水神の聖地、室生の龍穴と神社

金澤成保 

 

 室生寺のある宇陀の山峡の地は、古来より水神の聖地として朝廷にも篤く尊崇されてきた。その宮である室生龍穴神社の創建は不明だが、奈良時代のころから室生龍穴神社で雨乞いの祈願をした記録が『日本後紀』にあり、『日本紀略』の弘仁9年(818)の条には、「遣使山城国貴布禰神社、大和国室生龍穴等処祈雨也」とあり、京都の貴船神社(貴布禰神社)とともに朝廷から使者が派遣され祈雨の神事がおこなわれたと記されている。

 室生赤目青山国定公園内に位置しているこのエリアは、室生火山群に属していることもあり、独特な形状の山々や岩が多く、池や洞穴も沢山ある。こうした地形から室生のエリアには、「九穴八海」(くせんはっかい)という伝説もある。これは、3つの龍穴と6つの岩屋を「九穴」とし、5つの渕と3つの池を「八海」としており、それぞれの場所に伝説が残されている。室生龍穴神社の奥宮にある「吉祥龍穴」は、この3つの龍穴のうちの1つにあたり、さらに、その奥宮への途中にある「天の岩戸」は、この6つの岩屋の内の1つにあたる。ここでは、近年パワースポットとして注目を集めている龍神伝説が残る室生龍穴神社と、その龍神の住処とされる奥宮の「吉祥龍穴」を中心にご報告します。

 

室生龍穴神社

 室生龍穴神社は、室生寺から室生川沿いに県道28号を1km近く上った渓谷の入り口にある(以下、Web 和楽 を参照)。ご神体は、龍神の住処とされている奥宮の「吉祥龍穴」で、そこには「招雨瀑」と呼ばれる滝が流れており、この水が奈良の木津川や大阪の淀川の水源にもなっていることから、「吉祥龍穴」では、古くから雨乞いの神事などが多く司られ、現在もおこなわれている。

 

 室生龍穴神社は、創建年代が分からないほど古い。鳥居前の両脇には樹齢600年以上といわれる杉の巨木があり、神社の門番ともいえるような存在感と威厳をもって参拝者を出迎える。境内には同じような杉の巨木が立ち並んでいることもあり、やや暗い木陰の中にあって神がおわすような神秘的な雰囲気と静けさに包まれる。

 現在の室生龍穴神社の祭神は京都の貴船神社と同じく、『日本書記』に登場する慈雨を降らす山や丘の上の水神とされる「高龗神」(たかおかみのかみ)となっており、古くは雨乞いや河川氾濫が起きないように祈願する神様として信仰を集めてきた。この神は水神なので龍神と同一視され、拝殿を見ると「善女龍王社」と神額に掲げられている。室生龍穴神社は、高龗神を祀る前からこの龍王を祀っていた社だったと考えられる。

 「善女龍王」とは、雨乞いの際に祈祷される雨や水に関連する龍王のうちの一尊で、仏法を守る八体の竜神が所属する竜族の八大竜王の一尊である沙掲羅龍王の三女とされる。「善女龍王」は、仏教における龍を統率する女神で、弘法大師が京の神泉苑で雨乞いをおこなった時に現れた龍王としても知られている。伝説によれば、「善女龍王」は、奈良の猿沢の池でかつて暮らしていたが、天皇の食事を奉仕していた下女が用無しとされたことで悲嘆にくれ、この池に身投げをした。「善女龍王」はこれを嫌い、春日の山中に身を移したが、この山中にも亡骸が多かった。龍王は、さらに清らかで静かな環境を求めて室生へ逃れ、清流の側にある洞穴へ棲み処を移したという伝説が残っている。その洞穴というのが、「吉祥龍穴」である。

 

