懐かしい人物との再会から、ふとおふさのことが気になった平蔵。今でも近江屋にいると思いきや、そうではなかった。とある理由で近江屋を追い出され、今は百俵取りの御家人・服部角之助の御新造となったらしい。ちなみに、服部家は本所にある。

 

 

小川や梅吉のこともかねて、服部家を見に行くことにした平蔵。おふさは今、どうしているのか、気になって仕方がない。梅吉を見失った場所とされる南割下橋にさしかかった頃、20数年ぶりに見た、懐かしい人影を見つけた。

 

その人物は平蔵が「本所の銕」と呼ばれていた頃につるんでいた無頼者で、相模無宿の彦十といった。本所の松井町一帯の岡場所を巣くっていた香具師あがりで、年は平蔵より年上だ。今ではすっかり風貌が変わってしまった平蔵。彦十も声を掛けられるまで、気が付かなかった。

 

その後、彦十を連れて二ツ目橋のしゃも鍋屋・五鉄に入った平蔵。懐かしむ彦十に酒を飲ませる中、服部角之助の名前が出てきた。実は、服部家の屋敷は無頼者が集まる賭場となっており、彦十も出入りしていた。さらに、服部の御新造のことも知っており、平蔵は詳しい話を聞き出した。

 

あらすじ3)

懐かしい人々との再会から4日後、火盗改めの役所へこざっぱりした身なりの彦十がやってきた。五鉄から出る際、平蔵の役職を教えられた彦十。最初こそ驚きはしたものの、彼のために働くことを決意した。

 

居間に通され、改めて平蔵と対面した彦十。小川や梅吉の人相書きをみせてもらい、似たような人物が服部の賭場にいたことを思いだした。さらに、平蔵と再会した日、彦十を賭場から追い出したのも、梅吉に似た人物だった。

 

梅吉の探りを彦十に任せ、平蔵はおふさの調べに取り掛かった。そこで、長らく火盗改めの御用聞きを務める、日本橋・鉄砲町の文治郎へそれとなく近江屋について聞いた。文治郎の家は近江屋とも近く、おふさの事もすぐさま分かった。

 

近江屋に嫁いでから間もなく、亭主が当主の座を次ぎ、おふさも懐妊するなど幸福な日々だった。しかし、子供は死産してしまい、亭主の清兵衛も同業の会合に向かう途中、暴れ馬に蹴られた怪我で急死した。

 

主を失った近江屋では次の当主を誰にするかもめ事が起き、最終的にはおふさの義弟が跡を継いで現在に至る。しかし、当主となった義弟は兄嫁を疎み、手切れ金と共におふさを追い出した。その頃にはおふさの祖父は亡くなっており、桜屋敷も近江屋の手で売り払われてしまった後だった。

 

 

それから2日後の夜、役所へ彦十が慌てて駆け込んできた。実は、無頼仲間から小川や梅吉による近江屋の襲撃計画を聞かされたからだ。さらに、この計画には服部も絡んでおり、彼の屋敷には無頼者が集まっていた。

 

火盗改めの追求から逃れるべく、一刻も早く江戸を離れたい梅吉一味。また、この襲撃にはおふさも一枚かんでいると、平蔵は見た。すぐさま盗賊改め方に出動命令を出し、彦十と竹内同心が先発で出動した。

 

時刻は四ツ半(午後11時)を回り、本所・南割下の服部家に到着した。そこには、彦十にとって捕らえられた無頼仲間・久がいた。久は今回の討ち入りに参加するつもりだったが、彦十にとって身柄を拘束され、盗賊改めに協力することになった。

 

まずは久に門を叩いてもらい、服部家の敷地に侵入した一行。そして、屋敷の雨戸を蹴り破り、小川や梅吉一味を一人残らず捕縛した。

 

あらすじ4)

捕らえられた梅吉一味は、平蔵が自ら尋問にあたった。梅吉はすっかり堪忍したのか、諦めたような様子で取調べを受けた。その中で、近江屋を狙った経緯を明かした。

 

盗賊改めの目を逃れ、その日暮らしのために服部の賭場に足を運んでいた梅吉。そこで、近江屋の先代のお内儀だったおふさと知り合った。後におふさとは情を交わす仲となり、近江屋の襲撃をすすめられた。

 

次は服部角之助の取調が行われるも、彼はただひれ伏すばかりで命乞いをした。その後も、他の浪人くずれや服部家の中間・女中に至るまで取調が行われるも、おふさの尋問だけは他の者に任せた。

 

おふさの尋問の日、平蔵はひそかに左馬之助を役所へ呼んでいた。白洲に引き出されたおふさは昔の面影が全くなく、変わり果てた姿に左馬之助は動揺を隠せなかった。

 

一方、与力・松村忠之進から尋問を受けるおふさは、悪びれる様子を見せることなく、問いにもハキハキと答えた。

 

近江屋に恨みがあり、梅吉をそそのかして近江屋を襲撃させようとしたこと、しかし自分は盗み金よりも、主人夫婦を殺害させることの方が大事だと言いのけた。もちろん、近江屋への恨みの理由は、亭主の死をきっかけに追い出されたことだ。

 

次に梅吉と情を交わしたことについて、服部は知っているのかと問われたおふさ。実は、服部は女を抱けない体であり、彼が当たりまえの男ならば自分はここまで落ちなかったと打ち明けた。

 

白洲を立った際、こちらを見つめる2人の男性を見たおふさ。しかし、彼女は2人のことはすっかり忘れていたようだ。女には過去や将来などなく、ただ現在のわが身あるのみ。20数年もおふさを思い続けてきた左馬之助の目は、涙で濡れていた。

