池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ~白い猫の巻~ | 池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

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現在は「剣客商売」の本編・16巻の読みどころや魅力を紹介する「剣客商売を極める」シリーズを投稿しています。月1投稿ですが、こちらの記事も是非、チェックしてみてください。

池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ

~白い猫の巻~

 
みなさん、こんにちは。管理人の佐藤有です。
 
本日からは、剣客商売・12巻収録の短編紹介に突入します。さっそく、第一編にあたる今回は、人生の最期に秋山小兵衛との真剣試合を望む老剣客の動向を描いた「白い猫」を紹介します。
 

剣客商売・白い猫のあらすじネタバレ

あらすじ1)
まだ蒸し暑く、寝苦しい夜が続いていたが、朝方になるとすっかり冷え込む日が続き、江戸にも秋が到来した。
 
夏の寝苦しさでいつもは寝起きの悪い小兵衛でしたが、今朝はおはるよりも早く床を離れ、夏の日課である水浴びをしてさっぱりした表情を見せていました。
 
その日は、おはるに髪を整えてもらうなど、のんびりと過ごしていたかと思えば、昼頃になると、急に何かを思い出したかのように、仕度を始めます。
 
真新しい肌着に取り替えた小兵衛は、短袖の小袖・軽襂ふうの袴に、藤原国助の大刀と波平安国の脇差を腰にさし、塗笠をかぶって出かけていきます。
 
たまにはもたないと腰の方で大刀の重みを忘れてしまうと言う小兵衛でしたが、実は、今日の外出はいつものではなく、ある人物との真剣試合に挑むものでした。
 
昨日、平山源左衛門の使者が鐘ヶ淵を訪れ、小兵衛に果たし状を突きつけました。その時、おはるは橋場に行っており、手紙も焼き捨てられてしまったため、この事実を知りませんでした。
 
しかし、今朝から老夫の異変は察しつつも、これ以上の詮索はやめ、小兵衛の外出後は台所掃除に精を出し、関屋村の実家から届けられた野菜を土産に、泊りがけで橋場に向かいます。
 
その頃、小兵衛は、浅草・駒形堂裏の元長で軽い昼餉をすませ、近くの山之宿にある駕籠駒の駕籠に乗せられ、浅草広小路に向かいます。
 
時刻はもう八ツ(午後2時)を過ぎており、古い友達に会うと聞かされた元長の主夫妻も、小兵衛の異変を気にかけていました。
 
一方、人々の心配をよそに、小兵衛をのせた駕籠は、日暮里の道灌山の崖下あたりで止まり、そこから先へは、徒歩で向かうことにしました。
 
平山源左衛門との真剣試合は、七ツ(午後4時)、西尾久村にある願正寺裏側の地蔵ヶ原で開始され、そこへ向かおうとした矢先、百姓家のあたりから赤い布を首に巻いた白猫が現れます。
 
四谷道場時代、妻・お貞が生きていた頃に飼っていた白猫を思い出した小兵衛は、懐かしさを感じつつも、約束の時刻に遅れないと先を急ぎます。
 
すると、道の前方に酒に酔った2人の浪人が現れ、小兵衛を見送っていた白猫に目をつけ、斬りつけようと太刀に手をかけた瞬間、小兵衛の叱咤が2人に降りかかります。
 
白猫は逃げ去り、見ず知らずの老人に邪魔をされ、挑発を受けた浪人たちは小兵衛に斬りかかるも1人は浅く斬られた顔から血しぶきが流れ、もう1人は小兵衛の早業に度肝を抜かれて近くの川へ飛び込んでしまいます。
 
