池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ~剣士変貌の巻~ | 池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

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現在は「剣客商売」の本編・16巻の読みどころや魅力を紹介する「剣客商売を極める」シリーズを投稿しています。月1投稿ですが、こちらの記事も是非、チェックしてみてください。

池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ

~剣士変貌の巻~

 
みなさん、こんにちは。管理人の佐藤有です。
さて今回は、自分の力だけで道場を立ち上げた剣客の知られざる末路と、小兵衛との再会を描いた「剣士変貌」を紹介します。
 

剣客商売・剣士変貌あらすじネタバレ

あらすじ1)
朝顔や糸瓜など夏ものの苗売りの声が街中に響き渡るようになったある日のこと、初孫の顔を見に橋場へ訪れていた小兵衛は、帰りはおはるの舟で帰るべく、馴染の船宿「鯉屋」へ向かいます。
 
そこへ、町駕籠が鯉屋の前に留まり、客の女性が船宿に入っていき、その女性に見覚えのある小兵衛は、鯉屋の筋向いにある茶店の軒下に身を隠しながら様子を伺います。
 
女性は、市ヶ谷田町三丁目の菓子店「笹屋長蔵」の後妻に入ったお吉といい、先日もこの店の名物・巻狩せんべいを買ってきたばかりでした。
 
笹屋は、小兵衛が四谷道場時代から贔屓にするお店で、ここのせんべいは切らしたことがありませんでした。しかし、いつもはおはるが買ってくるため、小兵衛が笹屋に向かうのは8年ぶりとなっていました。
 
笹屋のあるじ・長蔵は、小兵衛を懐かしむとともに、一昨年前に迎えた後妻・お吉や、娘婿・伊太郎に引き合わされます。伊太郎に関しては温和な人柄とみつつも、お吉の方は女中と見間違えそうな地味な女性で、器量の良かった前妻とは似つかないことから、長蔵の女性の好みの変化を不思議に見ていました。
 
小兵衛がお吉の容貌が気になったのは、長蔵とお吉の結婚には裏で何か仕組まれているのではと、不穏な気配を感じており、市ヶ谷からは遠い橋場の鯉屋へわざわざ足を運んだことも、気になっていました。
 
しかし、余計な詮索をしてはいけないと、鯉屋の女あるじ・お峰にも、お吉のことを訪ねることはできなかったものの、おはるの舟が鯉屋についた時、船着き場から鯉屋の土間へ1人の侍が入っていき、二階座敷へ案内されます。
 
侍は、なかなか良い身なりから浪人ではないとみえたものの、その顔に見覚えのあった小兵衛は、すぐさま身を隠し、男が去っていくのを待ちました。
 
小兵衛の行動を不審に思ったお峰によると、侍は二ヶ月前から3度ほど鯉屋を利用しており、深川・亀久橋にある船宿「立花」の舟でこちらに来ているとのこと。
 
また、お吉も侍と待ち合わせをしているかのように、鯉屋を訪れるらしく、帰りは別々であるものの、2人はただならぬ関係にあると思われました。
 
侍の名は、横堀喜平次といい、15年前まで牛込・原町にある中条流の中西弥之助道場の食客であり、中西と交流のあった小兵衛も、横堀とも面識がありました。
 
横堀は、中条流の剣客として諸国の道場を巡り歩き、中西に気に入られたことで彼の道場に3年ほど滞留し、剣術の腕前や人当たりの良さが評判を呼び、今では中西の代稽古を担うまでになりました。
 
また、小兵衛の道場にも時折顔を出し、稽古熱心かつ真摯な姿勢から小兵衛からも気に入られていました。
 
それから2年後、秋山家では大治郎が大原の辻平右衛門先生の元へ修行に励んでいた頃、横堀は麻布・北日ヶ窪の百姓家を買い取り、念願だった剣術道場を立ち上げることが出来ました。その資金は、亡き父母が遺したお金と、自らも少しづつ貯めてきたお金でまかない、借金をせず自らの力で立ち上げたことを、人々はもてはやしました。
 
一方、小兵衛も横堀の努力を認めつつも、なぜか素直に喜ぶことができず、それは彼を食客として雇った中西も同じ思いでした。
 
中西の誘いである蕎麦屋で酒を酌み交わした小兵衛は、いまの横堀では道場の主はあまりよくないことだと本音を漏らし、それは中西も同感でした。これまで横堀を見てきた2人は、横堀は一国一城の主よりも、主君を支える右腕として生きる方が向いていると考えます。
 
