秘密基地 -162ページ目

秘密基地

中津市 シールドベース ヤナリ で修行の日々を載せていきます☆

photo:01


仕込みは、ベース作りから
鶏ガラを冷たい水から入れて煮込みます。最初だけアクがでるから丹念にとります。牛だとお湯から入れてます。
今年最後のカレーの仕込みだから、大人向けにしようかな( ̄▽ ̄)
photo:02


リベンジしたよ。
この色だな
photo:03


草履に履く靴下ゲットなり
100円なり(^-^)/




iPhoneからの投稿
http://ameblo.jp/oa2542/entry-11420701070.html



ブログ画像一覧を見る
記事一覧 ドイツ人医師が警告 »
南相馬市の1つの現状
2012-12-05 19:18:09NEW !
テーマ:原発20キロ圏内

南相馬市の馬屋は未だに雨が降れば地上1メートルの空間線量で3マイクロシーベルト有ります。

国有林の除染などしようもありません。 いずれ山水の汚染も見つかるでしょう。

南相馬市の新田川で今年の11月に採取したイワナから基準値の100倍の放射性セシューム

(11,400ベクレル)が検出されたそうです。

そんな状態なのに、国は年末年始の5日間の宿泊を認めました。

県は2020年には県外避難者を0にすると発表しました。

そりゃそうなるさ。 高齢者は長引く仮設住宅生活で運動不足、失意で健康を害し短命化します。

単身の若者は収入を得なければなりませんから、離れてゆくでしょう。

長引けば住所を移さないと何かと不便ですし、噂の対象にもなりたくないでしょうから、単身者の

県外転出は加速するでしょう。

東電の保障もしっかりしないから、自主避難者は経済的負担に耐えきれず、家賃補助制度で戻る人達も

有るでしょう。

自動的に県外避難者は激減しますから、県が発表するのも可笑しな話(笑)

なんか何時もズレる県の対応。 暮らせないから帰るしかなくなるのじゃないかな?

年末年始泊まりたくても交通手段もないし、だいたい住めないのに警戒区域を解除などするから、

泥棒横行して我が家は布団を盗まれてしまった。

東京から布団を原町に送り、タクシーに布団や水や食料やトイレットペーパーまで積んで

帰れってのか!?

年末年始に風呂にも入れない自宅に戻れっていうのか!?

考えただけで、疲れる…。

この国の官僚的政治への嫌悪感だけがつのっていく…。

-------------------------------------------------------------------------

フクシマの現状をなんとかしないで 日本が 幸福 にはならんやろう。
差別の拡大化をやってるとしか感じない。
日本をとりもどす。
それよりさきにフクシマの人たちに 安心して生活できるように とりもどしてくれる 政治家なり政府になるように そんな人に 投票しようと思います。
だめだこりゃって思う人しかいないときは 真っ白 でもいいのです。

まずは

投票しにいくことから はじめましょうね☆
photo:01


今度は焼き時間を短くしてトライした。ヒヨコサブレに負けてないね(^^)



iPhoneからの投稿
http://tanakaryusaku.jp/2012/10/0005460

 チェルノブイリ原発事故(1986年)が起き、60万~80万もの人々が収束作業員として駆り出された。高い放射能により使用不可能となったロボットに変わり、人間ロボットとして働いた彼らの事を「リクビダートル」と呼ぶ。「後始末をする人」という意味だ。

 平均年齢35歳。事故当時、徴兵制度があったため拒否することは出来ず、地元はもとよりソ連中から働き盛りの男たちがチェルノブイリに送り込まれた。

 リクビダートルの死者数を、IAEA(国際原子力機関)は2005年「被曝が原因で死亡した可能性があるのは50人」と発表した。だがその数字を多くの専門家が否定し、実際は1万人からの死者が出ているのではないかと言われている。

 死亡者の正確な人数、総被ばく量は分かっておらず、現在も多くのリクビダートルが、心臓病、高血圧、慢性疲労、慢性頭痛などの疾病に苦しんでいる。

 筆者らはキエフにある放射能医療研究所の入院棟を訪れた。放射線に起因する病気の中央診療機関である。キエフ市内はもちろんのこと地方で重病と判断された人々が入院している。

 建物は古く、現在も使用しているソ連時代のエレベーターは非常用の赤いライトがわずかな光を灯していた。日本の煌々と灯る照明になれ切った筆者は、仄暗さに少し不安を覚えるのだった。

