憧れのウェディングドレスを着れ結婚式が始まり
 私は 感激でした。
 汗かきの私は ベールをかぶった顔は汗だくになってしまいました。
 式が終わってから 式場の人がビックリして
 色々なもので あおぐというハプニングがおきました。
 写真撮影が大変でした。

 披露宴になり 色々友達 お世話になった人がきてくれました。
 そんな中で 3回のお色直しをし ドレスをきれ
 とても 満足で この順番がくるまでは
 ニコニコ笑顔でいられたのでした。
 それは 小学校時代に1番仲良かった友達ちかちゃんのお手紙の
 順番きて 司会者の人が代読をしてもらったとたんに
 涙があふれでてきました。
 ちかちゃんには どうしても出席してもらいたかったのです。
 そのあと 兄が”僕の妹に”を歌ってくれ
 感動したことでした。
 てれ症の兄は 私の肩にも手をかけてくれたことがなかったのですけど
 このとき 初めて 兄の存在を実感しました。
 そしてこのあと 親戚のお姉さんが 両親に贈る言葉を代読で呼んで
 くれたのです。
 これは 両親には内緒で 抜き打ちにやった 両親への
 プレゼントでした。

 新婚旅行は 普通なら 翌日にいくものの 
 主人の両親 家族の人がきていたので
 翌日には 両方の家族で集まり 食事会をしました。
 
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お店をやめた私はそれまで 全部 母に任せ何もできなかったので
 少しずつ 教えてもらっていました。
 ゴールデンウィークに入ったときでした。
 急に彼が会社の寮から 家に引越しをしてきてしまい
 あ然として何もいうことができませんでした。

 やっと 結婚式の準備が本格化になり
 式場にも 通うようになりました。
 衣装・・・私は 子供の頃から ウェディングドレスで
 式を挙げることが 夢でした。
 両親はやはり 着物をきてもらいたい思いだったようでした。
 私は 式はウェディングドレスで挙げ 披露宴で着物をきてもいいかな~と
 提案したものの 洋装と和装ということで
 化粧などのやり方が違うので 無理でした。
 それで 結局 ドレスでお色直しをすることになりました。
 そして 披露宴の司会は専門の人に頼むことになり
 打ち合わせで司会の人と会うことになりました。
 今までのことなどを 司会の人に話をして
 そのあと 私の要望をきいてもらいました。
 それは・・・
 1 兄に”僕の妹に”を歌ってほしいこと
 2 小学校時代の1番の友達 ちかちゃんに 祝辞を依頼したいこと
 1は 兄自身長渕剛の”乾杯”を歌いたかったみたいですけど
 ”僕の妹に”でOKしてくれ 引き受けてくれまました。
 2は 残念ながら ちかちゃんは 当時 九州にいたので
 叶うことができなかったものの 手紙を送ってくれてくれました。

 そんな準備も順調に着々に進んでいた結婚式1週間前に控えた
 5月7日 朝 幼稚園時代にお世話になった
 お姉さんの突然過ぎた死を 母からきき
 目の前が真っ暗になりました。
 一瞬 何もみえなくなり ボー然となり
 涙が止まりませんでした。
ちょうど この日 結婚式の準備で司会者の人との最終打ち合わせが
 ありました。
 私は お姉さんの死が重過ぎてしまい 自分の大切な日のことなのに
 頭がまわらなくなってしまったのです。
 でも 自分に自分にいいきかせ・・
 「これで先に進まなくては お姉さんが悲しむ”と想い
 重い体を動かして 打ち合わせ場所にいきました。
 それがお姉さんへの供養にもなると思ったのです。

 結婚式前日 私は 今までのことが 頭をよぎってきました。
 そのときに聞いた曲が百恵さんの
 「秋桜」「歌い継がれていくうたのように」でした。
 百恵さんの歌声が今でも頭の中に響いてきます。
 夜になり 父と母と3人で最後の時間を過ごしていました。
 そしたら なんと 主人がいきなりやってきたのです。
 ビックリでした。
 「1人部屋にいてもつまらないから・・・」ということで
 家にきてしまったようです。
 翌日 結婚式当日 
 結婚式は 3時半からでしたけど
 準備のため 私は午前中には 式場にいかなくていけなかったのです。
主人がなんと 自分は相当早い時間になってしまうにもかかわらず
 式場まで車でいってくれたのです。
 まれにみない 新郎 新婦が同じ家から出発したのでした。
 両親とも「またあとでね~」と 旅行にでも 買い物にでもいくような
 感じで 家をでたのです。
 

 
 
そんな日々が続き 令子から紹介してくれた彼との付き合いが
本格化になってきたのです。
お店が終わると土・日曜日はほとんど 迎えにきてくれました。
大船駅で待ち合わせをして そのときに いつも流れて車から
流れてきた曲が 浜田省吾「愛しき人へ」でした。
食事を鎌倉の”サンデーサン”ですまし 
私の家に向う日々でしたけど・・・
私には 困ったことがあったのです。
それは 家に帰ると兄夫婦 もしくは 子供だけが必ずきているかでした。
子供といっても 当時2~3才でした。
当時 義姉は体調を崩し 子供のめんどうを兄に
任せていたのです。
困った兄は 毎週 子供をつれて実家にきていたのです。
当時 流行は『テレビゲーム』で”マリオ”でした。
このマリオにハマっていた兄の子供は 
夢中になっていたのです。
彼も 大好きで 1度だけ 一緒に遊んだことが・・・・
運命がかわってしまったのでした。
毎週 実家に2人で帰ると 兄の子供は 彼にベッタリで
私の入り込む場所などは 全然 ありませんでした。
義姉がきているときも 知らん顔で 子供に注意もしてくれず
いたのです。