その理由は、道場主となった後の横堀の変貌を心配しての事でしたが、そもそも彼が道場主に向いている、向いていないのではなく、一国一城の主になるには、時期が早すぎたと見ていました。
 
そして、2人の嫌な予感は3年後に現れ、道場の方は小さいなりに門人の数もおり、経営面での心配はありませんでしたが、問題は横堀の人柄でした。
 
道場主となり、横堀はかつて世話になった中西や小兵衛の道場で訪れることがなくなり、やはり横堀の人柄が変わってしまったのではと心配する中西をよそに、小兵衛は新しい境遇に入ると、自然と前のことを忘れてしまうもの、横堀も悪気があるわけではないと諭します。
 
しかし、2人の不安は思わぬ形で的中してしまい、横堀が道場を立ち上げて3年目の夏、門人・杉原平吉郎の妻と密通が発覚した横堀は、争いの末に杉原を惨殺、杉原の妻を連れて逃亡する事件を起こしました。
 
そして、15年後、鯉屋で横堀を見かけた小兵衛は、彼がまた人妻を密通をしていることを察し、放っておくことができず、まずは、横堀について調べるべく、先回りにして船宿「立花」へ向かいます。
 
あらすじ2)
大川から仙台堀川を東に入って3つ目の橋が亀久橋で、「立花」はその南詰にありました。蛤町の舟着き場に降りた小兵衛は、おはるへ又六を呼ぶように言いつけ、自身は亀久橋の北詰にある蕎麦屋「万屋」で待つことにしました。
 
万屋の入れ込みの窓からは、立花を見ることができ、おはるが又六を連れて万屋に入った時には、夕闇がただよい始めていました。するとそこへ、立花の船に乗った横堀が仙台堀川を漂うも、船は立花を通過し、堀川を右へ向かいます。
 
どうやら向う側にも小兵衛の顔を知られたと見え、横堀の船は、さきほどおはるが又六を迎えに行った川筋と同じだったことから、又六はおはるの舟に乗って横堀の後を追い、小兵衛は亀久橋を南へ渡り、入舟町の鮒芳で2人と合流することにしました。
 
しかし、以外にも2人の方が一足早く鮒芳についてしまい、小兵衛が来るのを待っていました。鮒芳の近くには富岡八幡宮の門前があり、その表門前には大きな舟着き場があり、横堀とおはる・又六は、そこで舟を下りました。
 
横堀はその近くに住んでいるとみえ、富岡八幡宮の門前の参道・一ノ鳥居と酒屋の間の細道を南へ入り、その突き当りにある小さな木戸門のついた二階家に入っていったそうな。
 
あたりはすでに暗闇に包まれ、その日は又六の家に泊めてもらうべく、おはると又六を先に田島の長屋へ向かわせた小兵衛は、参道に軒を連ねる店で買い物などをしながら、二階家の主についてそれとなく聞き込みます。
 
店の者によると、横堀は周囲には堀内某という学者を名乗っており、彼が住まいとする家は、元は深川・佐賀町の書物問屋「村田屋治郎兵衛」の別宅だったこと、堀内には若くて美しい妻女がいるらしいが、年齢が合わないとの理由から、その女性は、かつての門人・杉原の妻女ではないと見ます。
 
同時に、横堀とお吉の関係はいまだ謎が解けず、鯉屋ではどうやら何か話し合っているだけで、やましい点がないことは鯉屋の女中も知っており、かといって横堀の身なりからはお金に困って悪事を働いているようにも見えず、又六母子・おはるが大いびきをかいている横で、小兵衛は眠れない夜を過ごしました。
 
翌日、四谷の弥七と傘徳に捜索を依頼するべく、武蔵屋に向かった小兵衛でしたが、あいにく弥七は一昨日から留守で、傘徳と共に小田原へ行っているそうな。
 
笹屋が後妻を迎えたことは弥七の女房も噂で耳にしていたものの、それ以上のことは土地の者に知られていない模様でした。
 
笹屋と横堀の件は、これ以上考えてもどうしようもないから、きれいに忘れようと腹を決めた小兵衛は、久しぶりに市ヶ谷八幡宮の参詣を終えたその時、女の悲鳴が聞こえます。
 
声の先では、浪人2人が町人を相手に暴行を働いており、浪人のうち1人は、小兵衛も見知っている相手で、名を野原甚九郎と言いました。
 
野原は、かつて「長蛇の甚九郎」の異名を付けられた剣客くずれで、強請や脅迫は当たり前で、剣術の腕をもって道場破りを行っていたため、土地の嫌われ者でした。
 
小兵衛との関係は、四谷道場時代にさかのぼり、金目当てで野原が押し掛けたことがありました。小兵衛は奥の部屋にいましたが、その日は小兵衛の道場の稽古に来ていた横堀が野原の相手をし、散々に打ち負かした挙句、野原を土地から追い出しました。
 
