ラジオと気が合う日
そんな夜がないだろうか?
聴きたかった曲が次々と流れてくる時や全く知らない「好きな」歌が勝手に流れてくる不思議な夜。
こんなに自分がいいと思う音楽が流れてくるなんてスゴいなぁ、感心する。
クルマのなかでコレが起きるとホントに嬉しい、ズーっと運転していたくなる。
夜中に家で本なんかを読んでるときにもソレが起こったりする。
うとうとしてしまい、あ、ラジオ消して寝なきゃ、、と思いつつもラジオをつけっぱなしで寝てしまう。
夜中にハっと起きて、消さなきゃ、、と想いながらも何となく、いい曲で、いい歌で、そのまま。
眠りながらズーっと聴いているのです、僕は。
そうやって眠るのけっこうスキです、今夜もそんな雰囲気でラジオと気が合うかな?
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『capote』
トルーマン・カポーティ
先週、公開された映画です、Phillip Seymore Hoffman 主演。インディペンデント系の映画、ソニーピクチャーズ・クラシック。
週末に観に行ってきました。
「ティファニーで朝食を」なんかのカポーティ。「クリスマスの思い出」とか、そんな物語が多い。アメリカ文学の巨匠。この映画の注目すべきとこはトルーマン・カポーティの自伝を綴った映画ではなく、一つの「本」についてストーリーを流すという事。
カポーティが最初で最後に書いたノンフィクション長編「In Cold Blood」のドキュメンタリー映画、日本語の『冷血』。
実際にカポーティはこの作品「冷血」を最後に書くことを辞める。
「In Cold Blood」はアメリカ文学を、当時アメリカの「物の書き方」を変えたと言うくらいの歴史に残る名作中の名作。その内容は1950年代末、カンザス州のある民家で家族4人が変死で見つかり、死刑判決を受けた「犯人」にカポーティが直接インタビューをして、その事件を綴った。
世界は彼を中心に回っているであろう毒舌と行動。しかしそのジョークにはカポーティ独自の愛嬌や、もしろ、その大胆さ、強引さには、情熱や愛情を感じさせる。
事件があった街のあらゆる人にインタビューをする、カポーティ。
暗くて淡々とした流れ、
死刑囚のヒトリに異常なまでの興味を持つ、
「本」のためにトールマンは有能な弁護士を雇い死刑執行を延ばしのばしにする、、
映像的にも妙に、詩的なまでにしっくりくる撮り方、
全ての人物を「本を完成させるため」に利用する、カポーティ、自己中心というより、神の領域まで手を伸ばす。
その感情はもはや「愛」なのでは?
4人一家殺しの真実は、、、?
完成度の高い映画、多分、なんかの賞をとるとおもいます。コレは、観たほうが良い。
http://www.sonyclassics.com/capote/main.html
"This is the book I was always meant to write"
僕としては、読書欲にふける奇妙なこの時期、カポーティの映画とは、我ながら自分の物事の「結びつき」のチャンスはオモシロイと想う、
で、
今、村上春樹の『アンダーグラウンド』読んでます(10年前の地下鉄サリン事件のインタビュー)。普段は小説家の村上がなぜに、サリン事件のノンフィクションなの? 「海カフ」読んだあとに何故だか買っていました、なんだか怖い。
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『海辺のカフカ』
この前「ノルウェイ~」を読んだあとに、息継ぎのような風に二冊くらい本を読んだのだけど。
やはり、もっと「村上春樹」が読みたいと思い今回はコレにしました。
一日で「ザっ」と読んでしまうのは勿体ないので、先週の月曜に買って、木曜の夕方に読み終えた。
仕事が終わったあとに、カフェで読んだり。天気の良かった昨日は近所の公園で読んだ。夜は部屋にある読書用の椅子でじっくり読んだりもした。
ちょうど好い、時間の使い方だったと想う。この物語独自のペース、ハナシの進め方もリズム感よく、僕のスピードでゆっくり読めた。一気に読んでしまう時の「胸いっぱい」な感覚ではなく、いい満足感。
美味しい料理を自分のペースで上手に残さずに食べれたトキと同じ、快感。
内容はモチロン書きませんが、僕は好きです、こういうハナシ。『ノルウェイの森』の後には好い村上作品だったのかな?
しかも『海辺のカフカ』はハードカバーで読めた。コレは嬉しい。普段、写真集を買う時よほどレアーな写真集でない限り、ハードカバーを買うようにしています。存在感が違うし、価値もモチロン違う。さすがに日本の本は、、ただでさえ「輸入」だから3割くらいは値段が高いので、文庫で十分だ、とも考えたけど。
「ハードカバー」は読みっぷりが全然ちがう。
まず、文章の周りの余白が非常に心地よい。文字がより美しくみえる。手触りも大きさが丁度よく文庫のように何となく背中を曲げて読む感覚ではなく堂々と読める気がする。
紙の「質」も違う。ページをめくる「音」も全然違う、カ サ カ サ、が。
何より自分の「手」のなかに「本」が居る、という感覚が贅沢。
コレを書いていて「フ」と感じたコトが、
フム、
「ハードカバー」の感じは、画廊や仕事で作品をマットにいれたり、フレームに入れるのに、そっくり。
同じ、写真の作品でも、安い、プラスチックの額に「ペロン」といれるのと。保存のコトも頭に入れて、キレイにマットして、ほどほどに目立たない上品な額に入れるのでは作品の存在感というか「立ち方」が違う。
作品と作品のスペースも気持ちよく並べることが出来る。
好い作品はフレームなんて関係ねぇ、という意見もごもっともですが。美術館出の僕としては、そう云うトコはキチンと向かい合いたいのです。
お寿司を発砲スチロールの皿で食べたくないでしょう?
安い、チープな ワリバシ と杉の木で出来た「箸」うしろ、が斜めになっているの。アレの唇や舌への「触れ方」は全然違う。魯山人も、そんなコト言ってたらしいし。
だいたい、読んでいる途中、読み終えた後に「本を閉じる音」、パンッ! と、気持ちいいのよぅ~。わかるかな?
贅沢なことだとは、わかっておりますが、美味しいお酒と一緒。
好いお話だったら、こゝろの一部になる訳だし、しばらくの間は。
余韻を愉しみたい、好いワインとおなじ。次の日に残る。
と、いう訳で、何故か、数冊、、のハードカバーの本が机に上にあります。
週末にやっつけてしまおう、とか、
ムゥ、本代で、夜、遊びに行けませんわ。
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やはり、もっと「村上春樹」が読みたいと思い今回はコレにしました。
一日で「ザっ」と読んでしまうのは勿体ないので、先週の月曜に買って、木曜の夕方に読み終えた。
仕事が終わったあとに、カフェで読んだり。天気の良かった昨日は近所の公園で読んだ。夜は部屋にある読書用の椅子でじっくり読んだりもした。
ちょうど好い、時間の使い方だったと想う。この物語独自のペース、ハナシの進め方もリズム感よく、僕のスピードでゆっくり読めた。一気に読んでしまう時の「胸いっぱい」な感覚ではなく、いい満足感。
美味しい料理を自分のペースで上手に残さずに食べれたトキと同じ、快感。
内容はモチロン書きませんが、僕は好きです、こういうハナシ。『ノルウェイの森』の後には好い村上作品だったのかな?
しかも『海辺のカフカ』はハードカバーで読めた。コレは嬉しい。普段、写真集を買う時よほどレアーな写真集でない限り、ハードカバーを買うようにしています。存在感が違うし、価値もモチロン違う。さすがに日本の本は、、ただでさえ「輸入」だから3割くらいは値段が高いので、文庫で十分だ、とも考えたけど。
「ハードカバー」は読みっぷりが全然ちがう。
まず、文章の周りの余白が非常に心地よい。文字がより美しくみえる。手触りも大きさが丁度よく文庫のように何となく背中を曲げて読む感覚ではなく堂々と読める気がする。
紙の「質」も違う。ページをめくる「音」も全然違う、カ サ カ サ、が。
何より自分の「手」のなかに「本」が居る、という感覚が贅沢。
コレを書いていて「フ」と感じたコトが、
フム、
「ハードカバー」の感じは、画廊や仕事で作品をマットにいれたり、フレームに入れるのに、そっくり。
同じ、写真の作品でも、安い、プラスチックの額に「ペロン」といれるのと。保存のコトも頭に入れて、キレイにマットして、ほどほどに目立たない上品な額に入れるのでは作品の存在感というか「立ち方」が違う。
作品と作品のスペースも気持ちよく並べることが出来る。
好い作品はフレームなんて関係ねぇ、という意見もごもっともですが。美術館出の僕としては、そう云うトコはキチンと向かい合いたいのです。
お寿司を発砲スチロールの皿で食べたくないでしょう?
安い、チープな ワリバシ と杉の木で出来た「箸」うしろ、が斜めになっているの。アレの唇や舌への「触れ方」は全然違う。魯山人も、そんなコト言ってたらしいし。
だいたい、読んでいる途中、読み終えた後に「本を閉じる音」、パンッ! と、気持ちいいのよぅ~。わかるかな?
贅沢なことだとは、わかっておりますが、美味しいお酒と一緒。
好いお話だったら、こゝろの一部になる訳だし、しばらくの間は。
余韻を愉しみたい、好いワインとおなじ。次の日に残る。
と、いう訳で、何故か、数冊、、のハードカバーの本が机に上にあります。
週末にやっつけてしまおう、とか、
ムゥ、本代で、夜、遊びに行けませんわ。
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『ノルウェイの森』
コッチ長いと「急」に日本語が恋しくなる。
たまに、喉が渇いたトキのように、読みたくて、読みたくて、たまらなくなる、
普段は「ブログ」でうっぷん、ハラしてますが、たまにソノ程度では足りない、新書のようなモノ、フム、フム、と。では無く、活字をかき集めたいというか、一気に誰かの書いた「物語」を読み干してしまいたくなる。
『ノルウェイの森』を、上、下、読みました、
(上)でのスピードが(下)になると全然ちがうリズムになるのが何となく納得いかない。
ま、こういうストーリー好きですけど。
上、下を別々の日にワイン一本づつ開けて一緒にいただいたのは、良い読み方、飲み方だった。
どうでも良いコトもタクサン書いてある。省けば、一冊の本にできるでしょう。
ビックリしたのが、下巻の2ページ目に、
「あの人は医者なんですか、それとも患者の方ですか?」と僕はレイコさんに訊いてみた。
「どっちだと思う?」
「どちらか全然見当がつかないですね。いずれにせよあまりまともには見えませんけど」
「お医者よ。宮田先生っていうの」と直子が言った。
「でもあの人この近所じゃいちばん頭おかしいわよ。賭けてもいいけど。」とレイコさんが言った。
宮田先生?
とある。何だコレは、、? と思い、ジックリ読んだがソノあと「宮田先生」は話に出てこない。
「ノルウェイの森」にはそういった人物が何人か居る。存在感ありそうで結局、ストーリーから消えてしまう。まぁ、いいのだけど。
読み方によって、良くも悪くも「色」をかえる作品、なんだか美術の世界と一緒。「本」も十人十色。なんとなく抽象的な雰囲気でした。「緑」という女性が出てくるのだけど、ハキハキして、いい酒の飲み方する、いい女。自分に素直にスッキリと人を好きになるトコとか気に入った。
本を読むと自分を「主人公」と比べてしまうトキがあるけど、そんなコトを『ノルウェイの森』でやっている自分がウケた。
久々に「日本語」ザっと読みました、チョっとスッキリした。
仕事や趣味(?)ま、同じコトなんだけど、写真集や評論の本をよく読みたいので。日本語のノンフィクションとか読む時間が勿体ないと何時も考えてしますけど、良かった。習慣にしようかな?
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