出来事があれば、
心に何かしらの感情が湧く。
その中身が例え不本意な内容であっても、
「ああ、自分はこう感じているんだ」と認めることができる状態。
それがまずあって、その上で、
「じゃあこれからどうしていこうか」を考える。
その順序が欲しい。



既に在る不本意な感情を、無かったことにしたくて、そこに蓋をする。
その蓋が開いては困る。
理想や完璧に向かい没頭することで、その蓋が開かないよう管理する。

小さい頃にその癖がつくのもまた、人間らしさだと思う。

しかし、その方法は、
悲しいかな、緊急避難でしかない。

その「不本意な感情」は、
『雨降って地固まる』の『雨』なわけで、
成長には不可欠と言える。



大人が、
『どんな感情が湧いてもとりあえずOK😁』と認めてあげることが、やっぱり大事。

大人は、ときに子供を導く存在であるはずで、

だからといって、
別に人生を導く必要はないと、私は思っていて、
しかし、
心に湧く感情が、あらゆることの根っこになっていくわけで、

『心に湧いた感情をありのままに認めること』に不安を抱いている若者がいれば、
『それでOK。その上で、さてどうしていこうか?』と投げ掛け続ける。
それが、私に出来ること。

高校生エンカウンターグループで、私はそれをやり続けるのみ。