池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ~消えた女の巻~ | 池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

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現在は「剣客商売」の本編・16巻の読みどころや魅力を紹介する「剣客商売を極める」シリーズを投稿しています。月1投稿ですが、こちらの記事も是非、チェックしてみてください。

池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ

~消えた女の巻~

 
みなさん、こんにちは。管理人の佐藤有です。
さて、本日からは剣客商売・13巻収録の短編の紹介に突入し、今回は、小兵衛の四谷道場時代に下女として働き、後に大金を盗んで失踪したある女性の末路と、その女性を巡る小兵衛の不安の種を描いた「消えた女」を紹介します。
 

剣客商売・消えた女のあらすじネタバレ

あらすじ1)
前日から千駄ヶ谷に住む兄弟弟子・松崎助右衛門宅へ泊りがけで遊びに来ていた小兵衛は、翌日の昼前には松崎宅を後にし、淀橋を目指します。
 
淀橋の南は角筈村で、十二社権現社の参詣に訪れた小兵衛はそこの茶店で一休みをし、鐘ヶ淵に戻ることにしました。
 
このあたりは田畑や雑木林が広がる田園地帯で、大名の下屋敷や寺社がわずかに点在しており、畑道から内藤新宿に向かう途中、竹藪から百姓に変装した傘徳が出てきます。近くでは、四谷の弥七をはじめ8名の捕方が竹藪に身を潜め、囮を仕掛けて標的の確保を試みます。弥七たちが目指すのは、竹藪の向うに見える木端葺の建物の向う側の瓦屋根の御堂・地蔵堂で、狙いは浪人とのこと。
 
木端葺屋根の家の裏手に目をやった小兵衛は、裏戸から水を汲みに出てきた少女に目を留めます。年は、15,6歳ほどとみえ、下女奉公をしているような出で立ちで、弥七の言う囮でした。しかし、小兵衛は、竹藪からみた少女の顔が、20年前に四谷道場の下女をしていたおたみという女性に似ており、その少女はおたみの娘ではないかと、脳裏をよぎります。
 
おたみが四谷道場に来た頃、小兵衛の妻・お貞は病没し、大治郎も剣術の修行のため、辻平右衛門先生が隠棲する大原へ旅立ってから2年が経過していました。妻の亡き後、小兵衛の身の回りの世話をしていた下女が亡くなり、しばらくは門人たちが世話をしていたが、やはり、男手だけでは何かと行き届かないことも多く、不自由でした。
 
そんな小兵衛の様子を察してか、四谷・坂町の菓子屋のあるじ・壺屋清七が、知りあいの口入屋を通じておたみを世話してくれました。おたみは、下野の烏山の在の出と言っており、今となってはおたみの出任せだったと思えつつも、当時の小兵衛はそこまで気に留めることはありませんでした。
 
それから、おたみは朝から晩まで働き続け、小兵衛の身の回りの世話をするようになったものの、3月がたった夏の夜、小兵衛はおたみに手をつけてしまいます。
 
その晩、晩酌をし過ぎた小兵衛は、居間で寝落ちしてしまうも、井戸端で水浴びをする音に目を覚まし、物陰からおたみの姿を目撃します。日に焼けた顔からは想像がつかないほど色白の肌をしており、寝間に入ってからも、その姿が忘れられず寝付けずにいました。
 
そして、台所の隣の小部屋で眠るおたみのもとへ忍び込み、男女の仲となりました。しかし、小兵衛との一件後も、おたみは何事もなく、昼間は下女として働き、夜には小兵衛と床を共にすることが多くなっていきました。
 
そのような関係にありながら、おたみは一貫して下女としての振舞いを崩すことなく、また、小兵衛に対しても金品や物を要求することもありませんでした。小兵衛も、いずれはおたみを後妻に迎えても良いと思いはじめ、おたみが欲しいものをかえるようにとお金の在り処を教えました。しかし、おたみは、嬉しく微笑むのみで、一切、そのお金に手を出すことはありませんでした。
 
そんなおたみを好ましく思っていた小兵衛は、いずれはおたみと共に暮らすことを決意し、彼女の素性や身寄りのものについてたずねようとした矢先、おたみは突然、道場から姿を消しました。
 