小兵衛が去った後、川へ落ちた浪人が地上に這い上がると、血汐で視界が遮られた方・矢嶋へ声をかけ、根岸へ去っていきます。
 
あらすじ2)
小兵衛と平山源左衛門の出会いは、7年前の初夏に行われた田沼意次主催の剣術試合までさかのぼります。
 
当時の小兵衛は、四谷道場を閉鎖し、鐘ヶ淵に隠宅を構えて間もない頃で、大治郎は諸国へ修行の旅に出ていました。
 
諸藩屈指の剣術遣いから幕臣まで参加するこの催しには、無名の剣客たちも出場しており、この試合ぶりが認められ、諸藩の大名家に召し抱えられることもあります。
 
小兵衛は、田沼老中の依頼でこの剣術試合の世話役を任され、その中には、三冬の剣術の師・井関忠八郎の姿もありました。
 
井関忠八郎は、三冬が江戸の田沼屋敷に迎え入れられる際、遠江から江戸へ向かう道中の付き添いを務めた剣術遣いで、田沼老中の後援により市ヶ谷に道場を構えていました。
 
時の権力者を後ろ盾に持つ大道場の主でありながら、少しもおごり高ぶったところがなく、質素なたたずまいが評判を呼び、井関道場は三冬を始め数多くの門人を構える、江戸屈指の道場に発展していました。
 
そんな井関道場に、半月前から平山源左衛門という剣術遣いが滞留しており、門人の誰1人として彼に勝てる者がいませんでした。平山の強さは、忠八郎よりも勝ると見え、この機会に田沼屋敷の試合に参加させることとなり、平山の相手は、田沼老中の意向で小兵衛が務めることになりました。
 
小兵衛より3つ年下の剣術遣いとの試合は、2人にとって忘れないものとなり、半刻(1時間)に及ぶにらみ合いの末、平山の右肩を打ち据えた小兵衛の勝利に終わりました。
 
しかし、この試合は、どちらが勝ってもおかしくない気迫の一戦となり、平山は小兵衛へ真剣試合を申込み、現在に至ります。
 
あの日以来、小兵衛に勝つために鍛錬を積んできた平山を相手に、今の自分が勝てるだろうか、小兵衛は自分の死を予感しながら、約束の場所に急ぎます。
 
その頃、地蔵ヶ原には、一足早く平山が到着していました。7年前の小兵衛との試合を受け、自分の剣法の行きつく場所を得たと悟った平山は、人生の最期を小兵衛との真剣試合で果てようと決意していました。
 
また、平山の傍には、昨日、鐘ヶ淵に果たし状を届けにきた昌之助という若者の姿も見え、平山は小兵衛が来たら近くの正願寺へ向かい、その後のことは和尚を頼るように言いつけられるも、昌之助は師匠の勝利を信じて疑いませんでした。
 
その頃の小兵衛は、地蔵ヶ原周辺にある百姓小屋に身を潜めていました。
 
天下泰平といえど、経済的な理由から家来衆を増やしたくない武家が多く、江戸では任官に付けない浪人であふれかえっていました。浪人の中には、寺子屋を開いて子供たちに読み書きを教える者や、町人に混じって働く者もいましたが、中には任官を諦めて悪事に手を染める者もおり、町奉行所でもさばききれずにいました。
 
小兵衛に懲らしめられた浪人たちも、いわゆる無頼者であり、下日暮里を拠点に昼間から酒盛りをし、道灌山にのぼったついでに茶店を襲撃する計画でいましたが、その道中に小兵衛と遭遇、得たいの知れない老人を倒すべく、仲間を引き連れて小兵衛の後を追ってきました。
 
大事な試合を前に、余計な争いを避けるべく、小兵衛はすぐさま逃げ出し、百姓小屋に逃げ込みました。外では、小兵衛を探す浪人たちがうろつき、平山との約束の時間が迫る中、気が気でなりませんでした。
 
一方、小兵衛が足止めされていることを知らない平山一行は、真剣試合に向けた準備に取り掛かっていました。
 
あらすじ3)
地蔵ヶ原で平山源左衛門が試合の準備に取り掛かった頃、近くの正願寺から時を告げる鐘が鳴り響きます。
 
時の鐘をお寺で鳴らすことは禁止されていましたが、ここ正願寺では時の鐘が許されており、七ツ(午後4時)を知らせていました。
 
百姓小屋から鐘の音を聞いた小兵衛は、この鐘が七ツになった合図だと察し、約束の時間に遅れるという剣客にあるまじき事態に、さすがの小兵衛も狼狽を隠せずにいませんでした。
 