 通された6人用病室には3人の患者がいた。取材に慣れているのか、筆者らに特に驚いた様子もなく迎えてくれた。窓際に座って、新聞を読んでいたスタニスラヴさん(72歳)が、自分の横に座るようにと促してくれた。

 キエフ生まれのスタニスラヴさんは、エンジニアだった。1986年5月4日、事故の8日後、道路建設のため、チェルノブイリに呼ばれ、9月まで作業に当たった。370ミリシーベルトもの被ばくをし、リクビダートルとして登録される。

 我々が取材に訪れたときは、2週間の検査入院中だった。
 
 「こんにちは、体の具合はどうですか?」。筆者はなんと会話を始めて良いのか分からず戸惑った。

 「そうだね。足も腰も、体は全て痛いよ。神経の問題があるらしい」。淡々と語るスタニスラヴさんだったが、まるで自分の娘を見つめる様な温かい眼差しを投げかけた。

 「それは放射能の影響によるものですか?」。

 「そうだよ。医者もそう言っている。でも、私のおじいさんは97歳まで生きたから、楽天的に考えているよ。おじいさんは一度も病院へ行ったことがなかった」と冗談まじりに答えた。

 「多くのリクビダートルが死んだ。一緒に仕事をした仲間も半数以上は死んだ。先日も59歳で亡くなった友人の葬式があった。チェルノブイリ事故は人間の悲惨そのもの。数えきれない人の命を奪っていった。事故の悲劇を思うと、とても苦しい気持ちになるよ」。スタニスラヴさんは、青く澄んだ瞳を少し潤ませながら語った。
少年たちも検査入院していた。テレビゲームに興じる彼らは、見た目は日本の健康な少年たちとなんら変わるところがない。=写真:田中撮影=

少年たちも検査入院していた。テレビゲームに興じる彼らは、見た目は日本の健康な少年たちとなんら変わるところがない。=写真:田中撮影=

 ウクライナは基本的に医療費は無料だが、薬代は自己負担だ。しかも手術などの際には袖の下を握らせるのが通例とされている。リクビダートルや原発事故被害者も例外ではない。

 しかも財政赤字により年金は、法律で定められた額の半分程度しか支払われていないそうだ。交通費や光熱費の免除があるが、年金が不十分で薬代が生活を圧迫している。

 昨年12月氷点下の中、リクビダートルたちは内閣府の前でハンストを決行した。彼らの生命線である年金の削減に抗議したのである。

 放射能に散々痛めつけられた彼らは、政府からも苦しめられるのか。彼らの命を削る訴えを思うと、いたたまれない。

 福島の事故についてスタニスラヴさんに聞いた。「どんな原発も絶対に事故が起きないと言えない。原発によって、人々の悲劇や悲惨な出来事が生まれるんだ」。静かだが、厳しい言葉で原発を批判した。

 取材が終わると、スタニスラヴさんは部屋の出口まで見送ってくれた。帰り際、担当医が「彼は前立腺ガンに侵されている」と、そっと教えてくれた。

 福島原発事故収束作業でも、ロボットは使えなかった。事故直後から高線量の中、人間が作業をした。すでに2万人以上の収束作業員が働いたというが、果たして正確な数字はあるのか。

 報道されたように、被曝量を低く見積もることも日常的に行われている。恐ろしい程チェルノブイリ事故と酷似している。リクビダートルの訴え。それは、人間の被曝無しには成り立たないという原子力発電の本質を問うているのではないだろうか。

--------------------------------------------------------------

高い放射線で機械は動かなくなる。
フクシマの原発の中で動かすのは 結局は ロボットでなく 人間に頼るんだろうね。
どれだけの線量をあげるのだろうか。
現場の作業員たちには本当に感謝ですね。
photo:01


またガトーショコラ焼いた。キル酒で香りだしてみた。
photo:02


久々にサブレ焼いた。
焼き過ぎたなあ(^_^;)
photo:03


右側は僕の作品、左はバイトのギャルにやらせてみた。少しずつ料理のコツ的なのを教えてみたり。特命料理人だな( ̄▽ ̄)
photo:04


少し凍ったのが最高
photo:05


ドラえもんの大好物
photo:06


ビスマンのプリン。プロのお仕事です。クールプリンな感じかなあ。美味しいよ



iPhoneからの投稿