首からIDをぶら下げた職員が、

『すみません、お医者さまの到着が遅れております。もうしばらくお待ちください』

と、申し訳なさそうにアナウンスする。

 

こちらには前日に予約時間の確認メールまで送って来ておいて、

肝心の医者が遅刻とはこれいかに。


斜め前に座っていた男性が『どのくらいですか?』と声をかける。
ずっと口を噤んでいたからだろう、上の牙と下の牙の間に引かれた唾液の糸がよく見える。
職員は振り返って一瞬息を詰めたあと、『あと……50分…1時間以内には……』と続けた。
ギチギチのTシャツから覗く彼の鱗は平静そのもので、
職員はホッとした表情を押し込めながら『申し訳ございません』と頭を下げた。


どうして待つ時間はこんなにも長いのだろうか。
前後左右に知り合いもおらず、かといって会話をする雰囲気でもない。
先ほどのワニ型の男性の隣に座る、ウマ型の男性の耳が、周囲の音に反応してピクつくのをなんとはなしに見つめる。
が、逆に私の方がずっと見られていたことに気が付いて、途端に気まずくなった。

医者は遅れてくるし、待たされるし、無駄な時間を使わされてるし。
そもそもなんだって、ワクチン変化した人間とまだ変化する前の人間とを同じ会場に集めるんだろうか。
いかに迅速なワクチン接種を推し進めたいからといっても、これでは逆効果な気がする。

俯いた顔を上げると会場の前方に大きく張り出されたスローガンが垂れ下がっていた。

『withコロナ withワクチン変化』
『人は魂の形をもって人とするべきであって、その外見をいうのではない』

これがアフターコロナの世界の常識だと言うのはわかっている、わかっているが。

私は人型を保てるだろうか。
もしもそうでなかったら……。

 

どうせなるなら羊になりたい。
そして彼女の手によって丸刈りにされて、まる(がり)ちゃんって呼ばれたい。

 

 

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仮想の海を漂いながら、ただ彼女のことを思い続ける。


 

 

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おわり。