妊娠を意識するようになってから、異様にストレスが増えた。

わかっているのだけど、小さい子がきゃあきゃあ母親と歩いていると、

イラっとする。

芸能人のオメデタ情報だとがかうざったくなる。


不妊治療は「この日に来い!」、とわたしの子宮に合わせてお医者さんがコールするので、

その日の通院はマストなのだ。

人相手の仕事をしてるわたしは、目の前に「ひと」がいても、

お医者さんの鶴の一声で「すんません、昼から抜けます」なのである。


それが1週間ほど前にわかっていれば、なんとかやりくりもできるのだが、

あらかじめとった通院のための休暇に、

「じゃあ明日も来てね」なんて言われるとパニックである。


職場はいろんな人がいる。

年齢層も様々だ。

中でも人のやりくりを若い男の子が担っていてくれているため、

最初のうちは理解してもらうのが難しかった。

「せめて、夜中でもいいから前日に言ってくれたらいいんですけど。」


正直病院に行って、病院の出口から職場の若い子に電話するのは気が引けた。

社会人としてすべきなんだけど、

当時のわたしは「明日、人工授精前の検査もう一回するんでいけません!」

なんてあけっぴろげになりきれなかった。

若い子も聞きたがらないよなあ、とか考えたり。


「チームプレイだから、がんばれ!」

と、大半の同僚や先輩が応援してくれるものの、

なぜかその子のことだけはひっかかっていた。

今となれば、なんでもないことなのだけど、それは妊娠したから言えるんだろう。



「人工授精」に切り替えることになったわたしたちがしたことは、

タイミングのときと大差はない。

通院に関しては、だ。


病院に授精をゆだねるので、わたしたちは生産活動休止なのである。

同居しているコブクロ。


夫はこの日と言われた日に、子宮の準備が整ったわたしとともに、

自らとった精液を病院に持ち込むのである。


検査、人工授精、どちらにしても、夫は絶対嫌だっただろう。

頭が下がる。

そんなんイヤだ、といわず、だまって準備してくれるのだ。



ただ、精液は遠心分離ののち、素晴らしく出来の良い状態にされる。

それに2時間かかるため、授精のときは夫は仕事に戻っている。


授精は注射器のようなもので子宮に注入され、

「はい、うまく入りましたよ。」と3分ほど足をおっぴろげたまま待つ。


そののち、「本日の精子クン」の説明を医師から受ける。


3回チャレンジしたが、3回ともいい説明はなく(つまり数が少なかった)、

あっさりチャレンジ失敗した。



1回目の結果は、出張(しかも1泊)先で気が付いた。

ショックで翌日の仕事のことは覚えていない。


2回目、3回目なんてもっと印象にない。

生理周期はのびるばかり、最後は28日だったのが36日とかにのびてた。

何の期待も、しなくなった。


2回目のころ、体外受精の説明会を病院に聞きに行った。

長い道のり、リスク、絶対に妊娠するわけではないこと、いろいろ聞いた。

聞いたけど、まあ人工授精で何とかなるだろうと思っていた。


3回目の結果を待つとき、真剣に今後のことについて話しあった。

さらにステップアップするには、スケジュールも、お財布事情も厳しいからだ。

それに体に負担もかかる。


「やるだけやってみよ。

 人工何回もやってガッカリするより、最新の病院でできることやって、

 アカンかったらまた考えたらええやん。

 お金はなんとかなるやろ。」


職場のことも思い浮かんだけど、

こんなに子どもが欲しいと頑張っている夫の気持ちにこたえたいし、

なによりこの人の子どもが欲しいと思った。


だけど、3回のチャレンジ中に、どんどん夫婦の営みはなくなり、

わたしの精神的な不安定は続いて行った。