年代に関係なく、妙に人間関係を怖がる人が増えています。

 相手から傷つけられたり、自分が相手を傷つけてしまうのが怖いのです。

 しかし、傷つけあうのを避けるためのメールのほうが、かえって相手への不信感を呼び、深く陰険に傷つけあう結果にもなりやすいように思うのですが、どうでしょうか。

 傷つけあうのも、一つの人との縁です。

 私の経験から言えば、相手との間には、喜ばしい経験が半分、嫌な出来事が半分。

 半分半分で、ちょうどよく釣り合いが取れて、親しく付き合っていけているのです。

 

 コップに水が入っています。

 上半分は透明に澄んでいます。下半分は濁っています。

「傷つけあうのが怖い」という人は、コップの下ばかりに気を奪われてしまいます。ですから、「人間関係は濁っている。あんな汚らしい水を飲んだら、ひどい目にあう」と決めつけて、けっして手を出そうとはしません。

 全体を見てほしいのです。上には透明な水があると気づいてください。

 人と人は傷つけ合いもします。しかしまた励まし合い、支え合い、慰め合い、癒し合う関係でもあるのです。そのマイナス部分にだけ気持ちを奪われて、人との関わり合いを避けるのは、とても惜しいと思います。

「人との縁を生かすことによって、自分も生かされる」と教えるのが仏教です。

 自力ではなく、人は他力で生かされているのだと。

 合掌とは、右の手のひらを相手だと思い、左の手のひらを自分だと思って、両者を一つに合わせて「ありがとうございます」と感謝の心を捧げる行為です。

 人間関係の喜ばしい部分も、嫌なところも両方を一つに合わせて、「ありがとう」といってみてください。

 人はただやみくもに怖がる気持ちも消え、もっと素直な気持ちで、人間関係を築いていけるようになるでしょう。