あの白い猫を助けたばかりに想定外の出来事に巻き込まれた小兵衛は、観念して百姓小屋から出て、一間にも満たない畑道を舞台に、浪人9人を相手に刃を振るいます。
 
一方、地蔵ヶ原では、最後の時の鐘が鳴り響き、昌之助と呼ばれた若者は、小兵衛が約束の時間に遅れたことで、平山の勝利を確信していました。
 
しかし、平山は、小兵衛の身に異変が起きたと推測し、昌之助を諭すと、いましばらく待つことにしました。
 
その時、平山の顔色が鉛色にかわりはじめ、脂汗をかきながら左胸を手で押さえ、歯を食いしばります。
 
平山に付き従って1年ほどになる昌之助は、師匠のこのような姿をはじめて目にし、落とした水筒を拾い上げ、水を与えようとするも、平山は息絶えてしまいます。
 
その後、地蔵ヶ原に到着した小兵衛は、平山源左衛門の遺体に寄り添う若者の姿を目撃します。
 
小兵衛が約束の時間に遅れたこと、師匠を失った悲しみと怒りを顕わにする昌之助は、返り血を浴びた小兵衛の異様な姿を目の当たりにし、彼が約束の時間に遅れた事情を察します。
 
同時に、小兵衛も平山の変わり果てた姿に驚くも、昌之助は目に涙を浮かべたまま何も話せずにいました。
 
あらすじ4)
小兵衛との真剣試合を前に息絶えた平山源左衛門は、美濃国・稲葉群の長森の郷士の三男として生まれた。幼少期より剣術を学び、後に大坂の一刀流・林武平に入門し、その後は諸国を旅しながら己の剣を磨く修行に精を出しました。
 
昌之助とは、彼の父・青木四郎太郎と親密な関係にあり、林道場で知り合った後、青木は大坂・四天王寺の外れに小さな道場を構えました。
 
しかし、青木の気性の激しさが道場経営に影響を与え、昌之助の母の死後は、さびれる一方でした。
 
そして、1年半ほど前に、大坂の青木の道場を訪ねた平山は、5年ぶりに再会した旧友の変わり果てた姿を目の当たりにします。
 
深酒ですっかり体を壊してしまった青木に残された日はわずかとなり、平山の看病を受けてその半年後に死去、残された昌之助は平山と共に大坂を旅立っていきました。
 
また、平山自身も心臓を悪くしており、自分も長くないことを悟っていました。そこで、同郷・長森出身の正願寺の和尚へ昌之助の後を託し、昌之助自身にもここの和尚を頼るように言いつけていました。
 
その後、平山源左衛門の遺体は、正願寺へ運びこまれ、和尚にあてた平山の遺言が発見されます。また、小兵衛は、上野・北大門の御用聞き・文蔵の元を訪ね、無頼者・9人を斬ったことを報告します。
 
一方、小兵衛に斬られた浪人たちは、いずれも身動きが取れない程度の傷を負わされるも、2人は無傷のままどこかへ逃走し、残された者たちもやっとのおもいで百姓家の拠点に戻り、翌日の昼過ぎには、文蔵の案内で町奉行所へ捕まりました。
 
秋が深まったある日のこと。堤の下に捨てられていた白い子猫を拾ったおはるを見て、小兵衛は生き物を飼うことに反対します。
 
かつて猫を飼った時の経験から、自分より先に死んでしまうことが、小兵衛には耐えがたいことでした。
 
しかし、このまま放っておけば子猫は飢え死にしてしまう、そこで、猫好きの長治・おもと夫妻へ託すことに決め、まずは、子猫に何かをたべさせ、駕籠に入れて元長へ向かうことにしました。
 
-白い猫・終わり-
 

剣客商売・白い猫の登場人物

平山源左衛門:諸国を旅しながら己の剣術を磨く、平山一刀流の創始者。7年前、田沼屋敷の剣術試合
          にて立ち合った小兵衛に感銘を受け、人生の最期に小兵衛との真剣試合を望むも、最後
          の願いが果たされることなく、心臓の病により死去した、享年61歳。生まれは、美濃国・稲
          葉群・長森の郷士の三男。
 
青木昌之助:平山の果たし状を小兵衛宅に運んだ若者で、父親の死後は、平山と共に江戸に向かう。師
        匠である平山の勝利を信じて疑わず、小兵衛が約束の時間に遅れたことに怒りを顕わにす  
        るも、小兵衛の変わり果てた姿から相手方の異変を察し、師匠の師に涙した。
 