野原の悪事は、四谷の人々にとっても嫌な存在であり、それ以来、小兵衛は野原の噂を聞くことはありませんでした。
 
あれから数十年が経過した野原は、50歳くらいになったとみえ、白髪の混じった総髪とこざっぱりした身なりをしつつも、相変わらず悪事を働いているようでした。
 
そして、その日は、茶店に来ていた町人に難癖をつけ、いずれ金品を奪うつもりと看た小兵衛は、人々が怖気づいて誰も野原に逆らえない中、本社の裏手に回った野原たちと対峙します。
 
連れの浪人は鼻を打たれ悶絶する一方、野原は邪魔をしに来た老人が小兵衛だと気が付き、一目散に逃げていきます。
 
逃げ足だけは早い野原を取り逃がした小兵衛は、被害にあった町人の介抱にあたります。
 
町人は、飯田町の煙草問屋「伊勢屋三右衛門」の長男・庄太郎で、野原は茶店に入った町人が伊勢屋の若旦那だと知っていた上で、彼に難癖をつけ、伊勢屋から大金をせびろうとしたと思われます。
 
相変わらず悪事に手を染める野原甚九郎に怒りを覚える小兵衛は、このまま放っておくことができず、伊勢屋の若旦那を送り届けた後、町駕籠に乗って深川を目指します。
 
深川・相町の船宿「三好屋」から鐘ヶ淵に帰ることにした小兵衛は、又六に見送られながら三好屋を目指し、富岡八幡宮に差し掛かったあたりで、昼間の野原を見かけます。
 
長蛇の甚九郎の手がここまで伸びていたことに怒りを覚える小兵衛でしたが、同時に、野原一行は横堀の住む二階家に入っていく様子を目撃し、どうやら横堀が彼らを呼びだしたことを聞き取ります。
 
そこで又六の提案により、富岡八幡宮の参道に面した料理屋「丸竹」の2階小座敷を借りて、横堀宅を見張る事にしました。
 
翌日の五ツ半(午前9時)、野原とお付の若い浪人が二階家から出てきたことを受け、又六と丸竹の若い者が尾行につき、小兵衛は船宿・三好屋から神田川の和泉橋の先の舟着き場で降り、上野北大門町の御用聞き・文蔵の元を訪ねます。
 
小兵衛から一通り聞いた文蔵は、又六が来るまでに自身の手先・金助と源蔵を呼び寄せます。
 
七ツ(午後4時)に、又六が町駕籠に乗って文蔵宅に到着し、野原一行は、早稲田村・茗荷畠の神明宮の裏手の畑道を西にむかった先にある百姓家に入っていったそうな。
 
小兵衛一行は、茗荷畠から近い、牛込・早稲田町に住む町医者・横山正元に協力を依頼し、見張り場所として利用させてもらうことにしました。野原の住む百姓家は、文蔵たちが交代で担うこととなり、野原宅には、川村岩四郎というお付の若い浪人もいました。
 
翌朝、丸竹の若い者の千吉は深川へ戻り、又六も富岡八幡宮の横堀宅を様子を見に、一旦、小兵衛たちのもとを離れます。
 
その日、野原と川村は百姓家から外に出る気配がなかった一方、横堀の方は見張りの開始後に外出をはじめ、横堀の尾行は千吉が担い、七ツ過ぎに又六が報告に訪れます。
 
横堀は間もなく野原の百姓家に入り込み、決戦は今夜とみた小兵衛は、雨具を身に着け、脇差しを武器に左に竹杖、右手に提灯を構え、正元宅の裏口から出ていきます。
 
小兵衛が向かった先は、標的のいる百姓家ではなく、約半里先にある市ヶ谷御門外の茶問屋「井筒屋」を訪ねます。
 
井筒屋は、小兵衛の同門・内山文太の娘の嫁ぎ先で、内山も娘の世話を受けながら隠居生活を送っていました。
 
あらすじ3)
井筒屋にて、小兵衛と内山が碁を打ち始めた頃、五町(約550m)離れた、菓子舗「笹屋長蔵」の離れでは、長蔵とお吉が眠っていました。初老とも呼べる長蔵の夜の相手はお吉には苦痛で、事が終われば用済みとばかりに素っ気ない態度は、お吉に暗い影を落としていました。
 