 

 

春となり、小川や梅吉は磔刑に処され、服部角之助らは打ち首、おふさは他の者と共に島送りとなった。

 

おふさが島送りとなって数日後、本所へ足を運んだ平蔵。

 

神田川の船宿で乗り、大川を通じて横川へ向かった。桜屋敷は今は大身旗本の手に渡ったものの、かつて高杉道場にまで舞ってきた山桜は満開に咲いていた。そして、対岸にはぼんやりと桜屋敷と道場跡を眺める左馬之助の姿があった。

 

-本所・桜屋敷終わり-

 

本所・桜屋敷の登場人物

岸井左馬之助:平蔵の剣友であり、高杉道場の門人だった。下総・佐倉近くの郷士の出身で、実家は裕福。若い頃から押上の春慶寺に寄宿していた。

 

高杉銀平:本所・出村町で剣術道場を営んでいた一刀流の遣い手。平蔵と左馬之助の剣術の師。平蔵が京都に移った後に亡くなり、道場は閉鎖された。

 

おふさ:高杉道場と隣接する「桜屋敷」の主の孫娘。祖父の遣いで道場に差し入れを持ってくることがあり、門人たちの憧れの的だった。

 

相模の彦十:平蔵の無頼時代の知り合い。ひょんなことから平蔵と再会し、盗賊改めの密偵となる。

 

松村忠之進:長谷川組所属の与力。おふさの尋問にあたる。

 

盗賊・その他

小川や梅吉:野槌の弥平の一味。逃亡資金を稼ぐべく、近江屋に目をつけた。

 

服部角之助:本所・南割下町に屋敷を構える百俵取りの御家人で、おふさの再婚相手。

 

近江屋清兵衛:日本橋・本町の呉服屋の大店で、おふさの嫁ぎ先。現在は、おふさの義弟が主人を務める。

 

長谷川家及び親族

長谷川宣雄:平蔵の父。三兄弟の末っ子であり、長兄と甥が病死したことで家督を継ぐことになった。若き日の平蔵の良き理解者だった。

 

お園:平蔵の生母。行儀見習いがてら長谷川家へ女中奉公に出ていたところ、宣雄の手がつき平蔵を身ごもった。

 

仙右エ門:平蔵の母方の祖父で、巣鴨の大百姓。本邸に戻った宣雄と病死したお園に代わり、平蔵を育てた。

 

修理:宣雄の長兄の息子。叔父の宣雄を何かと頼りにしており、子供のいない自分の跡継ぎに指名した。

 

波津:修理の妹。叔父・宣雄に家督を継がせるため、兄の養女となって宣雄の妻となった。

 

本日の捕物

小川や梅吉一味

梅吉:磔刑  服部格之進の他:打ち首、 おふさ他:島流し

 

本所・桜屋敷の見どころ

見どころ1)若き日の鬼平

今でこそ温厚で知られる平蔵ですが、若い頃は今でいう不良少年でした。その理由は継母との関係にあり、このあたりは「鬼平犯科帳 1巻」の本編を読んでいただきましょう。

 

また、若き鬼平のエピソードはその後も断片的に登場しており、どれも興味深いですよ。時には、「本所の銕」らしからぬ失態も読めるかもしれません。

 

見どころ2)過去を振り返らないおふさ

高杉道場の門人の憧れの的であり、平蔵と左馬之助の憧れであったおふさ。近江屋の主人だった亭主との死別を機に、彼女は人生のどん底に突き落とされました。しかし、復讐を糧にどん底から這い上がっていきます。

 

最終的に近江屋への復讐は失敗に終わったものの、盗賊改めで尋問を受けるおふさは、どこか清々しさを感じます。壮絶な過去を体験していながら、それらを決して表には出さないおふさ。

 

平蔵や左馬之助には気の毒ではあるものの、私はすっかり人が変わったおふさの方が好きですね。

 

おふさに比べればへでもありませんが、私も過去にはいろいろとありましたからね・・・(ただ、色々ありすぎて覚えていませんが!?)

 

だからこそ、過去を懐かしんだり、古傷をこじ開けるようなことをするくらいなら、今に目を向けていたい。そのような感情をおふさに感じたのでしょうか。

 

見どころ3)左馬之助の失恋

平蔵の剣友であり、本作品にて欠かせない人物の1人である岸井左馬之助。20数年がたった今でも、おふさを思い続けていたものの、彼の恋心は思わぬ形で打ち砕かれました。それは、彼女の身に降りかかった不幸の数々ではなく、自分のことを全く覚えていなかったこと。

 

白洲に引き出されたおふさは、すでに左馬之助の知るおふさではなく、もちろん内面も別人のように変わっていました。想い人ならば、どんなに容姿が変わっても、内面だけは変わらずにいて欲しいもの。

 

しかし、左馬之助の目の前に現れたおふさは、同名別人とのいいたげな変わり果てたおふさだった。

 

おふさの姿を見て、衝撃のあまり涙を流す左馬之助。男性ならば、彼の気持ちが痛いほど分かるでしょうか。

 

 

鬼平犯科帳 本所・桜屋敷まとめ

鬼平を読み返すたびに「桜屋敷」の回はサラっと読み飛ばしていました。ブログを書くにあたりじっくり読むこととなり、こんなエピソードだったのかと今更ながら思いましたね。特におふさに対する印象の変化は大きいですね。嫁ぎ先への復讐を糧にどん底から這い上がってきた根性、私も見習いたいです。

 

さて、次回の投稿は、6月19日(水)を予定しています。

 

本日も最後までお付き合いいだたき、ありがとうございましたニコニコ