感性の本質は、感受性ではなく、求感性(ぐかんせい)である。
感受性は、受動的能力。
感性は、命を生かすという能力であり、
自ら求めて命を生かす働きがある。
本来の感性は、受動的ではなく、能動的なもの。
だから感性の本質は、求感性です。
植物は、水を求めて根が伸びる、光を求めて茎が伸び、葉が茂る。
生きるために周りの状況を感じとりながら生きている。これが、走水生・走光性という感性の働きです。
目が光を求めなくなると、目の働きや神経は退化し、目の機能を果たさなくなる。
深海魚などは、光が届かない深海では、目の働きがほとんど必要ないので、目が退化したものが多い。夜行性の動物も、目より耳などの機関が発達する。
命は、感性の力で進化するのです。
現代は、「感受性微弱」という人が増えている。
感じることより、考えることを重視してきたため、
喜怒哀楽を表現できず、自分が何がしたいかがわからない。
理性能力のみを鍛えてきた結果、他人の痛みがわからない、
場や相手の状況を感じられなくなっている人が多くなってきているのです。
理性的に空気が読めないということではなく、
場の状況や雰囲気など五感、感性で感じられないということなのです。
子どものころから「~しては、いけない」と押さえつけられることにより、自分がしたいことをできない状況や、泣いてはいけないと感情を表に出さないことが続いてきたため、感性の欲求を感じさせなくさせてきたからです。
日々の小さな達成感や喜びを感じとること。
感性を成長させるためには、物事の意味や価値や素晴らしさを感じること。
失敗も含めていろんな経験をすること。経験をすることで「あるがままに感じる心」も養われ、自分らしく生きることができる。