義父の葬儀で長野へ・・・
リンパ腫で療養中だった長野の主人のお父さんが、18日に亡くなりました。
もうダメだと家族が呼びつけられた日から奇跡の復活をして1年半。
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起死回生の妙薬
お友達と山菜採りにも行けたし、金婚式もみんなでお祝い出来たし、お母さんは十分に看病して、みんなが静かに心の準備をして迎えた最後の日でした。
留守にする仕度をして、大事な退院を実家の母に任せ、しふぉんちゃんをペットショップに預け、新幹線で長野へ
怒涛の日々・・・先週のことなのに、なんだかすっごく昔のことのようです。
主人の家は、浄土真宗。
亡くなったと同時に成仏するということで、四十九日間この世をさまよいあの世に行く準備をするという考えではないので、納棺の時に旅立ちの仕度(白装束やわらじなど)はなく、よって四十九日の法要もないそうです。
通夜、葬儀に住職の講和がありました。
新年を迎えるおめでたい席で、一休さんが言った言葉
「親死ぬ 子死ぬ 孫死ぬ 有難い。」
人の一生は諸行無常。いつ何が起こるかわからないはかないものです。
順番に死んで行くということは、とても有難いことなのです・・・というお話。
有難い(ありがたい)
とは、有ることが難しいということ。
有ることが難しい!!
感謝だけではない、「ありがとう」という言葉の本当の意味がわかりました。
親がなくなるということは、精神的にまいってる暇はなく、通夜、葬儀、分骨、葬儀の後の諸々、家のことが何も手につかなかった義母のお部屋のお掃除。
しかしまだまだ続く、保険のこと、相続のこと、納骨。
無理が出来ない年齢なので、鍼灸の先生のところでメンテナンスしてもらって、今週は、抜け殻のようになっております。
ところで、主人の家のあたりでは、葬儀の前に火葬をしてしまうのです。
長野県だけ???