しかし、その日のお吉は、夫が寝静まったことを確認すると、憎しみや哀しみを含めた笑みを浮かべながら、離れから母屋の自室に引きこもり、外では雨が降り始めました。
 
それから一刻後、井筒屋を文蔵が訪れ、横堀・野原・川原が頭巾を被ってこちらに向かっていること、3人の尾行は文蔵の手先が担っていることを聞かされます。
 
小兵衛一行の襲撃には、無外流の遣い手でもある正元も井筒屋に来ており、刀の代わりに棍棒を腰に差していました。一方、又六と千吉は、前日から働きづめですっかり寝入ってしまい、正元宅で待機することにしました。
 
また、井筒屋から五町先にある笹屋長蔵方では、その家族や奉公人が寝静まる中、離れから自室に戻ったお吉はまだ眠りについておらず、普段着のまま布団に身を潜め、家の者が寝静まったことを悟ると、忍び足で笹屋の通用口へ向かい、潜り戸の前で身をかがめます。
 
笹屋の軒下には、横堀たち3人と他9名が合流し、彼らは黒い着物の裾を端折り、頭巾を被っていました。
 
横堀は通用口の戸を叩き、合図を聞いたお吉が潜り戸を開け、川村を先頭に一味は内部へ侵入、最後に残った横堀と原田が周囲を見渡し、内部へ入ろうとした瞬間、何者かに声をかけられます。
 
笹屋の軒下に置かれた防火用の天水桶から身を乗り出した小兵衛は、竹杖で原田の胸下の急所を打ち気絶させ、横堀に詰め寄ります。
 
見知った顔の登場に横堀は逃げようとするも、すぐさま振り返り小兵衛に一刀を振りかざします。同時に、小兵衛の背後では、棍棒を片手にした文蔵・正元が潜り戸から笹屋内部へ侵入し、曲者を次々と打ちのめし、騒ぎを聞きつけ外に逃げ出した者は、外で待ち構えていた金助・源三が打ちのめしました。
 
そして、残り3人と川村も文蔵・正元に打ち据えられ、追い詰められたお吉は観念し、笹屋では騒ぎを聞きつけ、奉公人たちが土間に駆けつけてきました。
 
その頃、横堀を追い詰める小兵衛は、江戸城・外濠の淵まできており、刀を相手に竹杖で対峙していました。
 
その晩は、雨でお互いの顔こそ認識できなかったものの、聞き覚えのある声を耳にし、横堀はやっと自分を追い詰めてくる人間が秋山小兵衛だと分かりました。
 
苦労の末、一国一城の主になれたものの、横堀のその後の人生は、悪事で金はたっぷり得られたものの、その代償として剣の腕前はすっかり衰えてしまいました。
 
小兵衛に説得された横堀には、もう自刃する気力もなく、握りしめた脇差を引き抜くことなく、地面にひれ伏し、泣き叫びます。
 
あらすじ4)
笹屋長蔵の襲撃事件から7日後、鐘ヶ淵に文蔵が訪れ、犯人たちの処罰について報告していました。
 
雨が降りしきる中、小兵衛の前で大泣きをした横堀は、今からでも立ち直ることができると思われたものの、過去に何人も殺めていた経緯から死罪は免れないと思われました。その中には、過去に横堀を関係を持った女性も含まれ、少なくとも2人の命を奪ったそうな。
 
また、土地の噂で浮上した横堀の妻と思われる女性は、京の蒔絵師の娘で、昨年の暮れに江戸にきたこと、横堀の正体こそ知らなかったものの、やはり女性の方でも怪しいと思い始めていた模様でした。
 
そして、横堀と鯉屋で会っていた笹屋長蔵の後妻・お吉は、実は横堀の妹であり、この件は小兵衛も初耳でした。
 
お吉は、本所の御家人・小泉為四郎に嫁ぐも、子供が生まれなかったため離縁させられ、その後は、王子稲荷・門前の料理屋「扇屋」の座敷女中として働き、そこで笹屋長蔵に見初められ、後妻に入ったとのこと。
 
表では穏やかな気性で知られる笹屋でしたが、裏ではお金を使わず女遊びをするしたたかさをもちあわせており、容姿の劣るお吉を後妻に迎えたのもそういう理由からで、お吉は女中代わりの後添えのような扱いを受けていました。
 
