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「住民の安全を考えて熟慮に熟慮を重ねて玄海原発再稼動を決断した」と言っていた古川知事ですが、これでこの人間の化けの皮がはがれてしまった。
結局、危険なプルサーマル原子炉を半ば強引に稼動させた福島県知事の佐藤雄平と同じ種類の連中なのです。
「ゼニゲバ」…の臭い。
彼らの当初の言い分はこうでした。
「浜岡原発を唐突に停止させたのなら、全国の原発を停止させるべきだ。浜岡だけが危ない、という理屈は容認できない」と。
こうした原発立地のゼニゲバ首長たちは、「地歴では浜岡原発の真下に川が流れており、かつ直下型地震が起これば液状化によって壊滅する」危険性が高い、というのは浜岡停止の理由にならない、とへんてこな理屈をつけていました。
玄海原発を巡る深い闇が暴かれたことで、四国電力の伊方原発再稼動も暗礁に乗り上げました。
四国の住民は、ほっと胸をなでおろしたことでしょう。
つまりは、本当のところは、原発立地の住民は原発反対派なのです。
原発誘致に際して、住民が首を縦に振ったのは電源三法交付金があるからです。
本当の原発推進派はというと、実のところ原発を受け入れた自治体の首長、ならびにその親族、利害関係者だけなのです。
電力会社をスポンサーとする地元新聞、地元テレビのマインド・コントロールによって、住民たちが、あたかも原発賛成派であるかのように思わせられてきただけなのです。
菅直人は、「やらせメール」事件の騒ぎようを見て、このことを確信したのです。
「脱原発を争点にすれば選挙に勝てる!」。
それで、よく中身を知りもしないでストレス・テストを実施するなどと言い出したのです。
ヨーロッパで実施されているストレス・テストは、「すでに十分な安全対策が施されている」という前提で行なわれるものですから、原発の安全性を保証するものではありません。
第一、原発を稼動させないでストレス・テストを実施しようというのですから、コンピュータ上のシミュレーションにすぎないのです。
ストレス・テストと菜の花プロジェクトが結局ダメな理由 小出裕章(MBS)
ストレス・テスト自体が、住民や国民への“セレモニー”に過ぎないのですが、それでも、やらないようりやったほうがいいことは言うまでもありません。
この三人も選挙を意識してか、「ストレス・テストが無事、通過したからといって、即、原発再開に結びつくものではない」と国民に念押ししたようですが、これは国民の8割、あるいは9割が3.11後、4ヶ月を経て「脱原発派」になったことへの配慮にすぎません。
もともと国民はストレス・テストなどという茶番に付き合わされることなど、まっぴらだと思っているのです。
第一、誰がテストする?
コンピュータ・シミュレーションに使用するプログラムは何で、誰がパラメータを決めるのか。
テストの結果など、キーを二度、三度叩けば、いかようにも変えられるのです。
後は、まことしやかな理屈を御用学者がくっつければいいのですから。
菅直人が、なぜ「脱原発」を標榜できないのか。
例の、4月上旬に被災地の人々に「今後、原発避難区域の人々は住み続けることが難しくなってくる」と言ったとか、言わないとか。
菅直人は、「私が言ったんじゃありません」と官邸の中を歩きながら記者に一言話しました。
ここに菅直人のずる賢さが出てしまっているのです。
自分で腹を切る覚悟があれば、「もう戻れない人たちに対して、本当のことを言うことが誠意だ」と、つっぱねればいいのです。正論なのですから。
マスコミとて、本当の覚悟のある政治家には一目置くのです。
「脱原発」と明言できないのは、今この期に及んでも様子見をしているからです。
菅直人がここまで嫌われるのは、「潔い」という日本人の美徳とされることから、およそ遠いところにいるからです。
でも彼は見誤っていないのか?
いまさら「脱原発」など、選挙の争点にならないでしょうに。
つまり、「脱原発」など当たり前のことだからです。