たとえ東奔西走の活躍をしても、
論旨明快な論陣を張っても、
至純無私な愛に献身しても、
そして、人々もそれを高く評価してくれても、
人は常に自分に対しては全く別の評価をせねばならないように思います。
それは、人間は根本的にはどこか取り留めのないところがあるからです。
自分を取扱いかねて、みじめに破綻しているところがあるからです。
自己評価は常に、「みじめな人間」の一語に極まるべきではないでしょうか。
それを感傷的な自虐と考えてはなりません。
倫理的意志に健全かつ強靫に貫かれた自己評価とはそういうものなのであります。
『灰色の断想』p12 藤木正三著
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