スタジオシフト代表の深澤竜也です。


先日名古屋での現場があり、出張していました。

その名古屋での出来事。

仕事が23時30分頃終わり、ホテルに帰り。


シャワーを浴びて、23時50分に仲間とロビーで待ち合わせ。
食事に行こうという話しになりました。

23時50分にロビーに降りてみんなを待っていると・・・

$スタジオシフト代表 深澤竜也のブログ



丁度、タカアンドトシがチェックインしていました。

かなりお疲れのご様子。

*真ん中は私ではありません。

仲間の中にはタカアンドトシが売れない頃、一緒に仕事をしていた者もいたのですが、

まだ入れ違いで部屋に行ってしまいました。

そんなサプライズがあった出張でした。
スタジオシフト代表の深澤竜也です。


今年の春にハワイへ子供達(といっても大学生ですが)と行きました。


$スタジオシフト代表 深澤竜也のブログ


HAWAIIと言えば「ALOHA」ですね。


アロハ(Aloha)は、「愛、慈しみ、感謝、平静、共感」などの意味を持つハワイ語です。

アロハとはハワイ人にとって最高の心の状態を表現する言葉とされ、それが故に非常に多くのシチュエーションで使用されます。

最も日常的には挨拶として「こんにちは」「さようなら」などの意味として用いられています。


また、ALOHAのスペルには意味があるとされ、
A - Akahai(上品さ、優しさ)
L - Lokahi(調和)
O - Olu'olu(思いやり)
H - Ha'aha'a(謙虚さ)
A - Ahonui(忍耐)

「愛しています 」「大丈夫ですか?」なんてのも「アロハ」なんですよね~。


その言葉通りハワイという場所は思いやりに溢れた、暖かい、温かいところでした。

老人への敬愛、子供への愛情、恋人への優しさ、そして観光客への親切・・・癒されますね~。


$スタジオシフト代表 深澤竜也のブログ


子供達はビーチへ

$スタジオシフト代表 深澤竜也のブログ



そして私は一人でアラモアナセンターへ向かいました


私は仕事として・・・各有名ブランドの春のビジュアルを入手してくることが目的です。


翌日はオアフ島を一周してきました。


亀の産卵を観ました。


$スタジオシフト代表 深澤竜也のブログ




夜には「サンセットクルーズ」へ

本場のフラを観ました・・・これが一番の目的。

$スタジオシフト代表 深澤竜也のブログ


映画「フラガール」からフラに興味があったのです。

そして夕陽が美しく私達を迎えてくれました。

$スタジオシフト代表 深澤竜也のブログ



そんなハワイでしたが・・・・実はかなりのハプニングも


私が6人の大きな警官から尋問を受けるという場面も・・

$スタジオシフト代表 深澤竜也のブログ



ハワイでは主にバスを利用して、移動していました。

そこで子供が置き引きに・・・ヨットパーカーを盗まれたのです。

ポケットには何も入っておらず、パーカーだけだったんだけどね~。

夜22時過ぎ、せっかく旅行保険に入っているのだから使わないと!と思いつき、

保険会社に電話したところ、POLICEを呼んで「盗難証明書」を取得してくれとのこと・・・。

金額的には5,000円ぐらいのパーカーだけど、呼びましたよPOLICE。

すぐ(5分後ぐらい)にホテルのロビーにPOLICEが到着

事情聴取をされました 。

その間10分ぐらいの間に、ぞくぞくとパトカーが到着。

合計6人のガタイの大きなポリスメン達に囲まれて、事情聴取。

ロビーにいる他の日本人は、何が起こったのか?ってザワつきだしました。

真剣に聞くんですよ・・・どこぞの国とは大違い・・ってかあんまり事件がないんだろうね~。

状況を説明して、最後に被害金額を聞かれて「50ドル」(5000円)と言ったら、みんなで顔を見合わせていましたけど( ≧∇≦)

