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長めの呟き

読むだけ無駄。

日々筋トレしていて、野菜食ってチキン食って、ゆで卵食って、野菜ジュース飲んでまたゆで卵食って、またゆでタマゴ食って

ひたすらゆで卵食ってて、ある時するりと指からゆで卵が落ちた。重力に従い机に衝突したその茹で卵は音を立てたが割れなかった

すべすべで、硬いゆで卵の殻、ヒビ一つないその殻は、割れなかったのである。

 

なんて書いてみたが、単にゆで卵の殻が固かっただけの話なんだが。

割れなかったのが意外だったでは話にならない。その時思ったのが、ゆで卵になって死んでいるくせに今さら中身を守っても

という身もふたもないこと、なのだがこの卵の固さで思ったこと。

 

この固さなら、虫はこの卵を割ることができない、という事実。

そりゃあ反論を言えば、中にはカチ割る能力を持った根性のある虫もいるかもしれないが。

一般論として、卵は、鶏の卵を前提とし、蟻程度の虫けらには、卵の殻は割れないというそれだけの事なのだ。

つまり、鳥という捕食者は、何一つ体を動かせない、攻撃をしないタマゴの状態ですら、虫には負けない、殺されないという事。

(卵が産まれているとか生まれてないとかいう話は興味がないのでどうぞご勝手に。)
 

そのことでいろいろと思ったのが、なぜ鳥は生存戦略でタマゴを殻を固くするという選択をしたのだろうか

人間の生存を確保できる対峙可能な動物は猫と言われているが、これは結局のところ、猫には殺されない、

猫の牙や爪には死に至る殺傷性がないからである、殺されないから猫には勝てるという理屈。

だが、もし槍の一つでも持っていれば人間はライオンと同じ戦闘力を有するともいわれている。

どちらも机上の空論だし、ライオンなんてでかい猫だし拳銃を持っていても殺される奴はいるだろうし。

 

人間の狩や戦闘は、自身の生死のリスクを負わない投石や集団での分業が最重要だと思うわけで、

人間は爪や牙を鋭くする方法で、生物の頂点にいるわけではないという事。

人間を殺す動物、ライオンクマゾウ、なんでもいいが、そういう動物は人間より体がでかい。

スポーツでもなんでも、強い人間は体がでかい、それは否定しようがない。

鋭い爪があればなお強い。それが捕食者の進化の形になって表れている。

 

では、なぜ人間には、身長2メートルを超え、握力が100㎏を超え、100メートルを10秒に以下で走れる存在が少ないのだろうか。

それはこれからの文明社会に不要であるからか?いやそういう話じゃない。

人類において、一言で言えば平均寿命を変える可能性がないからだろう。

何が言いたいのかというと、強い個体が存在しても、人間が残せる子供、遺伝子はたかが知れている、

そういう社会を構成している、一度に産める数も少ない、それがどんな超人であろうとも、寿命の長い個体であったとしても

人類という総和の中では影響は0に近い。

 

人類という平均値を上昇させるには、薬や手術、機械を取り入れて上限を伸ばすのではなく。

病や怪我の処置、餓死への対処。安全の確保、災害への準備、犯罪への法律。

これらすべて、弱者であり被害者であり、寿命を全うできない者が直面する早死に回避策である。

それこそが人類の生存戦略であり、平均寿命の延伸の最たる理由である

つまり、100歳の人間が増えたから平均寿命が延びたのではなく、早世しににくくなっただけである。

特に医学なんてものは、緊急性の高い病を優先して研究される。

癌で死亡率が下がって平均寿命に影響を与えるのは老人ではなく若い人だから。

つまり人類の生存戦略、平均寿命の延伸は、ベースアップにある。

 

あの卵の固さもそうなのだろう、孵化に至るまで、中身の流出をふせぎ、あの形状も力学的に負荷の分散もある

その結果が虫に対する無慈悲な固さなのだ。捕食者たる人間や肉食からすれば容易く割れる硬度であっても

それ以下の虫けらには明確なる領分がある。それがあの指から刷り落ちたゆで卵から見えたのである。

 

何たる絶望だろうか、虫に生まれたらこんなにも明確に勝てない存在があるのか。

恐ろしいことに人間は鳥を太らせ、狭く効率的に育てられ、体も卵も食料にされている。

捕食者と被食者との関係はあまりにも一方的だ。虫の視点で卵を考えてみて、それから鳥の視点で人を見た時の

人間の絶対的強さ、すごさ。逆転不可能なまでの圧倒的なふるまいである、鳥ですら家畜にされる。

虫から見たらほとんど神と同じような存在だ。

実際人間様は、虫けらなど遺伝子を書き換えて数を少なくさせてしまえと、その力を持って実行したんだから、悪魔だね。

 

そんな圧倒的弱者の虫の生存戦略は、人を殺す力でもなく、鳥の卵を割る力でもなく、多産である。

大量に死んでも一部が残れば、種を残せるから。

最弱たる虫は、個体を死ににくくすることも諦め、とかく数による確率での生存戦略をとっているのである。

そして虫に食われるだけの植物ですら。

 

結局のところ、種の保存、繁栄で優位な手段はどの場面において、殺す力ではなく、死なない力ではないのだろうか。