青木四郎太郎:昌之助の父親で、平山とは大坂・林武平道場の同門。四天王寺の外れに道場を構える
          も、気性の激しい性格が災いし、妻の死後は道場はさびれる一方だった。また、激しい稽
          古と深酒で体を壊してしまい、晩年は平山の看病を受けて息を引き取った。
 
井関忠八郎:市ヶ谷・長延寺谷町に剣術道場を構える一刀流の遣い手。遠江の出身で、三冬が田沼家
        に引き取られる際、護衛として付き従ったことが縁で、田沼老中の後援により道場を構える。
 
        大道場の主でありながら、少しもおごり高ぶることなく、道場内ではつぎはぎを施した洗いざ
        らしの衣服で、寒中でも足袋をはいたことがない。彼の死後は、三冬を含めた高弟・4人の手
        で切り盛りされるも、道場の後継者を巡る争いを機に閉鎖を余儀なくされた。
 
矢嶋:下日暮里の百姓家を拠点におく浪人組・自称酔いどれ組の1人。白い猫を斬りつけようとした矢
    先、小兵衛に斬られ血汐で視界を遮られた。後に、仲間と共に小兵衛への報復を目指すもあっけ
    なく倒され、仲間が奉行所行となった。
 

剣客商売・白い猫の読みどころ

剣客の宿命

勝つたびに負けた者の恨みを背負わなければならない、剣客の世界は、いわゆる戦での命のやり取りとは異なる生死をかけた戦いであり、それが元で自分が命を落としかねないこともあります。
 
しかし、剣客が命を落とすことは、真剣による戦いだけでなく、激しい修行により心臓に負荷をかけてしまい、結果、心臓を壊して思わぬ最期を迎えてしまうことも少なからずあります。
 
命を削ってまで剣に没頭した平山源左衛門もまた、剣客の宿命から逃れなかった1人でしょう。
 
小兵衛は愛猫家?
小兵衛は、四谷道場時代に白の雌猫を飼っていた過去があり、「タマ」と名付けて可愛がっていました。
 
タマは、道場裏の草むらで右足を痛めていたところをお貞に拾われた子猫で、その後7年にわたって小兵衛夫妻に飼育されました。
 
四谷道場では、日々激しい稽古が行われるも、タマは道場の片隅で静かに見学するなど、不思議な猫でした。
 
その後、タマの死を受け、自分より先に死ぬからとの理由から、秋山家では生き物を飼うことはせず、おはるが子猫を拾ってきても、鐘ヶ淵では飼わず、元長夫妻に託すことになりました。
 
しかし、小兵衛自身は、猫はかなり好きなようで、平山源左衛門との約束の場所へ向かう途中で出会った、赤い首輪の猫を抱き上げたり、白猫が浪人に襲われた際は、猫が避難するのを見届けながら対峙するなど、以外な一面ものぞかせています。
 
また、15巻では小兵衛と猫を題材にした短編も収録されており、愛猫家必見のエピソードです。
 
三冬の恩師・井関忠八郎の本格登場
男装時代の三冬が師事した、一刀流の遣い手・井関忠八郎は、剣客商売・1巻 井関道場・四天王の回で初登場したものの、劇中では忠八郎の死後の道場の様子や、三冬の恩師として名前が上がるのみで、その人柄は、長らく明かされませんでした。
 
ようやく井関忠八郎の生前の様子が描かれることとなり、まさか、小兵衛ともつながりがあったとは、想定外でした。本編ではすでに故人なので、「本格登場」という題は、少しどうかと思いましたが…。
 

剣客商売~白い猫~まとめ

平山源左衛門は死の直前、1人残されていく昌之助の行く末を案じ、同郷出身の正願寺の和尚に彼の行く末を託しました。昌之助のその後は語られることはありませんでしたが、平山の死を受けて、医者の道に進むか、それとも出家して正願寺の僧侶となったのか、あらゆる可能性が頭をよぎります。
 
さて、次回の剣客商売をたしなむは、小兵衛の先妻・お貞の弟夫妻に起きたある異変を描いた「密通浪人」を紹介します。
 
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございましたほっこり