なんとなく思ったことなんだけど

やはりどの世界にいても

みんな悩みは少なからず共通するところがある。





例えば私から見たら

グランドスラム出てる組は

やはり1回戦勝つだけですごいと思う。





でも本人達は目指すべきところはもっと上で

負けたらもちろん悔しいに決まってる。





グランドスラムに出られるだけすごい

と思う私目線からは想像も付かないぐらい

もしかしたらすごく悔しいのかもしれん。





逆に言えば若い選手たちや

今現時点では私よりランキングが低い選手達は

私を見た時にすごくテニスが良さそうに見えたり

私が上を見た時に感じることを感じているのかな

と思ったりした。





今自分の体の使い方やテニスのプレーを

変えていっている関係で

上手くいかないことの方が多い。





私の感覚上上手くいってないし

調子が悪いとはまた少し違うんだけど

あまり悪そうには見えないと言われることが

今に始まったことではないんだけど

昔から多い。

(さすがにコーチ達はわかる←笑笑)





ただ外から見た時にたぶん

嬉しいことにすごく良いショットだな

と思ってもらえてるんだと思う。





でもそれは私が誰を見ても感じることだと思う。

もしかしたら

「あーこの子すごくいい球打つな。」

と思ってたとしても

本人の中ではあまり感覚が良くないかもしれないし。





自分が今上手くいかないこと

負けていることが

どれだけ続いていたとしても

やるべき事をやり続けられるのか。

凹むことはあっても

またメンタルを建て直し

やり続けるだけの強さと覚悟があるのか。





凹むなとは言わんし

ネガティブになるなとは言わん。





そりゃ負けたら凹むし

上手くいかないことがもう続きすぎてたら

そりゃ萎える。





でもはっきり言えば

プロテニス選手ってそういうのも乗り越えて

結局勝たないといけない職種なんよたぶん。





アマチュアだったらいいよ

学生だったら別にいいけどさ。

仕事じゃないから。

それでお金もらってるわけじゃないし。





そんな大層なことを言っていいのかもわからんけど

年齢に身を任せて今日は吐き出した。笑笑





結局いい事ないんよ。凹み続けても。

きつくてもまたいいことあると信じて

毎日大事に過ごしていかないと

私みたいに気がついたら30歳すぎてて

20代の時もっとこうしてたらよかった

とか思ってももう時すでに遅しだから。





昨日の自分は変えられん。

でも明日の自分は変えられるよ。

でもそれは今日の自分がどう行動するかによる。





貴方がなんとなく過ごした今日は

誰かにとっては怪我をしてて

テニスをしたくても出来ない今日かもしれないし

貴方がもう全部やめたいと思った今日は

誰かが生きたかった今日かもしれないし。











神様が与えた命は精一杯生きる責任が全員にある。

と私は思ってる。





明日からはきっと良い日になるよ。

※注意※

以下の意見と話は

私個人に関するもので

他のスポーツ選手には

共通すると思わないでください。













試合に入る前

「あんなけ振り回ししたじゃん」

とか

「あんなけトレーニングしたじゃん」

と思えたのは

後にも先にも2020年全日本決勝前だけで

プロ生活を続けてきて13年間

それ以外は常に何かが足りてない不安と隣同士で

試合に入ることが多い。





あれだけやったと全日本前に思えたのは

コロナで練習しかすることがなくて

トレーニングしかすることがなくて

何ヶ月と追い込む期間があったから。





たかだかオフシーズンの2週間とかで追い込んでも

全然やった気なんてしない。

いつもそういう「足りない気がする気持ち」

と戦っている。





振り回しをすればするほど

それはまるでドラッグのように

やってもやっても足りない気がして

それが試合の前の不安に変わる。





だから人に言われる程

私は普段から自分が努力して来たと思ったことはない。





人に貴方は頑張ってると言われれば言われる程

もっとやらなくてはと不安になる。





努力ってなんなのかよくわからない。

そんな肉眼で見えないものは信用してない。





数字や結果で見えるもの以外は

結局は自分を安心させる為の何かでしかない。

と私は思う。





だから何があってもやり続けるしかないし

それは練習やトレーニングだけじゃなくて

普段からの考え方とか人間性とか

そういうことも結局はオンコートで

結果として出る。






1番欲しい時に欲しいショットが打てる自信は

私にとっては練習やトレーニングを積み重ねれば

出来るものではない。





人間的にも成長した

色んなことも乗り越えた

視野も広くなった

心も寛大になった

そういう日頃の成長を自分が感じることで

結局コートに行った時に

迷いなく自信を持ってプレーが出来る。






13年間もプロとしてやってきて

結局私が行き着いたのはこれだった。





他の選手はわからないし

その選手が結果を出せる何か

考え方があるとは思うけど

私にとっての自信とは

そういうところから毎日積み重ねないと

オンコートで自信を持って発揮出来ない。






どれだけ練習してもトレーニングしても

過去13年間自信を持てたことなんて

ほとんどなかったから。





ただ今が1番自信があるのは

なんでだろうと思ったら

たどり着いたのは人間力だった。










まだまだ全然足りないけど。笑笑





オリンピックで金メダルを取りたいか

一生誰かの記憶に残る選手でいたいかと言われたら

後者を選ぶと思う。





記録ではなく記憶に残る選手ってやはり

内から滲み出る何か光るものが

共通してある気がする。





金メダルも欲しいけどね。←

ちゃんしほだよ。

みんなげんき?