 室生龍穴神社の拝殿の奥にある本殿は、寛文11年(1671)に建てられた朱塗りの春日造りの建造物で、県指定文化財。春日大社若宮社の式年造替の後、当社に旧社殿が譲られた。本殿の左右両脇には、それぞれ朱塗りされた春日造りの一間社があり、弁財天と同一視されることが多い宗像三女神の一柱である市杵島姫命(いつきしまひめのみこと)が鎮座する道主貴神社と、天照大神が天の岩戸へ隠れた際に腕を引っ張って外に連れ出したとされている天手力男命(あまのたぢからおのみこと)という男神が鎮座する手力男神社が祀られている。

 室生龍穴神社の境内には、2本の杉の木が根元の方で一体化している「連理の杉」がある。この杉は、縁結び、夫婦や家庭円満、家運隆盛などのご利益があるとされている。裏側から見ると、2本の杉の木が一つにつながっているのが良く分かる。

 

天の岩戸

 「天の岩戸」と称されるスポットは全国にあるが、ここ室生龍穴神社内にも奥宮へ向かう途中の白い小ぶりな鳥居をくぐった先ににある。二つに割れたかのようなご神体の対の巨石があり、夫婦岩とも見え「磐座」となって神の依代となっている。

 

 その先に小社が祀られており、解説がないため祭神は明らかでないが「天岩戸伝説」に関わる神を祀っていると思われる。龍穴神社の本殿に並んで「天の岩戸」をこじ開け天照大神を外に連れ出した天手力男命が、祀られている。「天岩戸伝説」では、「天の岩戸」へ隠れた天照大神を外に出させるために芸達者な踊りで気を大いに惹いて活躍した天錮女命(あめのうずめのみこと)も重要な役割をしており、この女神が祀られているか、あるいはこの女神に垂迹した弁財天がお祀りされているのかもしれない。室生龍穴神社は、龍神伝説が伝わる龍神が祀られている神社だが、「天岩戸伝説」に関連した祭祀の場も残されている。

 

吉祥龍穴

 室生龍穴神社のご神体で古くから神聖な「磐境」(いわさか)となっている奥宮の「吉祥龍穴」。巨大な1枚板の岩場を流れる清流の側にある洞穴へ龍王が棲み処を移したという伝説が残っている。このご神体の龍穴は伝説によれば、後に大国主命の本妻になる須勢理姫に由緒があるといわれる。その昔「吉祥龍穴」に須勢理姫を入れて岩と赤土で岩戸をふさいで隠まったという言い伝えが残されており、その後、須勢理姫は、その洞穴から西の方角の白岩神社付近にある赤埴白岩に移された。空となったこの洞穴を中国の伝承になぞって龍穴に見立て、雨の神様を祀って、雨乞いの神事を行ったことが、室生龍穴神社の起源といわれる。

 


 「吉祥龍穴」は、往古より雨乞いなどの神事がおこなわれてきた。鳥居をくぐって100段ほどの階段を降りると、龍穴が見える「遥拝所」がある。冷気が漂いパワースポットを感じさせ、滝の水音だけ静寂な空間の中で鳴り響いてる。この「遥拝所」は土足厳禁なので、用意されているスリッパを履いてから中へあがり、龍神の住処と伝わる「吉祥龍穴」に向かって祈願する。「遥拝所」の右側には大きな1枚岩の巨岩があり、「招雨瀑」とよばれる滝が流れている。龍神さまから、今に生きるエネルギーをいただいた想いをした。

ガレットの専門店、Meli Melo

 龍神さまにご挨拶して気分も爽快になった後、隣村の「ふるさと元気村」まで30分ほど歩き、ガレットの専門店・Meli Meloを食事に訪れた。

 

 ガレットとは、フランス、ブルターニュ地方の郷土料理であるそば粉のクレープで、フランス人のご主人と日本人の奥様が、本格的なガレットを食べていただきたいと、ここ室生の山間の集落にお店を出した。本日のガレットの一品、ハムと卵、野菜サラダを載せたガッレットをいただいた。

 

 薄く焼かれたそば粉のガレットは、パリパリサクサクとしてほんのり塩味がついていて、それだけでもツマミになりそうな味だが、ハムや野菜、卵と馴染むとシットリとして柔らかくなる。野菜は新鮮で、ニンジンなどは甘みがあり、そばの風味が加わって、とても美味しくいただいた。