この間に 高校ときの同じクラスだったマルコの結婚式がありました。
式場は 東京郵便貯金会館でした。
その頃 家では 彼が大変なことを起きていました。
彼が 歯(親知らず)が腫れ 寒川から逗子まで約1時間の道のりを
車でで 助けを求めに家まできていたのです。
ちょうど 兄の部屋があいていたので そこに 寝泊りをすることに
なりました。
私は まだ お店にいっていたので 昼間は 母がめんどうを
みていたのですけど 腫れに腫れきってしまった歯は
口があかなくなってしまい 当時 私が通院していた歯医者さんに
行ってみたところ 「口があくようになったらきてください」と
いわれたのですけど 義姉が結婚前まで 歯医者さんに勤めていたことから
友達の歯医者さんを紹介してくれ 横浜まで 
車でつれていってくれたのです。
そしたら なんと・・・
そこの歯医者さんは 無理やり口をあけさせ 歯(親知らず)を抜いた
感じでした。
そのとき うめき声が 待合室まで聞こえ 兄夫婦は
ビックリしたそうです。
そして そこの先生いわく
「もう~一歩遅かったら 生死にかかっていたか 
脳に転移していた」といわれたそうです。
歯を抜いてから見る見る 熱が下がっていっていきました。
その頃 私は お店と彼の看病に疲れきって体が宙に浮いている感じの
日々でした。
そんな中での マルコの結婚式 自分のことに置き換えて
出席をしていたのです。
 

それから 月日が流れ 彼との結婚話がでてきたのです。
彼が両親に挨拶にくる日 父も母も朝から ちょっと 
ソワソワしていました。
私は あまり 話すことが うまくなく
こういう場にも なれていないのに きちんと話せるか?
心配で仕方がなかったのでした。
そんな心配は 的中でした。
無口を知っていた両親は 彼がきたとたん
玄関から 母が先ばっして 1人で話を始め
彼の入り込む余地などありませんでした。
部屋に入っても彼が何かを話そうとすると
父が うまく割り込み 話さえもさせてきいてくれませんでした。
私としては 当たり前のいわなくてはいけないことは
いってほしかったなぁ~と思っています。
それでも 両親は 自分の娘(私)のために
精一杯 気遣いをしてくれ OKをしてくれたのでした。

働いていたお店にも店長にだけ 一足先に伝えました。
式場は お店で知り合った人の”ママ”こと坂本さんの知り合いでの
紹介で「横浜郵便貯金会館」今では「メルパルク」と
名前がかわっています。
式の予約にいってビックリだったのは・・・
式場がいっぱいで 1年半待ち!ということでした。
それでも 予約をし 予約日は『5月15日』。
さすが 1年半前では 準備もなく
4月20日まで 働くことにしました。

新婚旅行は 私の憧れの場所でも北海道にしました。
当時 兄の友達だった人が旅行会社に勤めていたので
スケジュールなどをみんな手配してもらいました。

私にとって このお店にきて ビックリ なおかつ ものすごくうれしく
生涯わすれることができないことが
この4月20日 最終日にありました。
仙台にいったはずの大島さんが 私のために
最後に会いにきてくれ 花束をもってきてくれたのです。
『おめでとう 幸せになってください』といくれ
もう~うれしさが こみ上げてきてきたのです。
この最後の日 大島さんがきたときに 恒例だった 休憩を
店長の気遣いで 復活したのでした。
この花束を 枯れてもドライフラワーにしてずっと
部屋に飾っていました。




Youre My Only Shinin Star

月が波間に浮かぶと
あたたかい夜が偲んでくる
沈む夕日に瞳 わざとそらしたまま打ち明けた

星と同じ数の巡りあいの中で
気がつけばあなたがいたの
Youre My Only Shinin Star

ずっと今まで困らせてごめんね
大切なもの それはあなたよ
いつまでも傍にいてI LOVE YOU

なぜだかわからないけど
訳もなく涙つたってくる
こんなときに泣くなんて
らしくないと肩をだきよせ

はにかんだ微笑み
あいかわらずなのね 月明かり2人照らして
Youre My Only Shinin Star

あなたにはきっと たえまなく流れる
星の輝き 私を包む
永遠に終わらない Shinin Star

時が運んでくる 
不思議なときめきを
追いかけて ここまできたの
Youre My Only Shinin Star
ずっと今まで困らせてごめんね
大切なもの それはあなたよ
いつまでも傍にいてI LOVE YOU



愛しき人へ」

君をこの手に 抱きしめたとき
初めて 誰のために 僕が
生まれてきたのか わかった

失くした愛も こわれた夢のかけら
すべて その旨にかかえて
僕についておいで

冷たい夜の暗闇の中
風の音にさえも おびえて
君は今日まで
この町 ひとり 生きてきた
でも もう泣かないで
僕が 傍にいるから

友達のように
いつも遠くでみていた
ふれようとしたけど
失うことが こわかった

愛はいつも 傷つくだけの
淋しがりやのゲームだと
僕は君を 愛するまで
そう信じてた おろか者さ
ひとりぼっちの・・

愛はいつも 失うだけの
淋しがりやのゲームだと
僕は君を愛するまでは
そう信じてた ひとりぼっちで


「片思い」

あの人のことなど もうわすれたいよ
だって どんなに想いをよせても
遠く叶わぬ恋なら

気がついたときには ”さよなら・・”いえたなら
こんな辛くはなかったのに

ああ 肩寄せ歩く恋人たち
すれ違う帰り道
寂しさ 風のように いやされぬ心を
もて遊ぶ

あの人の微笑 優しさだけど
知っていたのに それだけでいいはずなのに
愛を求めた 片思い
愛を求めた 片思い