今日はまさかの連続投稿。

びっくりだね。

気分屋とはまさにこのこと。





今日移動時間が多くて

ブログ遡って読んで

コメントももう1回読んでたんだけど

本当に泣かされてきたなって皆さんに。

良い意味で。

辛い時に良いコメントくださるから

泣かざるをえんやん。

いつも本当にありがとう。





そんなBGMがエモそうなスタートの

今日のブログだけど

遡ってて思いついたから

書いとこうかなと思った

それが「環境」について。





ちゃんしほ古参ファンが

ブログ読んでくださってる方は

多いと思うんだけど

(Twitter、YouTubeは新規多め)

私ってプロになってからは

岐阜を拠点に9年活動して

東京で1年半

で、今神奈川きて大体1年半ぐらいかな

そんな感じで活動してきた訳なんだけど。






プロになった当初は

岐阜の時にお世話になってたコーチが1番だと思ってて

引退する時も岐阜で終わるんだろうな

と思ってたから

28歳になった年に

まさか拠点を東京にするなんて

思ってもいなかった。





しかもそれはすごく難しい決断だった。

元々コーチとはマンツーマンでやってて

コーチは当時は別で仕事がない状態で

4年ぐらいずっと私をマンツーで見ていたから

当時稼げていたわけではなかったけど

そこまで見てくれた恩みたいなものを捨てて

拠点を変えることは出来なかった。





ずっとコーチには

私が変わらない限りどこに行ったって同じだし

拠点を変えたところで貴方は貴方

と言われ続けていたから

それもそうだ

と納得してたのが強くあって

拠点を変えるという選択肢は

あるようで無いものだった。





ただやっぱり限界は来て

そんな状況で4.5年ぐらいプレッシャーに耐えたのも

わりとすごかった気はするんだけど

コーチが海外のテニス協会かなんかから

コーチのオファーが来たというタイミングで

拠点を変えることにした。





このままでは共倒れだと思ったし

カードに付けたリボは

稼がないと減る訳では無いし

でもコーチは

グランドスラム本戦1回戦勝てば

いくらいくら入ってきて

それで相殺出来る

それがしほならできる

ってもう今考えたら

ポジティブなのかネガティブなのか

わからないことも言われてたから

その時はそれを信じて岐阜で9年頑張った。





怪我もしたし

体調も悪くなった。

コーチはそれさえ無ければ

とか

スポンサーが無くなってなければ

とか

私も納得してしまう理由を並べて

私がネガティブにならないように

たぶんしてくれてた。





環境が原因だとは一切思ってなかった。





そこで気がついた。















あれ?

私グランドスラムのしかも予選でさえ

9年経っても行ってない。










という「事実」を。





自分の意識の中では

自分の実力不足で

自分に責任があって

まさかコーチや環境を変えてみたら

いいのかもしれないなんて

思ったこともなかったし

それが事実だと思ってた。





でも一方で

環境を変えたことがないから

実際何が原因なのかわかってないことを

わかってなかった事に気がついた。





しかもグランドスラムという

大きな目標を掲げて

しかもそれに勝てばいいんだ

とか

そういうとんでもなく上の目標ばかりを見て

予選に近かった時はあったけど

惜しくても行けなかった

↓↓↓

行ったこと無い

っていうもう0に近い状態なわけで

当時の「今」を見てないもんだから

そこに気がつくのが

おばかな私は本当に遅かった。





28になって

岐阜を出て東京に上京する判断をくだすのは

当時の私にとってはすごく

勇気がいる決断だった。





もし岐阜に残っていたとしても

今出ている結果が出ていたのかは

残ってないからわからないけど

事実として結果は今のところ

神奈川に来てから伸びていて

まだグランドスラムには出られてないけど

かつてない手応えはあるわけで。





環境を言い訳に何もせず

結果が出ないことを嘆くより

環境を変えることをきっかけに

自分が変わるきっかけを環境から得るのも

それでもいいんだってことを知った。





自分の選択に責任を負うこと。

その選択に覚悟を持つこと。

偽善の目標ではなく

ファンに向けたファン宛の目標でなく

自分の本当の目標はなんなのか。

その目標はちゃんと自分でも

達成出来る物なのか。

段階を踏んだ過程の目標もあるのか。

達成の為にやるべき事は0.1%も滞りなく

こなせているのか。





自問自答する日々。











自分で選択して足を突っ込んだこの世界。

自分で言い出した目標。

だから毎日を大切に生きたい。