芳村思風一語一会 vol.3604
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心が欲しいと心をあげる
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今、多くの人が「理屈じゃない、心が欲しい」と叫んでいます。

いじめの問題、DV・虐待から考えられない理由による殺人などの事件も多発しています。
人間は誰でも生まれてから死ぬまで「愛されたい」という気持ちを持ち続けています。

近代では「人間の本質は理性である」と考えてきた
理性を成長させて、理性を満足させる理屈をいう力は成長した。

現代では人間の本質は、感性だという時代
人々は理性を満たす理屈だけでは満足しなくなって、
理屈以上に心を求め、心を満たすものを求め始めています。

しかし、これまでずっと理性を成長させ、
合理性を追求し、理屈を言って論理で人を説得し、
理屈で正しいことを追求してきました。

理屈が通ればすべては解決し、乗り越えられ、うまくいくと信じて生きてきました。

家庭では、夫婦も理屈を言って言い争い、
親子も理屈で対応して、心をあげていない。

学校でも職場でも理屈が主であり、理屈が優先しています。

自分の正しさを主張し、対立をつくっています。
多くの人は、「心が欲しい」とは何が欲しいのか、
「心をあげる」とは何をあげるのかをわかっていません。

「人生は、意志と愛のドラマ」です。

人間の人生における本質は「意志と愛」であり、意志と愛のからみ合いで成り立っています。

意志とは、やり抜く心。
愛とは、人間と人間を結び付ける力であり、矛盾を生きる力です。

学校では、ただ理性だけを成長させ、命の有機性から理性を切り離して、
機械的に理性のみを成長させ、人間性が成長せず「頭の良い獣」と言われるような
「悪賢い人間」ができてしまう。

人間には意志があるから「認めてほしい、わかってほしい、ほめてほしい」と思っている。
人間には愛があるから「好きになってほしい、信じてほしい、許してほしい、待っていてほしい」という思いを持ち続けています。

誰もが「認めてほしい、愛してほしい」と叫んでいるのに、
誰も自分が求めるようには認めてくれないし、愛してくれない。
だから人間は、誰でも満たされない心を抱えていきている心淋しい存在です。

心が欲しいとは「認めてほしい、信じてほしい、許してほしい」という気持ちなのです。

だから「心をあげる」とは、「愛をあげる」こと。
「与える愛」です。

「認めてあげて、わかってあげて、ほめてあげる。
好きになって、信じて、許して、待っていてあげることです。」

「心が欲しい」という叫びに応えて、
「心をあげる」という愛の実力を磨くことで、人間の心はつながっていくのです。


「風の思い」より



やさしい笑顔と光がすべての方に届きますように・・


※「風の思い」1,000円 + 税 + 送料


●芳村思風先生の勉強会
・5月15日(水)大阪思風塾
18:30~20:30 心斎橋
参加費:5,000円



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思風庵哲学研究所