この記事は2019年の8月に書いたものです。

5年前に私たち家族に起きた出来事。

子育てのブログを閉鎖するにあたり、こちらの記事だけは残しておきたくて移行させています。

 

 

 

中絶をする、と夫と話し合って決めたので翌日かかりつけの産婦人科に1人で向かいました。

 

この日はほんとうにほんとうに辛かった。

 

夫も前日仕事を早退して一緒に結果を聞きに行っていたので仕事は休めませんでした。

私は午前中に仕事を終わらせてそのまま病院へ。

 

車を走らせていると涙が止まらなくなりました。

 

今の自分のしていることに納得がいかないのです。

 

今この瞬間も私のお腹で力は弱くても、育っている娘の命を、私は止めるために車を走らせているなんて。

 

一体何をやっているんだろう。

 

娘を諦める、と伝えるために車を走らせている。

 

私がそれを伝えたらほんとうに娘の命が終わってしまう。

 

 

涙と嗚咽で何度も途中で車を停めて、それでも私は車を先へ進めました。

 

 

あの時、途中で病院に行くのをやめていたら。

やっぱりできなかった、と家に帰って夫に伝えていたら、何か違っていたでしょうか。

 

わかりません。

 

私はこのとき引き返すこともできたけど、しなかったという事実だけ。

頭のどこかでは、諦めるなら早い方がという大学病院の先生の言葉が強く残っているだけでした。

 

病院で入院と今後の説明を受ける

 

病院についたら、たまたま受付に来ていた先生が私の顔を見るなりすべてを察したようでした。

長男も次男のときもお世話になった看護師さんもいて、言葉より先に涙が出てとまりません。

 

私はあの日の先生の表情を一生忘れることはできないでしょう。

 

責めるでもなく、慰めるでもなく、ただ一つの命が終わるということを感じていたような表情に見えました。

 

私たち夫婦の決断を先生が請負うのです。

 

産婦人科って赤ちゃんが生まれる命の誕生の華やかな、しあわせそうなそんなイメージを持っていましたが、実際には生まれてくる命だけではなく、妊娠や出産という誰にでも、いつ何が起きるか分からないリスクを抱えるわけです。

 

その上、流産や中絶もある。

 

先生にもここで働く看護師さんにも申し訳ないという感覚を感じていました。

 

私たちの決断を、どんな風に捉えられるのか、非難しているのか、軽蔑しているのか、怖いと思いました。

 

入院は週末だったこともあり、翌々日の夕方からということになりました。

うまくいけばその次の日に出産、最低2泊3日の入院になるとの説明を受けました。

費用は全額自己負担です。

30万円弱かかるだろうといわれました。

12週は過ぎていたので、出産一時金が出ることは知っていましたが、病院からその説明はありませんでした。

直接支払制度も利用できませんでした。

 

一旦、自宅に帰り入院の準備をします。

お兄ちゃんになることを楽しみにしている息子たちにも話さなければなりません。

 

 

この日、自宅に帰ってから初めて胎動を感じました。

 

ちいさく、いちどだけ、ぽこっと。

 

最初で最後の娘からの合図でした。