ひろこちゃんがマグカップのことを書いていたのを見ていて
 

 

 
取っ手がないものを選んでいたのは、私のことかな…とふと思った。
 
自分が選んでいたものを振り返りつつ、
そらさんがいつもやっていることを思い出していました。

 


そらさんは、食事の時に
例えば、お箸とスプーンが自分用に出されていたとしても
ほとんどの場合、お箸しか使わない。
 
お箸で食べきれるのに、
わざわざ持ちかえるのが面倒くさいという性分もあるだろうけれど
きっとそれだけじゃないのではないか…と私は思っていて。
 
洗い物が増えるから。
 
コーヒーカップも入れるたびに
洗おうとする人がいたら
 
そらさんは「そのままで」と言っている気がする。
 
 
 
 
自分自身のことに向き合う必要がなくなると
多くの人の基準が変わります。
 
 
私が取っ手のないマグカップを選んでいたのは・・・
 
 
温かい飲み物を入れる冬場は
カップに直接手が触れると、熱くて長い時間は持っていられない。
 
目の前にテーブルがあって
すぐに取ったり置いたりできる状態にあれば、
ちょっとくらい熱くても
取ったり、置いたりは瞬時にできるけれども
バトンが大人数の場合、テーブルと席の距離があって。
 
カップを置くところまで距離がある状況で温かい飲み物を飲むには
取っ手のついたカップであれば
熱くても持っていられるから。
 
ひろこちゃんのサロンでバトンが始まった当初
マグカップの数が足りないかも…
というほどの大盛況だったから
 
取っ手のついたマグカップは
温かい飲み物を飲みたい人に優先的に使ってもらいたいと思った私。
 
数が足りなくなったら困るから。
 
それから、
カップを洗った後に
食器を伏せておくスペースがあまり広くはなかったから
自分が使う分は、取っ手のないカップの方が
かさばらなくていいかな…って考えていたかも。
 
 
こうして振り返っていると
基準が自分にないことに気がつきます。
 
これは、基準の話で
心配りとか気が利くとか空気が読めるとかではなくて
 
バトンに出た方々が、『想い』と言っているのは
こんな気配りの話ではないのだけれど。
 
 
本質を知っていくと、自分らしい反応が見えてきます。
 
 
 
私の肉体的なことを言えば
 
体が安定している状態では比較的
常温に近い状態で摂ることを好むのですよね。
 
1番そのものの味がわかるから。
 
 
甘みや酸味の感覚も
温度によって変わるでしょう?
 
だから、マグカップも
取っ手がないものでも十分事足りるとも言う。笑
 
もちろん
あったかい方が美味しいものもたくさんあるし
作りたてのあたたかいものを出してくれる思いは
いつも本当に嬉しいものです。
 
 
カフェでアイスのカフェラテを「氷なしで」とリクエストすると
 
「氷を入れないと、ぬるくなってしまいますけれど・・」
 
と、特に夏場は店員さんに懸念されることがよくありました。
 
ありがたい思いの気づかいは受け取りつつも
 
ぬるいといっても
冷蔵庫に入っていたミルクを入れてくれるわけで
氷で次第に味が薄まっていくこともあるし
氷の冷たさがなくても私には十分なのですよね。
 
 
 
それにしても
冬場は、室内が暖かくて
夏場は、室内が涼しいのに
 
どうして
室内感覚と同じ温度感のものを摂ろうとするのか。
体温調節的には自分がいる場と逆を求める私がいます。
 
ですから、
心地よい場では、常温でよい感じなのです。
 
季節に関係なく
そのもののクオリティのままに
美味しいものを美味しく味わいたい私がいるのでした。
 
shiho
 

 

 

 

 

 

 

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