その日は、大身旗本・塚本伊勢守邸での出稽古に赴いており、夕暮れに道場に戻ってきた小兵衛は、門人・横川義太郎からおたみが急用で出て行っていることを聞かされます。
 
横川には先生の用事で出て行ったと説明するも、小兵衛はおたみに用事を頼んだ覚えはなく、おたみの部屋を調べると身の回りの物が持ち出され、手文庫にあった金二十四両のうち金十両が無くなっていました。
 
そして、おたみの失踪から1年後に弥七が稽古に通うようになり、弥七の世話で下僕が小兵衛の世話に入りました。下僕が亡くなった後は、身元がしっかりしているおはるが下女として雇われて現在に至るものの、小兵衛の中ではいまだおたみという女性が頭から離れず、何故、金十四両を残したのか、疑問に思い続けていました。
 
あらすじ2)
話は、弥七と小兵衛の場面に戻り、おたみに容姿の似た少女は、今回、弥七たちが狙う浪人の娘で、その浪人は、5日前、弥七が直属している永山精之助同心を殺害した犯人でした。
 
秋山家とも親交のある永山同心は、事件当日、富岡八幡宮前の料理屋「竹丸」に来ており、妻の実家である味噌問屋・越後屋万吉に御馳走になり、夜が更けた頃に徒歩で帰ることにしました。
 
永代橋を西へ渡りきり、湊橋を左に向かった先、塩や乾物などの問屋が軒を連ねる霊岸島に差し掛かったあたりで、商家の間の細道からこちらの提灯の灯りに気が付き、遠ざかっていく気配を察します。
 
役目柄あやしい奴と看た永山同心は、走り去った2人のうち1人を捕まえます。腕を掴まれた1人は刀を差していなかったものの、先に逃げていたもう1人は大小を差した浪人風と見え、後ろを振り返ると永山同心に斬りかかります。
 
背中を二カ所割り切られ、腹部にも刺し傷を負った永山同心は、南新堀の茶問屋に声をかけ、対応にあたった奉公人へ曲者2人のことを話し、番所へ知らせるように指示すると息絶えました。
 
事態を受け、北町奉行所では、筆頭与力・樋口三左衛門の指揮の元、犯人探しが行われるも、二、三日が過ぎても有力な手掛かりがつかめずにいました。
 
そんな中、弥七の手先である傘徳は、岩戸の繁蔵から永山同心を殺害した犯人は浪人・山口為五郎といい、過去に弥七と共に取り逃してしまった無頼者だったことが判明します。
 
弥七・傘徳と山口の因縁は、一昨年の秋にさかのぼり、深川・藤ノ棚の船宿の二階にいるところを、捕方・10名と共に包囲しました。相当な遣い手である山口は、捕方2名を惨殺、4名の負傷者を出した末、弥七が頸に捕縄をかけたものの、それらを切り払われた挙句、弥七は近くの仙台堀に落とされ、逃げられてしまいます。
 
それから3日後には、山口浪人の居所を知らせた男が斬殺され、深川の木場の川水で発見されたことを最後に、山口の行方は分からずじまいでした。
 
山口浪人について有力な情報を持つ繁蔵は、過去に永山同心から目こぼしをもらった者と接点があり、永山同心の死を受け、旦那の恩義に報いたいとのことから、繁蔵に山口浪人のことを打ち明け、その情報はやがて傘徳・弥七を通じて、小兵衛の耳にも入りました。
 
繁蔵によると、山口浪人は娘・おみつの行方を探っており、情報を持ちかけた男はおみつの居場所を知っている。そこで、その男が山口へおみつの居場所を知らせるから、お上の方でもその場所を張っていれば、山口浪人を包囲できるとのこと。
 
おみつは、山口を恐れて逃亡生活を送っており、男もおみつを想ってあえて山口に居場所を知らせなかったものの、山口同心の一件を受け、彼を捕まえる目的でおみつの居場所を知らせることに決めた。しかし、万が一、山口を取り逃したりすれば、おみつや自分の身に危険が及ぶとのこと。
 
竹藪に身を潜めながら永山同心の事件を聞かされた小兵衛も協力の意を示し、山口浪人が来る時をじっと待っていました。しかし、心のどこかでは、昔の女に瓜二つの娘・おみつがひっかかり、おみつが出てきた時の小兵衛の異変を弥七は見逃していませんでした。
 
