かかりつけ医を再度訪ねた

3月に処方された薬はまだ残っていたが、携帯型心電計で発作時の心電図をとりためたので、先週かかりつけ医を訪ねた。やはり、発作性上室性頻拍がはっきりとわかる心電図があった。一瞬ドキンと発作の始まりのような症状が起きた時の心電図からは、異常を認められず、誰にでもあるようなものらしい。私が心臓を悪くしたことで注意しているから気づくのであって、今のところそんなに気にしなくても良いとのことだった。

 

医師は、私さえ決心がつけば、再度手術(カテーテルアブレーション)をしてみるのはありだと思っている。もちろん成功するか否かはわからない。ただ、難しいケースを頻繁に手掛けているベテラン医師たちの不整脈専門チームの元で、もしかしたら完治できるかもしれないと医師は思っている。そういう病院を紹介すると言ってくれている。自身の出身大学病院とかそんなことは関係なく、私が治る確率が少しでも高い医師のもとへ送ろうとしてくれている。本当にありがたい。私がやりますといえば、すぐにでも、物事は進行する。

 

 心境の変化

2022年2月の手術の後、完治しなかろうがカテーテルアブレーションなど二度とやりたくないと思った。意識がある中で、数時間痛みに耐えるのは苦痛だ。加えて私は、尿道カテーテル装着を失敗されるというあり得ないハプニングに襲われ、手術の痛みに加え、尿意を我慢するという前代未聞の災難にあった。

手術(カテーテルアブレーション)当日<前編>【発作性上室性頻拍⑨】

 

もし、もう一度、手術をするなら、苦痛は軽減されるだろう。別の病院でまた同じようなことが起こるはずがないし、私もすべてにおいて最大限警戒する。

 

あれだけ二度とやりたくないと思ったカテーテルアブレーションなのに、2年が経ち、発作が頻発するようになったことから、もう1回やろうかという気持ちが芽生えてきている自分に気づいた。

 

 本当の私

私は、聞き分けの良い子を演じていた。発作性上室性頻拍を発症した時、私は自分の精神を正常に保つために、自分に言い聞かせていた。やりたいことは全部やってきたじゃないか、好きな仕事を存分にし、海外も10数か国行ったし、20代後半で留学もした。発症が出産前とか息子が小さな子供時代じゃなかったんだから、ほんとラッキーよ。(それは事実、そう思う)

 

無理をせず、日々の家事さえできれば、夫や息子に迷惑もかけず、普通の生活は送れる。ちょっと早く老後が来たと思えば良い。

 

一方で本来の私は激しいショックと絶望感を感じていた。私は、発症時、46歳。これから私の人生の新たな幕開けなのに。

 

出産前だっただろうか、所属事務所をやめて、子供が小学校に上がる前までは、個人的にたまに仕事をしていた。子供が小学校にあがってからは仕事は受けなかった。38歳頃だ。

 

依頼された仕事は絶対にキャンセルできないから。親もすぐにかけつけてくれる状況にはなく、夫も仕事一筋、昭和の働き方だった。今風に言えば、私はワンオペ育児。幼稚園は私の都合で休ませても、小学校からはそうはいかない。私は2つの事を全力でできない不器用な人。本来は仕事人間だったけれど、自分に合わない専業主婦をした。ストレスだったと思う。(息子が成人した今となっては、息子の子供時代、一緒に多くの時間を共有できたことは、かけがえのない時間であり、宝物だと思っている)

 

それで、やっと息子も中学3年生になるという時に、発症した。無念だった。発作性上室性頻拍?健康診断でも私は心臓が悪いとか不整脈とか言われたことなんて、いまだかつてない。頭の中はパニックだった。せっかく子供から手が離れたのに。私がまた自分らしく生きられる機会が来たのに。それをいつどこで発作が起きるかわからない体になるなんて。しかも私の場合、頓服薬を飲んでも数時間は止まらない。頓服の意味がない。自分の行動が制限される。

 

決心をして97%の成功率の手術(カテーテルアブレーション)をしたのに、失敗に終わった。表向きは、資格をとりまくり、楽しく過ごしているけれど、発作がいつ起きるかわからないのは、潜在的に相当なストレスにはなっている。思ったら即行動が私のスタイルだったけれど、もうそれは無理。やりたいけれど、やめておこうになる。

 

 未来

自分の中に2つの自分がいるのは、そんなに長く続かないはず。聞き分けの良い子を演じるのはそろそろ限界だから、私は、もう一度、手術(カテーテルアブレーション)を受けると思う。この医師に執刀してもらってダメならもう無理だろう、と言われるような医師でも成功できないなら、完全にあきらめがつく。

 

アブレーションを再度しようと私の心に大きな揺さぶりをかけた理由の1つは、私があることに挑戦しようと思い始めたからだ。それはけっこうな長い期間、胸の中に内在していたけれど、そんなの無理だと思い蓋をしていた。でも、最近蓋が壊れた(笑)。(関連記事ミッドライフクライシス

 

人生一度きりだから、後悔はしたくない。50代、人生の残り時間は決して長くない、私はそう思う。人生100年時代と言うが、私の父をはじめ、70代後半くらいで亡くなる人は少なくない。だから私も残り時間は20数年と思って逆算して動く。やりたいことに挑戦してみてダメならそれでいい。やらないで無理と思うなんて、そもそもナンセンスだ。

 

私が挑戦したいことをするには比類なき精神力、最低でも年相応の体力が必要だ。精神力はなんとかなっても、体力が問題だ。だから、アブレーションをしなくてはならないと思っている。心臓を正常に戻したい。

 

次回、アブレーションを前向きに考えていることを医師に伝えようと思う。

 

 

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携帯型心電計でわかったこと【発作性上室性頻拍⑯】

 

 

 

 

 

 

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