私には高校生の頃から憧れていた存在の同級生がいます。
私はスポーツをやっていて、高校生の頃には県の代表としてスタメンでした。
でも私は父子家庭でお金もない、家族のサポートも受けられない。
スカウトのあった大学にも進むことができず、高校で引退し、辞めました。
オリンピックで同世代の、顔を知っている選手達がメダルをとりました。
その時、私には子供もいて、日常は毎日とても幸せなはずでした。
でも、メダルを取った瞬間、涙が溢れました。
感動の涙と共に、とても、未練があった。と気づきました。
引退する時は確実に活躍できると言えるほどの実力はまだ無かったけど、
もっと出来ると感じ、自分を試してみたいと思っていました。
でも大変な思いもするだろうし、少しやんちゃしたい年頃で友達と遊びたかった。
親が、環境が、お金が、っていろんな理由をつけて、挑戦をしなかった。
あの時、挑戦をしなかったことへの後悔に気づきました。
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そして、私から見てずっと憧れの彼女は、家庭環境に恵まれ、送迎や試合への同行など親がいつもサポートしていて、羨ましい限りでした。そのまま進学をして私も本当はやりたかった道で活躍をしていました。
そして引退後、素敵な彼と結婚して、SNSでも目を惹く夫婦の姿、そして最近出産をしました。
なかなか会うことはないけどいつも見ていたから、本当に嬉しくて。
昔から私にないものを全て持っている、眩しいくらいの存在です。
でも、不思議と、高校生の頃から彼女に対して嫉妬みたいな気持ちがないのです。
そして、彼女の幸せな人生を見ていて、私は思いました。
眩しいくらいに輝く存在は、みんなの憧れでシンボル。
逆に私は何度も挫けそうになりながら、それでも前向きに生きる方法を見つけてきた。
幼い頃に自分は必要とされていないと感じ、
もっと愛されたい。愛されるために親に気を遣い、いい子でいようとした。
人目を気にして、周りに合わせて生きてきた。
そんな風に染みついた生き方が招いたいろんな出来事を乗り越えてきて、
やっと自分らしさを取り戻した今、人生が最高に楽しくて。
楽しくていつ死んでも良いー!ハッピー!みたいなのではなくて、
しっかり人生を味わい、毎日に、今の現状に感謝ができて
自分で選択肢、舵を取って自分の足で立っている感覚。
どんなことがあってもまた立ち上がれると感じ、果敢に挑戦できる自分であること。
彼女がみんなの先を行って引き上げる存在ならば、
私は後ろから押し上げる存在にならなくてはいけないと思いました。
私にはできない。いいことなんてない。どうせ…。
と否定的になってしまうことが、考え方のせいだと気付いてもらいたい。
みんな本当は自分の人生を生きて良いはずなのに、
小さい時の環境によって、しっかりと染みついた思考。
小さい時に自分1人では生きていけないから、本能的に無意識に
周りに合わせ、ニコニコ生きてきた。そんな素晴らしい才能があるのに
いつの間にか、自分の本当の気持ちに従って生きられなくて苦しい。
というよりも、自分の本当の気持ちなんて感じたことも無い人生。
自己肯定感をあげよう!
成功体験を積み重ねよう!
自分らしく生きよう!
自己受容・自己愛…。
そんなことばかり言われても1mmも入ってこない。
そんな生き方があるなんてそもそも知らないから。
少しでもそんな人が気付けるきっかけになりたい。
それがどうしたらできるのかまだ全くわからないけど、
私の人生に全て意味があったと思えた気付きを得た出来事でした。
忘れないように。 2024.2.3