お吉が笹屋に恨みを持つのは当然のことで、そこで、兄の横堀に依頼して笹屋のあるじを殺害してもらおうと考えていましたが、小兵衛一行の邪魔が入り、お上に捕らえられました。
 
また、笹屋のあるじの殺害計画の発端は、笹屋の婿養子・伊太郎であり、同じく笹屋のあるじに恨みを持つお吉に、殺害計画を持ち掛けたことが始まりでした。
 
笹屋の婿養子いじめは、奉公人の間でも知らぬ者はいないと言われるほどひどいもので、同じ境遇に置かれた伊太郎・お吉が手を組むのも、当然の流れだったと言えるでしょう。
 
お上の取調の結果、横堀は、妹を思い笹屋の襲撃に出向いたものの、過去に関わった悪事では、自分が計画を立てたり、元手を出してやるなど、表に出ることはありませんでした。
 
文蔵から一通り話を聞いた小兵衛の元へ、小田原帰りの弥七・傘徳が訪ねてきました。
 
女房から小兵衛との一件を聞かされた弥七は、何か事件が起きたのかと構えるも、すでに事が終わった後でした。
 
-剣士変貌・終わり-
 

剣客商売・剣士変貌の登場人物

横堀喜平次:諸国の道場を巡り歩く中条流の遣い手。生まれは、越前・丸山の浪人で、中西弥之介道場
        の食客を経て、麻布・北日ヶ窪に道場を構える。3年後、門人の妻と関係を持ったことを原因
        とする争いで、門人を斬殺し江戸を出走した。現在は、市ヶ谷八幡宮近くの二階家に住み、
        土地の者へは学者を名乗る。
 
        性格は、稽古熱心で、人当たりが良く、門人への教えもうまいことから人望が厚かったもの
        の、道場主となってからは豹変し、門人との間に起きた事件をきっかけに、悪事を働くように
        なる。
 
中西弥之介:牛込の原町に道場を構える中条流の遣い手。小兵衛とも交流があり、横堀の独立時には、
        小兵衛と共に、横堀の行方を案じ、不安が的中してしまった。本編では故人。
 
お吉:笹屋長蔵の後妻に入った女性で、横堀の実妹、年齢は30歳くらい。御家人・小泉為四郎に嫁ぐも、
    子に恵まれなかったことから離縁させられる。王子稲荷・門前の料理屋で座敷女中をしていたとこ
    ろを笹屋長蔵に見初められ、後妻に入った。
 
    笹屋では、女中つきの後妻としてぞんざいな扱いを受けるようになり、兄・横堀の協力を得て笹屋
    の殺害を計画するも失敗に終わった。容姿は、小兵衛から「狸顔」と評されるように、器量があまり
    良くない一方、官能的な肉体が笹屋のあるじを虜にした。
 
笹屋長蔵:市ヶ谷田町三丁目の菓子舗のあるじで、巻狩せんべいが名物。前妻は5年前に病没し、1人
       娘・お里に婿養子を迎える。表面上は人当たりが良く、女遊びをしている片りんすら見えないこ
       とで評判であったが、実は、女遊びに関してはかなりしたたかで、お金を使わず女遊びをする
       ために、お吉を後妻に迎えた。
 
       先妻が亡くなってから性格が変貌し、婿養子・伊太郎につらく当たるようになり、横堀一味の襲
       撃にあった。また、笹屋のあるじ自身も、婿養子だった模様。
 
お崎:笹屋長蔵の先妻で、本編の5年前に病没した。小兵衛とも面識があり、細面のなかなかの美形、生
    前は夫を立てながら内助の功を惜しまず、奉公人も大切にする申し分ない人物であり、笹屋のあ
    るじの穏やかな気性は、彼女の影響が大きいとも言われる。
 
伊太郎:笹屋長蔵の婿養子で、本編の3年前に、家持の娘・お里と結婚。2人の間に子供はまだいない。
     舅から婿いじりを受けており、その壮絶さは笹屋の奉公人全員が知っているほど。後妻のお吉と
     は、似たような境遇にあったことから、笹屋のあるじ殺害計画をお吉に持ち掛けた。
 
野原甚九郎:小兵衛の四谷道場に道場破りに来た土地の無頼者で、「長蛇の甚九郎」の異名を持つ。強
        請や脅迫は朝飯前で、数々の悪事の限りを尽くし、横堀の依頼で、川村と共に笹屋の襲撃
        に参加する。
 