そしてこれが苦労して取得した盗難証明書です。

$スタジオシフト代表 深澤竜也のブログ


正直ビビリました(;^_^A




翌日は、ある場所へ。

サーフィン好きの友人から何回も聞かされたことのある名前。

伝説のサーファーで、ライフガードのハワイの英雄「エディ・アイカウ」

ノースショワに行き、彼の慰霊碑にお参りしてきました。

$スタジオシフト代表 深澤竜也のブログ




1967年、ワイメアに40フィート(約12メートル)の巨大な波が立ちました。

当時ノースショアには、多くの世界的に有名なサーファー達が滞在していたけど、

誰一人として、その巨大な波に挑むものはいなかった。

そんな中で、名もない現地の青年が、さっと現れ海に入っていきました。

その青年はワイメアの巨大な波を、恐怖を感じるのでもなく、

まるでダンスでもしているかのごとく、華麗に乗りこなしていました。

$スタジオシフト代表 深澤竜也のブログ



彼の名前は「エディ・アイカウ」21歳。

以後、伝説のビッグウェイバーとして彼の名は世界中に知れ渡ることになります。

その後、ライフセーバーとなり、多くの人々の命を救いました。

その数は何百人にも及ぶと言われているのですが正確ではありません。

というのも、通常ライフセーバーは、救助したらそれを記録していくものだけど、 エディはそれを善しとしなかったからです。

巨大な波の日にワクワクしながらワイメアベイに入っていくエディ。

後に、ハワイのサーファー達の間では、大きな波が来た時に合言葉のように、

「EDDIE WOULD GO ! (エディなら行くぜ!)」というフレーズが聞かれるようになっていきました。

1978年、航海カヌー「ホクレア」に乗り込みタヒチまでの航海に参加するが、

船はモロカイ海峡で遭難。

サーフボードに乗って救援を要請しに荒れ狂う海に漕ぎ出し、消息を絶ちます。

彼の英雄的な行動と悲劇的な最後はハワイ社会において伝説となり、

死後、先住ハワイ人の英雄となりました。(彼はハワイ王朝の子孫)

彼の葬儀の時には世界中のサーファーが集まり、一斉にノースショワの海
にパドリング(手で漕ぐ)で出て行ったそうな・・・壮観だったらしいです。



写真は彼の命日にノースショワに集まり、

輪を作ってお祈りしているサーファー達です。

$スタジオシフト代表 深澤竜也のブログ


ハワイに行ったら、ぜひ彼の元を訪ねてくださいね。
スタジオシフト代表の深澤竜也です。


チリのサンホセ鉱山で今年8月5日に起きた落盤事故により

地下700Mに閉じ込められた33人の救出活動が始まりましたね。

まず1人が13日午後0時10分、特殊カプセルで地上に引き上げられ、

約1時間後に2人目が救出されました。

$スタジオシフト代表 深澤竜也のブログ



最初にフロレンシオ・アバロスさん(31)が引き上げられ、助け出されました。

アバロスさんは救出された直後、家族と念願の再会を果たし、

子供と抱き合って喜びました。

ピニェラ大統領も出迎えていましたね。

$スタジオシフト代表 深澤竜也のブログ




70日もの間地下に閉じ込められ、希望を捨てない心で救出されるのもすごいこと。

人間の生きる力というものを感じさせてくれました。

人間の命の尊さ・・・これこそ世界中を感動に包んでくれた瞬間でした。



かたやアフガニスタンでは、反政府勢力に誘拐された英国人の女性援助活動家が、

米軍による救出作戦の際に死亡した事件がありました。

キャメロン英首相が12日までに明らかにしたところによると、

米軍の手投げ弾により死亡した可能性があることが分かったとのこと。

$スタジオシフト代表 深澤竜也のブログ




アフガニスタンでは2005年からの米軍の死亡者が1300人を超えました。

$スタジオシフト代表 深澤竜也のブログ




戦争とは恐ろしいものです。

正直なところ死者の数を見て驚いている人は少ないでしょうね。

それは戦争だから・・・

第二次世界大戦の時の日本人の死者数が310万人にも上るから、

1300人が少ないとさえ思ってしまいます。



錯覚ですね。

チリの33人も、米軍の1300人も、日本人の310万人も・・・すべて同じ命です。



そしてその死亡者には家族がいます。

愛していた人がいます・・・チリの救出された人達の家族のように。



チリが世界的ニュースになっている影で、戦争や貧困で亡くなってる人達がいる。

裏を返せば、命が軽く「今日の死者数」で表される暗黒のニュースばかりを見ているからこそ、こういう命の大切さを解らせてくれるニュースが大きく取り上げれられる。


クリエイターとして、しっかりと本筋を見つめ、

そのニュースの裏側・・・背景まで読み取りたいものですね。