今日は終戦記念日ですね…


たくさんの方々の命…


黙祷………………



昨年、去って逝った親父。

戦争経験者でした。

海軍少尉。


当時にたくさんの部下の死を目の当たりにしたという話をしてました。


自らの願望で魚雷に乗り込み
命を乗せて敵の軍艦に突っ込んで行く…

国を守るために命を捧げる事が
当たり前であり誇らしい事。



そんな時代だったんですね…




親父はそんな時代を経験して来たのか
半端ナイ忍耐力でした。






そんな人生の中で三度の交通事故に遭い


一度目は
相手は学生で無免許運転。



「この子の将来の為に…何とか…」
と加害者の両親に云われ



悪気が無いから…と

親父は
許してしまいました。




二度目は
通勤中にトラックに跳ねられたにもかかわらず
立ち上がって「会社に遅れるから…」と
そのまま立ち去ってしまい

跳ねたトラックの運転手が捜しに捜し出して、自宅へ訪ねて来ました。

「スイマセン…今朝、おたくのご主人を…」

聞いた母親は真っ青になり会社に電話を…


すると親父が元気に出てきて

「おお…トラックに跳ねられたけど…ガーン


結局、跳ねたトラックの運転手を許してしまいました。



三度目は
主婦の運転する乗用車に巻き込まれ
タイヤの回転で右足のふくらはぎの筋肉がちぎれて
ムコウズネまでねじれてしまうような事故。


それでも包帯を巻いて自宅で治療してました。







大病も無かったのですが
90歳手前で胃癌が発見され7時間の手術。


その何年か後のある日
自宅で倒れて、それでも何度もなおかつ立ち上がろうと…


さすがに救急車を呼んで病院へ。










病名は『心筋梗塞』


間一髪、手遅れになる所だった。


しかし、そんな状況で立ち上がり歩いて行こうとするなんて…





昨年

長い間の入院生活

今は医療も進んでいて
『臓器不全』といいますが

ひと昔前なら
『老衰』ですね。


入院中、親父は誰も居なくなると
酸素マスクを自分で外して
よく看護師さんに怒られてました。











僕は解ります。


親父の性格。


迷惑を掛けるなら潔く去ってしまおう…















享年95歳





親父は怖い人でもなく
手を挙げる人でもなく
温厚な人物で…



ただ

幼い頃
悔し涙を流した時には、かなり叱られました。


「悔しい事で泣く奴があるかッ!泣く暇があるなら素直に自分自身を認めて努力しろッ!男が泣くなッ!」


そんな感じで…




確かに
未だ『凹むガーンあせる』という気持ちには
なった事がないのは事実です。
反面、涙のもろさは半端ナイですが…ガーン







今日は終戦記念日…


黙祷のあと

そんな親父の思い出が流れて来ました。