お知らせ
至福の石けんの年末年始は、12/27~1/4です。
年末ですね♪
すっきりした気持ちで来年を迎えたい方に、貢献になれるかな?
と思ってこの記事を書いています。
自分の常識が他人の非常識かもしれない話です。
その逆ももちろん、アリですね。
えーとですね、これは本当に人はそれぞれで、自分の常識がいつも他人に通用する訳がない。という事について、今日はお話したいと思います。
A子の地雷とB子の地雷が全く違うように、私達個人個人の持つ物の見方というのは、千差万別です。
すなわち、私の常識が相手の常識とは限らず理解に苦しむ事が、誰しもあるということです。
私だったら、絶対に、こんな事しないのに。
とか、信じられない!とただただびっくりしてしまうような事を相手がした場合。
私の常識にこだわっていると、辛くなる一方かもしれません。。。
みなりっちの友人で、待ち合わせをすると、2時間ぐらい平気で遅れてくる友人がいます。
これも、最初はめちゃめちゃ腹が立っていました。
でも、本人は全く悪い事したと思ってないので、ごめんなさいすら言わないんですね。
これは、
みなりっちの常識・・・人を待たせてはいけない。遅れる場合は連絡するべきだ。
友人の常識・・・遅刻OK
人の考えや物の見方は、本人が変える意思を持つ以外絶対に変わらないので、いくら私が待たされた不快感を友人に伝えたところで、本人は考え方を絶対に変えないんです。
この例はすごく極端だけど、日常生活や人間関係において、相手との考え方の違い、互いの常識の違いというものに出くわした時、あなたはどうしますか?
自分が折れますか?
ケンカしますか?
もしも、自分自身を小さくすることなく、いい感じになれたらどうでしょうか?
そこで、問いかけですね。
「私と相手との間に何があれば、もっと良くなる?」
これにより、みなりっちはその友人と待ち合わせる時は、2時間前倒しで約束することにしました。
12時に待ち合わせたかったら、10時って言うのです。
で、10時にはその場所に行かない(笑)
また、誰かとの関係において、もやもやが残る時というのは、決定的に何かのピースが不足しているんですね。
なんだと思いますか?
なんの、どのピースがあればその誰かとの関係において、安らぎが持てるのでしょうか?
これについては、次の記事でお伝えいたしますね。
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