8月も終わりに近づき
 
ついでに暑い毎日も去って行って欲しい…
 
 
こんな時には
稲川淳二さんが必要とする
微妙な季節かも…
 
 
怖いもの見たさ聴きたさに
ついつい涼しい感を求めて…
 
 
では、僕が実際に体験したゾッとするお話しを…にひひチョキ
 
 
 
もう15年くらい前になりますかね…
 
当時、新婚時代で
狭ぁ~い部屋で暮らしていて
広~いマンションを嫁さんと共に探し求めていた時のお話し。
 
 
 
不動産屋の営業マンと共に、とあるマンションに車でご案内していただく事に…
 
 
 
そこは、駅からも近くて大きなショッピングセンターもあり、商店街もあり、居酒屋もたくさんあり、非常に便利な場所。
 
 
 
「ええ場所ですね~ニコニコ
 
 
「そうでしょ~ニコニコ人気があって、もう一室しか空いてないんですよ~」
 
 
そんな会話や世間話などをしながら到着。
 
「ここですニコニコ」と…
 
 
 
 
「……ガーン
 
確かに周りは賑やかな感じですが
何か景色に似合わない、焦げ茶色に感じたマンションがそこに。
 
 
とりあえず嫁さんと案内人とでマンションの階段を昇る。
 
 
「お部屋は3階ですニコニコ」と…
 
 
 
そして部屋に到着。
 
鍵を開けて中へ…
 
 
何とも言えない生温い匂いを感じた。
 
僕自身は直感で
 
(ここはやめよう…)と。
 
案内人はキッチンで必死に嫁さんにアピールしている。
 
 
僕は先に奧の洋間に…
 
そして、その隣の和室に入った。
 
その瞬間だった
 
和室の壁に血飛沫が一瞬見え
 
さらに開いている押し入れに
ステテコ姿の血まみれの男が座っているのが見えた。
 
 
(うわぁーッ!ショック!ショック!ショック!)
 
 
僕は声は出さず直ぐにキッチンの方に戻った。
 
嫁さんに話そうとしたいのですが、案内人の熱弁に捉えられたままで。
 
 
やがて嫁さんは奧の洋間から和室に入ろうとした。
 
その瞬間!
 
 
「キャーッ!ショック!
 
 
 
 
 
(見たのか…ガーン)
 
 
 
「何か見えた!!!!」と聞くと
 
 
 
「何も見えんかったけど、和室に入ろうとしたら何かに胸をドーンと押された!!ショック!
 
 
「ここはやめよう…」
 
 
笑顔を絶やさない案内人に
 
「外に出ましょう!!」と言って素早くその場を立ち去った。
 
 





「いかがでした…いい物件でしょう…ニコニコ
 
 
 
「どこがやねんビックリマークもうよろしいわプンプン!!」と断った。
 
 
嫁さんに
「また明日違う所を探そう…」と伝え
 
 
その日は家に帰りました。
 
 
「ホントにビックリしたよ~ショック!胸をドーンと押された時は…ガーン」と完全に嫁さんはビビっている状態で
 
僕が和室で見た血まみれのステテコ男の事は
嫁さんには話さなかった。
 
 
 
次の日の朝…
 
 
 





嫁さんが目覚めて
 
「うわぁ~怖い夢見たぁ~ショック!
 
と…
 
 
 
「どんな夢…見たん…ガーン
 
 
 
 



後頭部に斧が刺さった血まみれのステテコ姿の男に追いかけられる夢
ホントに怖い夢見たわ…ガーンガーンガーン
 
 
 
 
 
 
ええーッ!ショック!ショック!ショック!ショック!ショック!!!
 



