過去の話になりますが、退院した日に、往診してくれる医師の所に行ってきたことをきなこが書いたと思いますが、私からも書いておこうと思います。
診察室に入り、医師は、私が持参した診療情報提供書にさーっと目を通し、第一声は「そもそもこんな治療(抗がん剤治療)いる?」と。
もちろん私たちが医療者であることを知ったうえでの発言です。
「ぼくは開業した立場になったからこそ言えるんだけど、ここまで辛い治療をする意味がある?」
「抗がん剤なんて毒だよ?」
などなど…。
なるほど、こういう考えの医者なのか…。
多分、普通の患者さんが聞いたらびっくりというか、ショックな発言だと思います。
私たちが医療者だからこそストレートに言ったというのもあると思います。
この医師はもともと外科医なんだそうですが、今は往診ホスピスみたいなものを目指してやっているようです。
きっと、今までやってきた仕事の中でいろんなことを感じ、葛藤と戦いながら働き、そして自分のやりたい医療を見つけ開業にいたったのだと思います。
実は私も10年ぐらい外科病棟に勤務していたことがあり、癌と闘い手術をし、そして抗がん剤治療を受けている患者さんをたくさんみてきました。
そして抗がん剤治療の辛さや、治療の限界みたいなものを目の当たりにし、この医師と同じようにここまで辛い治療をしなくても、残された時間を有意義に過ごすことのほうが充実した最期を迎えられるのでは?という考えをこっそりですが持っていました。
つまりこの医師と同じような考えなのだと思います。
でも、いざ自分が癌になると、完治することが難しいとわかっていながらも、少しでも命が伸ばせるのなら少しぐらい(実際は少しではありませんが)辛い治療も乗り越えられる、少しでも望みがあるのであれば頑張れる、大切な人のために少しでも長生きしたい、とういう思いが生まれてきたんです。
(でも、病気がわかったときはもう長くは生きられないとわかっていたので、抗がん剤治療も受けるつもりはありませんでした)
もし自分が癌じゃなくて自分の大切な誰かがそうなったとしても必死になると思います。
(あ、でも平均寿命ぐらいまできてる歳の人であればまた考えは違うと思います。本人の意思次第ですが)
と、いうことでこの医師の気持ちもわからなくもないのですが、自分はまだ今は頑張れるし、今は抗がん剤の後の数日だけ点滴を処方してもらえればそれでいいのだという意思を伝えました。
抗がん剤治療ができなくなったときには、緩和医療を続けてお願いしたいということも伝えました。
もちろん医師は嫌だとは言いません。
一通り自分の思いを伝えると、「じゃあ点滴はどうしたらいい?』と、具体的な話を進めてくれました。
いつも通り帰りの車では、この話題できなこといろいろ話しました。
最終的には、「まぁお手並み拝見といたしましょう」(何様?)という結論にいたりました。(謎)
これだけはっきり言ってくれる医師なので、逆にこっちも何でも言えそうです。
本格的に往診を受けるようになったら、きっとこういう医師は力を発揮してくれると思います。
と、前向きな結論に至りました。
とりあえず、最期を迎える準備は一つできました。(もちろんまだまだ頑張りますよ)
ここまで書いたところで今、入院して知り合ったKさんが亡くなったというコメントが息子さんのぐーさんから届きました…。
ちょっと涙が止まりません…。
言葉が見つかりません…。
落ち着いたらコメントの返事を書こうと思います。
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