2008年12月号音楽と人
ビートがねとねとと身体にまとわりついて離れない。ダウなーな音色が細胞の中まで染み込んでくるような感覚。スガシカオの新作「TIME」は、恐ろしいまでの湿度と粘度とコクが盛り込まれた作品である。チョウに化身する自分を激しく妄想する女性心理を綴った冒頭の「サナギ」からぐいぐいと深遠な場所に連れて行かれる。強すぎるぐらいの味わい、匂い、そういうアルバムだ。
元より濃密な世界観を持つ人ではあった。人間の心の裏側をリアルに描いてきたアーティストだというのも理解しているつもりだ。そしてこれが彼にとっての野心作であることは間違いないだろう。そうでありながらも、どこかポップな領域に片足を突っ込んでいるという絶妙な・・・いや、危うい立場こそがこの人だと捉えていた自分にとってはその均衡が崩れているとも取れる。果たしてスガはどういう意志の元にこのアルバムを作ったのだろう。そんなこちらの思いを軽々しと振り払うように、スガはしっかりと前を、それも非常に冷徹なまなざしで見据えていた。アーティストとしての冒険心をたぎらせながら。(青木 優)
スガ「7ヶ月ちょっとでこんなアルバム作りましたね。ストックなしでやってるアーティストではあり得ないくらい早いんじゃないですか?」
-調子がいいと聞いていたので何かあるんじゃないかとは思っていたのですが、したらやっぱりディープな作品が(笑)
スガ「途中で、ディープになり過ぎてくじけそうになりました(笑)」
ーくじけそうになるぐらいハマり込んだ時期があったわけですか・
スガ「やっぱりその・・・シングル以外の曲で“サナギ”とか“魔法”だとか“カラッポ”だとか作ってる時はずーっと引きずり込まれていく感じ?“留まる”っていうよりは“引きずり込まれていく”感じですね。」
-それ作ったのって自分じゃないの?(笑)
スガ「うん、でも最近思うんですけど・・曲とかアレンジはある程度意図的なところがあるんですが、歌詞に関しては本当に作ろうと思って作ってるわけじゃなさすぎて。特にシングル以外の曲っていうのは、もう言わされちゃってる感じ?・・に近いんですよ。だから読むと、その詞に反省させられちゃったりするわけ。自分の人生とか自分自身とか、その詞にすごい説得させられちゃったりするんですよ。(笑)“風なぎ”とか聴いてて、ああもっと人を大切にしなきゃいけないなぁ・・とかさ、・・訳わかんにけど(笑)そういうのが今回は凄く多かったですね。だから“俺ってダメだなぁ”とか“俺って汚い人間だなぁ”みたいな(笑)」
-そこでこれは重くないかな?どうにかしないと?みたいなバランス感覚は働かないんですか?
スガ「アルバムのバランスより、その一曲が人にどんなふうに伝わるかしか考えてないですね。だからレコーディングし始めるとずるずるずるずる引っ張られる・・・で、なんかこう重い映画見た後みたいな感じで・・・。
その分、心に響くとか刺さるものはちゃんと作ってあるんですけど。だから今回のアルバムはご家族とかカップルで聴くようなアルバムじゃありませんって言ってるんですよ。」
-今までのアルバムと比べてもさらに異質なものが出来てる思うんだよね。
スガ「そうですねぇ。やっぱ調子が凄いよかったから色んな冒険をしようって言うのがあって。すぐ次の曲を書ける自信がある時じゃないとめちゃくちゃな事って出来ないから、石橋を叩かずにそのままバーと行けたっていうのがありますね。」
-こういう作品を世に提示する怖さってなかったですか?
スガ「出来上がったものを聴いてくれる人がいて“ありがとう”だから、気に入ってくれればいい、気に入らなければいいですって姿勢なんです。うん、たぶんそうしないと新しいこととか出来なくなっちゃうからね。
たとえばさ、木に実がなっててさ、偶然通りがかって食べたらおいしくって、だけど3日後に来たら実が熟して、もう食べられませんでしたと。でも木は生きてるんだから、それは当然のことで。木に対して“どうして腐ったんだ!?”ってことは言わないじゃない?誰も。
僕らもおんなじですよね。ずっと音楽をやってきて、その時にできあがった最高のものを果実として出すわけですよ。それが商品になって、みんなに届くわけ。でも僕はもうそこには、すでにそん時いないんですよ。どんどん前に歩いていくし、成長していくし。もしかしたら腐っていってんのかもしんないし・・・・(笑)
それはわかんないですよ。そのまま終わっちゃう人もいっぱいいるわけだからね。でも純粋なミュージシャンやアーティストでいるかぎり、そこは止められないんですよね。たぶん止めたところから僕はウソになっちゃうんで・・。」