今日は終戦記念日ですね…


たくさんの方々の命…


黙祷………………



昨年、去って逝った親父。

戦争経験者でした。

海軍少尉。


当時にたくさんの部下の死を目の当たりにしたという話をしてました。


自らの願望で魚雷に乗り込み
命を乗せて敵の軍艦に突っ込んで行く…

国を守るために命を捧げる事が
当たり前であり誇らしい事。



そんな時代だったんですね…




親父はそんな時代を経験して来たのか
半端ナイ忍耐力でした。






そんな人生の中で三度の交通事故に遭い


一度目は
相手は学生で無免許運転。



「この子の将来の為に…何とか…」
と加害者の両親に云われ



悪気が無いから…と

親父は
許してしまいました。




二度目は
通勤中にトラックに跳ねられたにもかかわらず
立ち上がって「会社に遅れるから…」と
そのまま立ち去ってしまい

跳ねたトラックの運転手が捜しに捜し出して、自宅へ訪ねて来ました。

「スイマセン…今朝、おたくのご主人を…」

聞いた母親は真っ青になり会社に電話を…


すると親父が元気に出てきて

「おお…トラックに跳ねられたけど…ガーン


結局、跳ねたトラックの運転手を許してしまいました。



三度目は
主婦の運転する乗用車に巻き込まれ
タイヤの回転で右足のふくらはぎの筋肉がちぎれて
ムコウズネまでねじれてしまうような事故。


それでも包帯を巻いて自宅で治療してました。







大病も無かったのですが
90歳手前で胃癌が発見され7時間の手術。


その何年か後のある日
自宅で倒れて、それでも何度もなおかつ立ち上がろうと…


さすがに救急車を呼んで病院へ。










病名は『心筋梗塞』


間一髪、手遅れになる所だった。


しかし、そんな状況で立ち上がり歩いて行こうとするなんて…





昨年

長い間の入院生活

今は医療も進んでいて
『臓器不全』といいますが

ひと昔前なら
『老衰』ですね。


入院中、親父は誰も居なくなると
酸素マスクを自分で外して
よく看護師さんに怒られてました。











僕は解ります。


親父の性格。


迷惑を掛けるなら潔く去ってしまおう…















享年95歳





親父は怖い人でもなく
手を挙げる人でもなく
温厚な人物で…



ただ

幼い頃
悔し涙を流した時には、かなり叱られました。


「悔しい事で泣く奴があるかッ!泣く暇があるなら素直に自分自身を認めて努力しろッ!男が泣くなッ!」


そんな感じで…




確かに
未だ『凹むガーンあせる』という気持ちには
なった事がないのは事実です。
反面、涙のもろさは半端ナイですが…ガーン







今日は終戦記念日…


黙祷のあと

そんな親父の思い出が流れて来ました。










僕が遭遇してきた出来事


まるでドラマみたいな…


「それは…ネタ?」と
言われる事が多く…






よくテレビで鶴瓶さんが
「これ、ホンマにあった事やて~!」と
周りに信じてもらおうと必死に豪語している場面を見て

僕は気持ちがよく理解できます。



笑える事、涙する事、怖い事、時には心霊現象的な事…


一体何なんでしょう…







前記に書いた
「夢は叶うような気がします」なんですが…


他人からすると些細な夢、小さな夢かも知れませんが
僕自身は確実に叶っています。

しかし…
それは自己中的な考えで、夢を叶えさせていただいた分
たくさんの方々にご迷惑かけたり、ご協力をしてもらえた事があると思います。

それがなかなか気付かない自分がありまして…

本当に申し訳なくて…







ずっと歌い手を目指して大した歌唱力もなく

ずっと前川清さんが大好きで、誰がなんと言おうと前川清さんが一番で…

世界中のシンガーで前川清さんの歌唱力が一番スゴいと思います。

だから40年以上のファンで来れたのでしょう…




そんな憧れを持ち続け
正直、たくさんの職種を経て
未だに中途半端な歌い手をさせていただいてますが


過去には
前川さんとテレビ出演させていただいたり、とんでもない出来事もありました。




そうですね…
前川さんとご一緒の時はホントに緊張しましたがガーン

あの頃…
今からすると貴重な思い出の宝物だらけで…


もう二度とお会い出来ない歌い手の方々ともご一緒させていただきました。




村田英雄さん
三橋美智也さん
青江三奈さん
春日八郎さん
北原謙二さん
松尾和子さん…


まだまだたくさんいらっしゃいまして書ききれませんが

生で歌を聴く事が出来たのは
本当に貴重な財産です。



そして
猪俣公章先生に亡くなられる直前に曲を作っていただき…



今年には
【夜のバラード】と言う曲


思いもよらなかった
憧れのクールファイブの岩城茂美さんに曲まで作っていただきました。




ドラマみたいな…


でも真実です。







夢は叶うと思います…



生かさせていただいてる事に
いつも感謝の気持ちを忘れず


いつも気付かない優しさを注いでいただいている誰かにも
大きな感謝の気持ちを忘れず。





もし…


今…



命を



投げようとしている人が偶然に


この文章に出逢ったなら




ドラマは必ずあります!




夢は叶う!



僕みたいな人間でも必要とされたのですから
あなたはもっと必要とされてます。




夢は絶対に


叶うから!