あらすじ3)
薄日が差してきた頃、傘徳が竹藪に戻ってきて、近況を報告します。このあたりに住んでいると思われる老婆が地蔵堂の方から家に入っていき、すぐさま家を出て行ったとのこと。この捕物には、別の御用聞き・植木店の小次郎方も加わっており、彼の手先も山口浪人の周囲の動向を見張っており、先ほど家を出た老婆の尾行は、小次郎の手先・安が付きました。
 
一向に進展のない展開や、繁蔵に情報を提供した男の素性が明かされないことに、弥七が苛立ちを覚え始めた頃、地蔵堂の裏口から堂守の嘉平が出てきて、中にいるおみつに何かを言うと、周囲を見回すと井戸端をまわって小兵衛たちの元へ近づきます。
 
気づかれたと思いながらも、首をすくめてじっと耐える小兵衛たちをよそに、嘉平は竹藪の下の小道を左へと曲がっていき、その後を小兵衛が付いて行きます。その直後、入れ違いに小次郎の手先・寅松が駆けつけ、さきほどの老婆は、十二社の権現近くにある茶店の者と判明します。
 
その頃、嘉平は十二社道を権現方へ向かいます。竹藪と木立を向かい合うように、左側には武家の下屋敷が立ち並びます。先ほど、茶店の老婆から手紙を託された嘉平は、ある人物の指示を受け、茶店の裏手から向かいました。
 
畑道につながる雑木林の小道を出ようとする嘉平に、何者かが斬りかかります。さいわい刀を身を躱し切れた嘉平は、肩口を切られるのみで大事に至らず、すぐさまその場を去っていきます。
 
老人の俊敏さに驚いた浪人は、嘉平の背中めがけて二の太刀を打ち込もうとするも、どこからか杖が飛んできて頭を打ちます。その杖の持ち主は秋山小兵衛であり、嘉平を斬りつけた浪人こそ山口為五郎でした。
 
山口は、かつて自分の配下であった笠石の六助を利用して、彼と仲のよかった嘉平を茶店に呼び寄せ、嘉平を始末する計画でしたが、小兵衛の邪魔が入ったことで山口の計画はすっかり狂ってしまいました。
 
木陰に身を潜めながら語りかける小兵衛に対する不気味さや、計画を狂わされたことによる動揺から、山口は平常心を失い、不安と恐れに苛まれていました。
 
一方、地蔵堂では、裏手にある堂守の家に、付き添い2人と共に辻駕籠が到着します。弥七たちは、山口が来たと思いきや、駕籠かきを入れた4人の男が家の裏戸から侵入し、おみつを連れ去ろうとします。
 
叫び声を上げかけたおみつは気を失い、空の辻駕籠に押し込められている所へ、植木店の小次郎を先頭に捕方が一斉に包囲します。弥七は、本命である山口の居場所を突き止めるべく、彼らの尾行を考えるも、こうなってしまった以上、捕物に加わることを決め、周囲は大乱闘となります。
 
その頃、山口浪人は小兵衛と刃をぶつけ合っていました。小兵衛としては、山口を倒すつもりはなく、何とか説得をして弥七に捕まえさせようと考えていました。山口は、老人とは思えない小兵衛の強さにすっかり恐怖を覚え、小兵衛の制止を振り切ると十二社道へ逃げていき、小兵衛も後を追います。
 
悪あがきをする山口をよそに、道には夫婦とみられる2人が近づき、十二社権現からは騎乗した侍が向かってきていました。小兵衛に追い詰められた末、狂ってしまった山口浪人は脇差を振りかざし、暴れ狂うも、突然暴れ出した馬に蹴り飛ばされ、近くの京極家の下屋敷の土塀の裾に倒れ込み、絶命しました。
 
一方、這う這うのていで逃げ出してきた嘉平は、十二社道での騒ぎを聞きつけ外に出てきた笠石の六助に助け出されると、彼に怒りをぶちまけます。
 
嘉平は、六助が山口と共謀して自分を切り捨てようとしたと訴えるも、六助はてっきり山口がすでに捕縄にかかっていると思い込んでおり、思わぬ事態にうろたえるしかありませんでした。まずは、嘉平の傷を手当てするべく、山口が追ってこないかあたりを見渡すと、山口ではなく、小兵衛がこちらに近づいてきました。
 