又六:深川島田町に暮らす鰻の辻売り兼魚売り。弥七・傘徳の不在を受け、小兵衛の助っ人として活躍。
    表通りに店を出すことを目標とし、それらを成し遂げるまで嫁はもらわないと誓う。30歳独身。
 
北大門の文蔵:上野・北大門の御用聞き。江戸を留守にする弥七の助っ人として小兵衛の依頼を受け
          る。手先に金助・源蔵がいる。
 
横山正元:牛込・早稲田町に暮らす町医者。無外流の遣い手であり、秋山父子とも交流がある。年齢は
       40歳の独身、小兵衛曰く、酒と女と剣術が好きで、無邪気な童心を失っていない人。横堀一
       味の笹屋襲撃時には、棍棒で曲者を倒すなど戦いの面でも強い。
 

剣客商売の読みどころ

実力だけでは成り立たない剣客商売
これは、横堀喜平次に限った話ではなく、かつての大治郎にも当てはまりますが、太平の世を謳歌する江戸中期の剣術は、武士のたしなみという要素が強く、道場主も実戦さながらの厳しい稽古ばかりではなく、時には門人たちに華をもたせて機嫌を取るなど、人柄も重視されていました。
 
一方、横堀に関してはその点の心配はなく、食客時代から門人への指導もうまく、道場主としての成功も期待されていました。しかし、その結果は、小兵衛・中西の予感が的中してしまいます。
 
道場閉鎖は、横堀の不祥事と言われるも、その背景には、道場主となったことで自分より強い者に打ち負かされることに対する恐怖が芽生えや、道場主としての自信のなさ、自分より腕の劣る者だけを相手にする自身への疑問があったでしょう。
 
小兵衛・中西が危惧したのは、横堀の道場主としての心の弱さであり、純粋に剣術が好きで、どこまでも自分の腕を高めていきたいという向上心が、横堀を追い詰める結果となったでしょう。
 
しかし、横堀喜平次に一国一城の主になれる素質がなかったわけでなく、独立する時期が早すぎたことで、あと2,3年ほどは食客として研鑚を積んでから独立すれば、江戸で評判の道場主になれたと評されています。
 
頼りがいのある助っ人の活躍
江戸で何か事件が起きれば、弥七・傘徳の登場が欠かせない一方、今回は2人が江戸を離れているということで、鰻売りの又六や、弥七の御用仲間・文蔵と彼の手先に協力が依頼される一方、秋山父子と交流のある町医者・横山正元も参戦することになりました。
 
正元は、前回の「波紋」の終盤で名前のみ登場した町医者で、棍棒を武器に曲者を倒すなど無外流の腕前は相当なものです。医者と剣術はどうも合わないと思いつつも、以外なところで助っ人として再登場するもの、読んでいて面白いです。
 
穏やかな人間が豹変する時
笹屋襲撃事件では、これまで温和な気性と思われていた笹屋のあるじの以外な一面が露見しました。小兵衛が知る限りでは、先妻共々穏やかな気性だったと言われた笹屋でしたが、内助の功で夫に尽くし続けた妻の死をきっかけに、性格が一変してしまいます。
 
笹屋の豹変ぶりは、お吉を女中代わりの後妻としてむかえたことや婿いびりなど、笹屋の表面からは想像がつかない醜いものでした。
 
笹屋の豹変ぶりは、最愛の妻の死が引き金となったのか、それとも妻の死後に見られた醜い一面が笹屋の本性かもしれないと思われます。同時に、小兵衛が知る笹屋の姿は、陰ながら夫を支える妻の性格が笹屋にも影響を与えていたのでしょう。
 
普段は穏やかな人間ほど、心に深い傷を負うごとに人間そのものが豹変してしまうことがあり、横堀喜平次のように、自身の心の弱さに打ち勝つことが出来なかったことや、笹屋のように枷が外れてしまったことで、元来の性格が表に出るようになり、人が変わったように見えてしまうでしょうか。
 

剣客商売~剣士変貌~まとめ

横堀といい、笹屋のあるじといい、彼らの豹変ぶりに共通することは心の弱さであり、横堀は自分より弱いと思っていた門人に負けることへの恐怖、笹屋のあるじは、心の支えでもあった妻の死が、2人の運命を変えてしまったでしょう。
 
さて、次回の剣客商売は、博奕で作った借金返済のために、大治郎と親交のあった人物を襲撃し、罪悪感に苛まれる剣客くずれの苦悩を描いた「敵」を紹介します。
 
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございましたほっこり