放心状態の日々がずっと続いていました。
毎日 母が黙って部屋の前においていってくれる
おにぎり 日々のおかずも私の分も毎日 作ってくれていたのです。
そんな母に私に申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど
自分の思いを偽って両親の前にでていくことはできなかったのです。
「二本木さんとのことが悪夢であってほしい」
私はそんな思いが膨れあがり 自分の思いを抑えきることができなく
どうしていいのか? 頭がパンクしそうでした。
”妻子ある男性とお付き合いすることが 割り切れるか?”
答えはすでにでていたのに それを 信じたくなくて 
周りの友達は 結婚し 出産を控え 自分だけ取り残されていことが
怖くて 淋しくて そんな自分を二本木さんに求めていたのかもしれない。
友達の幸せそうな顔をみていると 私の想いはどんどん
強くなっていっていったような感じがする。
”結婚できない相手”と自分の中では わかっていながら
自分に偽っていたのかもしれない・・・

そんな生活からだんだん 私は両親の優しい愛情に支えられ
少しずつでも 立ち直りができるようになっていた。
職業安定所でもいけるようになり 仕事を本格的に探し始めた。
約 2年ぐらいがすぎた頃 私に合いそうな仕事を安定所でみつけた。
販売の仕事で 今度は洋品店に決めました。
面接にいき すぐに決まりました。
大船の小さなお店でした。
店長と女の人が3人いました。
事務担当の人 武井さんが出産で退職のために
私と入れ替わりになったのです。
1~2ヶ月ぐらいで出産する人が退職し その間に私が 
仕事を覚えていきました。
ちょっとの間でも 武井さんによくしてもらいました。
武井さんと店長のあまりにも仲がいいので 最初は「夫婦?」とも
思ったほどでした。
あとの武田さん 須田さんも 私よりずっと 年が上で
親子・・?といってもいいほど 差がついていました。
お客様も常連さんが多く 少しずつ 親しくなっていったのです。
他に社長さんが 料理店を経営していて
そちらのほうに 年令の近い人がいたので 料理店のほうで親しくなった
坂本さんとは 一緒に飲みにいったり 家に泊まりに
いったりしていました。
そんな中で 色々なメーカーさんとも 顔見知りになりました。
私は 別に何も思っていなく どのメーカーさんにも
平等に接していました。
そんな時 武井さんが「あの人 かっこいいと思わない?」と
いってきました。
私の中には まだ 二本木さんがきえてはいなかったのです。
他の誰も入り込める余裕など ありません。
二本木さんを忘れなくてはいけないのに
忘れたい自分と忘れたくない自分とが 入り乱れていたのです。
そんな私の前に現れたのが メーカーさんの1人でした。
このメーカーさんに初めて会ったとき ハッとしました。息をのみました。
武井さんに「かっこいいと思わない? 付き合おうと思わない?」といわれ
私は 笑って首を横にしました。
このときは このように武井さんに返したのですが・・・

そのあと 高校のときの友達 令子が結婚し招待され
場所は 沼野先輩と同じ所で 顔ぶれも高校の仲のいい人ばかりだったので
気分的に楽でした。
それから 永石とつながっていったのです。
そんな中 私は二本木さんにどんどん惹かれていって頂点にいました。
朝 お店に行ったときも 私の着く時間帯には外にでてくれました。
掃除をしてお店の裏にゴミを捨てにいったときも
裏にいてくれお互いに何をするにも時間を決めていたのです。
二本木さんが配達にでるときも トラックを私のほうのお店にとめ
私がお店の中にいても クラクションで教えてくれたのです。
私は二本木さんが結婚をしていることさえも
忘れるようになってきたのです。
二本木さんと交流を持つきっかけとなった
「妻子ある男性と付き合うことは割り切れるか?」
この言葉の答えは私の負けでした。
お店が終わる時間がお互いに同じ時間だったので待ち合わせは
家具店の倉庫の前!
7時の時報とともに行きたい気持ちでいっぱいでしたが
タイムカードがあり お店には7時15分まで
いなくはいけなかったのですが 店長の優しいはからいで
私の分まで一緒にタイムカードを押してくれることになり
私は7時で二本木さんの元にいけたのです。
ときには お店をでたとたん 前にある事務所から専務・課長・部長と
バッタリ会ってしまうこともあり そんなときは横にあるコンビニに非難。
ちょっと 冒険心もあったりしてドキドキしたけど楽しかった。
そんな 夏休みが近づいた日 二本木さんのほうから
旅行の話をしてきました。
お互いにお店だったので休みはだいたい前後するものの重なった日が
あったので その日にして行き先は山梨県方面でした。

旅行当日 鎌倉のミスタードーナツで待ち合わせをしました。
時間通りにきた二本木さんはものすごく慌てていました。
「今日の朝 家を出る前 私の両親から二本木さんの家に
 電話がかかってきた」
というのです。
話をきいたときにはビックリしました。
二本木さんは「旅行やめる?」といってきたのですけど
私は「行こう。このまま 今に帰ったら親の思うつぼになるから」といって
出発しました。
ワクワクしていたものの両親に怒りを感じていました。
二本木さんは少し青ざめている状態でした。
そんな二本木さんをみて私も心臓が高まってきました。
山梨の富士急ハイランドにいって色々な乗り物にのり
ほんの一時でも朝の出来事を忘れることができました。
楽しい時間はアッという間にすぎていくものでした。
翌日 忍野村のほうにいき 遊んで帰りには鎌倉の海岸線にある
ケンタッキーに寄り 10時にはいつも通りに帰ったのですけど
いつもとは違う家の中でした。
それでも 私は普通に「ただいま」と父の寝室をのぞいてみたら
布団の上で座って背中をまるめうつむいている父がいました。
その父の姿は今でも忘れていません。
私の中にはっきりと目にやきついています。
今 思うと 安堵感を感じていたような感じもします。
いつもだったら寝ているはずの父が寝ずにまっていてくれ
罪悪感を感じましたが 二本木さんを好きな思いは消すことは
できなかったのです。
私の中で二本木さんとの終わりが近づいていることを
予感をしていました。
それは旅行当日に父から二本木さんの家に電話をかかってきてときの
顔色がものすごく変わったことに私は気づいていたのです。
怯えているようにもみえました。
それから 二本木さんは私が電話しても電話にはでてもらえなくなり
私は鎌倉店のほうに移動になりました。
この鎌倉店で私を待ち受けていたものは・・・・
上司からのいじめでした。
それを知らずにまた 新しいお店でがんばるつもりが
大きく歯車が動きだしたのでした。
鎌倉店の店長は私のことも知っていてとても優しいイメージを
持っていたのですが・・・それが 専務から頼まれ 私を自分から
やめるようにしむけるように私をジワジワいじめに入ったのです。
私は二本木さんのこともあり 体は精神的にボロボロでした。
お店には出してもらえず トイレ掃除 外掃除 お店にだしてもらえれば
お店に枠をつけられおりの中に入れられる感じでした。
私には絶対できない物の包装を指示され それがきたないと
お客さんの前でも叱られ周りは何もいえない状態でした。
私はいてもたってもいられなくなり 店長の家に手紙をかいたのです。
そしたら なんと 店長が家に押しかけてきて
「親をだせ!」というのです。
そのとき ちょうど 母もいなかったので「いません」というと
「またせてもらう」というものの 帰っていきました。
お店でこんな仕打ちをさせられていることを初めて知り
父が怒りだし 「退職届」をたたきつけたのです。
そんなこともあり私はまた家にいることになったのです。
そして思うことは二本木さんのことです。
ある日 二本木さんの”姉”という人から電話が家にかかってきて
「会いたい」ということで会いにいってきたのです。
約束の場所にいってみると二本木さんもいました。
これが決定的な別れになったのです。
私は涙が止まらず 顔がグシャグシャになった
顔でタクシーで帰ったのです。
その翌日から 何も手につかず 食事もできない状態に
なってしまったのです。
そんな毎日が続き そんな日々の中 母が毎日 私に手紙をかいてくれ
食事もそっと部屋の入り口に置いてくれたのです。
私も母に手紙をかき いつのまにか 交換になっていました。
毎日の自分の気持ち 思いを母に伝えていました。
私は自分の思いをどうすることもできずにいて
頭の中が混乱する日々が続いていたのです。
好きになった人がたまたま結婚していたのですけど
割り切れると思いながら好きになったことからいけないのだけど
割り切ることはできなかった。
ある日 会社で「お花見会」がありました。
各支店から色々な人が集まってきました。
そこで知り合ったのがまだ10代の由美ちゃんでした。
由美ちゃんはすでにもう~お付き合いがしている人がいたのです。
それは結婚をしていた人でした。
それでも2人はとても仲がよくうらやましいぐらいでした。
私はこのころ 蔵下さんという人とお付き合いが始まったばかりでした。
とても優しく男らしい人でした。
このお花見会で私がカラオケで歌った歌は「セカンド ラブ」でした。
そして初めて知り合った佐野クンとも1回だけ会いましたが
やっぱり蔵下さんでした。
このころから私は 彼に物足りなくなくなってきたのです。
そして彼に「少し冷却期間をください」とお願いをしたのだけど
彼はわかってくれなく毎日 私の仕事の終わる時間に事務所の前で
まちぶせされたり 自宅の前やバス停で待っていたりされ
電話も頻繁にかかってきたのです。
彼は「自分の悪いところは直すから」「戻ってきてほしい」と
何度もいわれたものの私の意思は強く 自分から”悪?”の道へと
進んでいったのでした。
彼とはもう~一緒にやっていくことはありませんでした。