また、地蔵堂の方でも、おみつを攫った4人の無頼者・山口の配下は全員捕まり、おみつは無事に救出されました。
 
あらすじ4)
岩戸の繁蔵に山口の居場所を教えた人物の正体は、笠石の六助であり、山口の手先でした。また、地蔵堂の堂守・嘉平も5年前まで山口の手先であり、永山精之助同心を殺害した犯人は、山口為之助であったことが確定しました。
 
事件当日、山口は鉄砲洲の松平阿波守・中屋敷の中間部屋で博奕を打っており、その帰りに偶然、永山同心を見かけ、犯行に至ったとのこと。
 
この事は、山口の配下で、地蔵堂にて弥七たちに捕まった与吉の証言により判明しました。
 
また、与吉たちに攫われかけたおみつは、実は山口の娘ではなく、堂守の嘉平とおたみとの間に生まれた娘でした。
 
四谷の道場から姿を消したおたみのその後を、小兵衛は知らないものの、彼女が壮絶な人生を送っていたことは容易に想像できたでしょう。山口の情婦となるも、そのような世界での女の苦労は計り知れず、同じく山口の配下として悪事に手を染めてきた嘉平も、おたみを気にかけるようになり、やがて情を通じ合い、おみつを身ごもった。
 
さいわい、おみつは母親に似て生まれついたおかげで、山口の子として通すことが出来たものの、おたみはそれが居たたまれなくなり、嘉平の弟のいる越後・川口へ逃げていき、それから5年後におたみは亡くなりました。
 
また、嘉平も悪事に愛想がつき、次第に山口から離れていき、伝手を頼って4年前に地蔵堂の堂守となりました。そして、ここならば、おみつの安全も確保できると見込み、2年前におみつを手元へ呼び寄せました。
 
嘉助と六助は、半年前に成子の常円寺門前で再会し、堂守の家に招かれて酒を酌み交わしていました。そこで、おみつの居場所を知った六助は、この件を山口に話し、おみつを誘拐させる計画を知ると同時に、この計画を利用して山口一党をお上に捕らえさせようと計画し、岩戸の繁蔵に密告しました。
 
そして、事件当日、山口の命令を受け、嘉助を十二社前の茶店に呼び寄せた六助でしたが、てっきり地蔵堂にいると思われていた山口が嘉平を襲う想定外の事態が起きました。
 
六助が手をかかるような真似をするから、事が大きくなったと怒りを覚える小兵衛をよそに、弥七は六助の永山同心に対する恩義は、山口も知っており、それゆえに永山同心を殺害後は、六助を遠ざけると共に、隠れ家を他へ移し、自分とのつなぎも与吉を介して行っていました。
 
こう言われてはさすがの小兵衛も返す言葉がなく、報告に訪れた弥七・傘徳を前に不機嫌な表情を浮かべるも、胸の内ではおみつの事が気にかかっていました。
 
今回の事件でおみつに罪はないものの、万が一、あのまま山口の手に渡れば、悲惨な目にあっていたと思われました。
 
同時に、取調を受けたおみつは、自分は小さい頃に母親・おたみから、自分の本当の父親は江戸の立派な剣術遣いの先生だと教え込まれ、そのことは誰にも話してはいけないと教えられていました。
 
その立派な剣術遣いとは、まぎれもなく小兵衛の事でしたが、おみつは16歳で小兵衛の子供でないことは確定的でした。
 
それゆえに、おたみが娘で実の父親が小兵衛であることを教え込み、四谷の道場を出て行った際に、十両ばかり盗んだのか、その真意は結局分からずじまいでしたが、今は分からないようでいて、分かるような気がしていました。
 
おみつが小兵衛の子供だと言った事実は、小兵衛と弥七の2人だけの秘密であり、弥七も年月が合わないことから、おみつと小兵衛の親子関係は嘘だと確信していました。
 
夕闇が濃くなり、蛙の鳴き声が聞こえ始めた頃、台所からおはると傘徳の笑い声が聞こえてくる中、小兵衛と弥七は、冷えた酒を口に含みました。
 
-消えた女・終わり-
 

剣客商売・消えた女の登場人物

おたみ:小兵衛の四谷道場時代に下女として働いていた女性。道場に来た頃は20歳前と見られ、浅黒い
     肌に無口でありながら、働き者で小兵衛からも信頼されていた。ある夏の晩に小兵衛と関係を持
     ち、いずれは生涯を共にしようと考えていた女性であったが、ある日、金庫棚から金十両を盗み
     失踪した。
 
