【西国巡礼】22 札所の順番について | バスと献血のたび

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大阪からバスを乗り継いで遠くまで行きたいです。
献血の記録も載せていきます。

路線バス(高速バスを含む)だけを使って西国三十三所を巡礼しています。

【前回のおはなし】  

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今回は札所の順番について書きます。

西国三十三所は和歌山県の那智山からスタートし、紀伊・和泉・河内・大和・山科・近江・京・丹波・摂津・播磨・但馬・丹後・若狭・近江・美濃を経て岐阜県の谷汲山がゴールとなっています。

 

この順序、京阪神に住む人にはスタート地点とゴール地点が共に遠く、交通機関の発達した現代でも回りにくいものになっています。

 

かつて、西国三十三所巡礼は江戸時代に伊勢参りと結びついて盛んになったといいます。江戸をはじめとする東国からは、伊勢参りのついでに西国札所をめぐったそうです。そう考えると那智山からスタートするのは自然ですね。

 

「江戸から出発するときは東海道を通ってきたんだから、帰りは同じ道を通らず中山道で」

と言うことになると、お礼参りとして長野の善光寺にお参りするのも自然なルートになります。一生に一度のことだから、あちこち見て回りたいですもんね。

 

1804年に発刊された

『西國順禮獨案内圖』

という絵図を見てみますと

 

左上に江戸が描かれていて、伊勢までの宿場町が右方向に並んでいます。
 

そして右上に伊勢神宮があります。

外宮のそばの"やまだ"から道の色が赤くなっていますね。つまり、伊勢参りのついでに山田(いまの三重県伊勢市)から巡礼をスタートするように案内しているわけです。

 

赤色の道は三十三番の谷汲山で終わり、そこから江戸まで中山道の宿場町が並んでします。

洗馬から小田井までの間は善光寺を経由する北国西街道(善光寺街道)・北国街道も描かれていますね。

  

江戸の視点で見ると巡礼の道が自然なものだと感じられます。西国巡礼と呼んでいるのも江戸の視点なんでしょうね。

 

 

※西国三十三所巡礼は一番から順にしないといけないわけではありません。



 

【続く】  


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