由美ちゃんとお付き合いしていた男性が事務所の前のお店で働いていたので
私はよく 遊びにいくようになりました。
私が間に入り2人のデートの約束をしていたこともありました。
この男性も優しくて仕事の帰りも送ってくれたこともあります。
この男性には由美ちゃんがいたので深い関係にはなっていかず
お互いのオノロケ話をよくきかされていたほうです。
そんな中 突然 蔵下さんが事務所に専務と話にきたのです。
事務所に入ってきて私のほうをちらっとみてあんとなく
合図にみえたのです。
私はたまたま 外にでる仕事があり それを終えて事務所に戻る入り口で
蔵下さんがでてきて「明日から事務所になった」と一言 小声でいって
走っていったのです。
私も一瞬 あ然としました。
それから何ヵ月後 事務から又私は販売のお店に移りました。
それも事務所のある道路挟んだ前のお店でした。
ここのお店は小さいお店だったので店長と2人でした。
でも 事務所の前だったので事務室のよく 遊びにきていたのでした。
もちろん 蔵下さんもよくきてくれました。
何か 理由をつけてはきていましたし 近くにあるコンビニにきては
お店にきていました。
蔵下さんが事務所にきたことでもっと親しくなっていくのか?と
思っていたのですが・・・余計に大きく溝ができてきたのです。
それでも 蔵下さんはとても素敵で優しい人でした。

お店の仕事にも少しずつなれ お店の前でダンボールを整理をしていた時
隣にある家具店の男性 二本木さんが私に声をかけてきました。
この人は配送の人で自分のお店の使わなくなったダンボールを持っていく
所があったの私のほうのお店の分も一緒に持っていってくれることを
声 かけてくれたのです。
それがきっかけで接近するようになっていったのです。
結婚はすでにしていました。
そして 「妻子ある男性と付き合うことは割り切れるか?」という話になり
私は「割り切れる」二本木さんは「割り切れない」という答え。
ある日 お弁当を作ってくることになったことから
大接近していったのです。
その日から帰り待ち合わせをして喫茶店に寄ったり・・・
二本木さんが1人で部屋を借りていたのでこの部屋に
いったりしていました。
私の家の近所に公園があってそこの駐車場で時間をつぶしているときも
ありました。
公園・彼の部屋にいったときは2人世界を作っていました。
私の門限が10時だったため 二本木さんの車で送ってもらっていて
10時 1分も狂わず家に帰っていました。
二本木さんは優しくなんでも私の話をきいてくれいつでも
包んでくれたのです。
その頃 友達の結婚ラッシュでした。
そんなとき 高校のとき 尊敬していた沼野先輩の招待状が届き
出席をすることになったのですけど
私は結婚式 出席が初めてで兄が式場まで送っていってくれたのです。
式場についた私は右も左もわからないままうろたえていたら
懐かしい顔がみえました。
高校のとき 音楽部だったときの上江先生 恵子 ちぃちゃんでした。
ほっと安堵感がわいてきました。
「1人ではないんだ」と思ったのです。
それまで緊張でいっぱいだった私の気持ちが和らいでいきました。
先生とも卒業後 初めてです。
今 思い返しても何を話していたのか? 覚えていません。