     その後の消息は長らく不明であったが、無頼者の山口為五郎の情婦となり、彼の配下である嘉
     平との間に娘・おみつを設けた。その後、山口の元に居たたまれなくなり、嘉平の弟のいる越後・
     川口へ身を寄せ、その5年後に死去した。
 
おみつ:おたみの娘で、年は16歳、母親と瓜二つの容姿を持つ。表向きは山口の子供とされるも、血縁
     上は嘉平の娘。幼い時に、叔父の元へ身を寄せるも、嘉平が地蔵堂の堂守になったことを受け、
     江戸に来た。
 
     しかし、井場所を山口に知られ、彼の配下の手で攫われそうになるも、弥七たちの尽力により窮
     地を免れた。母親から、自分の本当の父親は江戸の立派な剣術遣い(小兵衛)だと教え込まれ
     るも、おたみが小兵衛の元を去ってから、おみつが生まれるまでの月日が合わないため、小兵衛
     との親子関係はない。
 
山口為五郎:奉行所同心・永山精之助を殺害した犯人。年は52,3歳とみえ、総髪をきれいに結い上げ、
         上等な着流し・帯という派手な出で立ちと左右の眼のかたちが歪であることが特徴。配下 
         3,4人を従え、大きな商家を狙い、金を巻きあげ横暴を振るう。過去に、深川・藤ノ棚の船宿
         で弥七・傘徳を含めた捕方に包囲されるも、逃亡に成功し行方をくらませていた。
 
         剣の腕はそれなりに高いものの、性格は用心深くかつ小心者で、お上への密告など怪しい
         と見た配下を粛清したり、その者との間につなぎをつけることで自分の居場所を知らせな
         いようにするなど、慎重な一面も。最期は、小兵衛に追い詰められ、逃亡先で馬に顔を蹴ら
         れ絶命した。
 
嘉平:元山口の配下で、現在は、角筈村の十二社権現の近くにある地蔵堂の堂守をしている、年齢は60
    歳ほど。おみつの実父であり、越後・川口に弟がおり、そこへおたみ・おみつ母子を匿っていた。お
    みつの居場所を突き止めた山口の襲撃を受けるも、大事には至らなかった。
 
笠石の六助:山口の配下。殺害された永山同心に恩義があり、自分の素性を明かさないことを条件に、
         岩戸の繁蔵に山口の居場所を教えた。しかし、六助の行動を怪しんだ山口によって、嘉平
         が襲撃される想定外の事態を引き起こす。
 
岩戸の繁蔵:左肘から下がない博奕打ちで、六助から永山同心の殺害犯人の情報を聞かされ、傘徳に
         密告した。数々の悪事に手を染めてきたことから傘徳に弱みを握られている一方、凶悪犯
         の居所を傘徳に密告するなど、情報屋としても暗躍している。(詳しくは「仁三郎の顔」を参
         照)
 
与吉:山口の配下で、おみつを攫った4人組のうちの1人。六助と山口のつなぎを務めており、取調にて全
   てを語った。
 
植木屋の小次郎:弥七と共に、山口為五郎とその配下を捕縄にかけた御用聞き。手先には安・寅松がい
            る。
 
永山精之助:町奉行所同心で、弥七の直属の旦那。小兵衛とも顔見知りであり、戸羽平九郎による辻
        斬りの事件では、弥七を通じて陰ながら秋山父子の窮地を手助けした。(詳しくは、10巻・春
        の嵐を参照)
 
        妻は、深川・佐賀町の味噌問屋「越後屋万吉」の三女で、事件当日は、越後屋の招待で富
        岡八幡宮前の料理屋丸竹で御馳走になり、その帰りに山口に襲撃された。山口は、鉄砲洲
        の松平阿波守・中屋敷の中間部屋の帰りで、永山同心から逃げるように遠ざかったところを
        怪しまれ、刃を向けた。一刀流の遣い手で腕前は高かったものの、山口に及ばなかった。
 

剣客商売・消えた女の読みどころ

八丁堀の旦那・永山精之助の死
弥七の直属の旦那・永山精之助同心は、町奉行所・大沢主水与力の直属で、本編での登場回数こそ少ないものの、特別長編・春の嵐(10巻)にて、大治郎を騙る頭巾の侍・戸羽平九郎による事件が起きた際には、彼の人となりを知る人物として大治郎の無実を晴らすべく尽力した旦那でした。
 
