たまたまリンクしている方のタイトルにありました。

リンク元のブログはこちら>http://ameblo.jp/shozando/entry-12106008880.html

確かに、お金がないって、不安です。

お金はないより、あったようがいいに違いない。

「お金は汚くないし、お金を好きだという人のところに集まるものだ」という説もあります。

でも、私は「お金は汚い」と思います。

汚いから、持っているより、持たないほうがよいのです。

人間だって、出すべきものが出なければ、おなかが痛くなるどころか、死んでしまいます。

お金は汚いからこそ、きれいな使い方をしなくてはいけないし、

お金は使うから役に立つものなのです。

で、「ほとんどの幸せはお金で買える」というタイトル文に戻りますが、

ここで気にしたいところは「ほとんど」というところです。

つまり、「すべての幸せ」がお金で解決できるわけではないということに、この方も気がついているわけですね。

どんなにお金があっても手に入れられない幸せって、どんなものなんでしょう。

逆に、

お金がなくても手に入る幸せだってある、っていうことでしょうか。


幸せであるかどうかというのは、実は、女性にかかっているんじゃないか、と、私は思うんですね。

女性が、どんな環境にあっても、「自分は幸せだ」と思う生き方ができていれば、家族も幸せである確率が高いように思うんです。

では、どうしたら女性が幸せだと感じられるのでしょう。


かなり昔の話になりますが、終戦後、滋賀県で自給自足の生活を始めた松井浄蓮さんという方がいます。

荒地を開墾して暮らす生活は、屋根はあるけれど壁がないようなあばら家だったり、食べるものがなくて木の根を炊いたおかゆであったりするのですが、妻と6人の子供が暮らす生活であったそうです。

あるとき、寒いなかで乏しい食事を創る妻の後姿を見て、自分のために苦労をかけてしまったと悔恨の念を持つ浄蓮が「もうしわけないことをした」と謝ると、妻は笑顔で「寒い冬があるから、春が来たときが嬉しいのですよ」と笑顔で答えた、というような話を読んだことがあります。

夫を信じて、苦境のなかで楽しみを見つけられる。そんな女性に、現代人はなれるでしょうか。

私は、お金に困らない生活をするのも悪いとは思わないけれど、お金には縁のない貧乏な暮らしのなかでも楽しめる人生を送りたいものだと思います。

でも、生きるスキル、って、お金を稼ぐスキルよりも難しそうです。

だから、みんな、簡単に、お金で解決しようとするんだろうな。


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