戸羽平九郎の事件は、事の重大さから評定所の扱いとなり、町奉行所も下手に動くことが憚れることになりましたが、永山同心は陰ながら弥七・傘徳の捜索に協力し、犯人の特定に貢献しました。
 
今回の短編は、永山同心を殺害した犯人を捕らえることが目的でしたが、秋山家にとっても心強い味方だった方の死は、何とも言えない虚しさを感じます。永山同心もけっこう気に入っていたので。
 
おたみは小兵衛のことが好きだった?
「消えた女」のもう1つの主題であるおたみは、小兵衛にとって忘れられない女性の1人であり、小兵衛がいずれは後妻に迎えようとも考えていた矢先、金庫棚から十両を盗み、どこかへ去っていきました。
 
当時、金庫棚の中には、全部で二十四両がはいっており、おたみの失踪後は、不自然にも十四両が残されていました。盗むのであれば、そっくり全額取ってしまえばよいものの、やはり、小兵衛の全財産を盗んでしまうのも気が引けたのでしょうか、それとも小兵衛のいないところで何者かに脅され、慌てて盗んでいったお金がたまたま十両だったのか。
 
また、おみつの父親について、月日が合わないことを分かっていながら、江戸の剣術遣い(小兵衛)が実父だと言い聞かせていた点も、やむをえない理由で道場を去らざるを得なかったおたみの小兵衛への未練でしょうか。
 
一方の小兵衛も、おみつの顔を見て、自分とおたみとの間に生まれた子供ではないかと疑っていたところも、2人のただならぬ関係を示唆しているでしょう。
 
シリーズでもっとも難解な短編
過去の出来事を織り交ぜながら展開される「消えた女」は、物語全体を読み通すと時間の経過が長いと感じる一方、時系列にまとめると小兵衛が傘徳と出くわし、山口為五郎と対峙するまでの時間は夕方かた夜に入るまでのほんの一瞬にすぎません。
 
そこで、以下では、「消えた女」をより理解するために、劇中で言及された出来事(おたみが小兵衛の元を去ってから山口為五郎の配下が捕まるまで)を時系列にまとめてみました。
 
20年前:おたみ、小兵衛の四谷道場を去り、その後、山口為五郎の情婦となるも、嘉平とただならぬ関       
     となる。四谷道場に新たな下僕が入り、弥七が入門する。
 
16年前:おみつの誕生。実父は嘉平であるが、表向きは山口の子として認知される。
 
?年前:嘉平の計らいでおたみ・おみつ母子は、越後・川口の嘉平の弟の元へ身を寄せることとなり、そ
     れから5年後におたみは病没。嘉平も、悪事に嫌気を差し、次第に山口と距離を置き始める。
 
4年前:嘉平、知りあいの伝手で地蔵堂の堂守を任される
 
2年前:おみつ、実父・嘉平の元へ引き取られる。表むきの父親・山口には知らせていない。その頃、山口
    は、深川・藤ノ棚の船宿で弥七・傘徳に拘束されるも、逃亡に成功する。
 
半年前:嘉平、笠石の六助と再会する。
 
3ヶ月前:町奉行所同心・永山精之助、山口為五郎に殺害される。六助、永山同心の敵を取るべく、岩戸
      の繁蔵に、山口のことを話す。
 
その後は、地蔵蔵の堂守の家の見張りをしていたところを、小兵衛が偶然通りかかり、事件は収束に向かいました。
 
こうして時系列にすると、それほど難しくないと思われますが、「消えた女」をはじめて読んだ時には、過去と現在が入れかわり立ちかわりに展開されて、物語全体を理解するのに、少し苦労しました。
 
*「消えた女」の本編後には、時間の前後関係に多少のズレが生じていることが新潮文庫・編集部からも言及されており、異例な後書きもこの短編の読みどころでしょう。
 

剣客商売~消えた女~まとめ

時間に換算すれば、ほんの一刻にも満たないある日の夕暮れを描いた回でしたが、過去を深堀しながらゆっくり進展していく短編もまた良いものでしょうか。
 
さて、次回の剣客商売をたしなむは、弓矢の遣い手に命を狙われることになった大治郎の剣客の試練を描いた13巻の表題作「波紋」を紹介します。
 
本日は、長々と書き連ねてしまいましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございましたほっこり