わたら瀬店長のブログ
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営業再開のお知らせ

皆さまお待たせしました。
お待たせしすぎたのかもしれません。

来週5月25日(月曜日)より
居酒屋営業を再開いたします!

なお、御予約のお客様は5/25午前中より受付を始めます。
今後はおよそ東京都の要請通りの営業時間となります。
詳しくはお電話くださいませ。

皆様の元気な姿をとっても楽しみにしております。

わたら瀬店長//

窮すれば通ず

緊急事態宣言が531日まで延長されました。

 

多々思うことはありますが、これを機に今後の飲食業界がどのように変容するかの考察と共に私見を述べてまいります。お時間がある方はしばしお付き合いください。

 

現在、殆どの飲食店がこの状況下のなかで短縮営業・自粛を余儀なくされており、さらに経営が圧迫されている窮状にあるのは全国において推察されます。

わたら瀬においてもご多分に漏れず41日より現在まで居酒屋営業を見合わせております。(お昼は営業中)

 

一方で在宅を奨励する政策下で、現在飛躍的な勢いで

それらの飲食店に救いの神のごとく手を差し伸べて勢力を拡大しているのが

配達仲介企業でございます。いわゆる「出前」代行企業です。

ハコモノ商売は人々がそこに集わなければ成立しませんので、この状況では、特に飲食店の売り上げの低下は多額の手数料を差し引いても、配達によってしか補うことができません。

 

ただ、彼らは決して「配達代行企業」というわけではありません。

現在急激に肥大化を遂げているこの業態はいわゆる「個人情報を収集するテクノロジー企業」という側面があります。

個人情報の登録によって食の配達を請け負うことで

性別・年齢・地域・価格志向・世帯構成

これらを食の好みと共に統計・分析することが可能になり、国民全体の「食の傾向」がリアルタイムにデータ化されます。我々の食するものは個人情報と相まって分析され、更にそのビックデータのもとに商品をリードされ、まるでコンビニの商品陳列のように理路整然と食の好みが分類化されてまいります。

〝ヒトの食″に関しての傾向と対策がビジネスとして明確化されていくということです。

このデータは様々なマーケットに対して価値を持ちます。外食産業は勿論、医療産業・健康産業に対しても金科玉条のような情報価値を有しており、今後それ以外にも様々な産業との提携が予想されます。

 

これは、いわゆる【情報化社会】が生む産物であり、実は今般のコロナ禍が無かったとしても少なからず遅かれ早かれ起こるべき事象であると踏んでおりました。

ただある意味、消費者にとってみれば、家にいながらあらゆるものを購入できる所謂〝買い物天国″となるべくこの状況は、コロナ禍が急激に加速させたものではあるでしょう。

 

しかし、忘れてならないのがそれは実はあくまでビジネスの世界観点においての定義であるということであります。

私は〝食″は単なる「消費」の枠にとどめるものではないと考えています。

なぜならば、変容こそすれ「食文化」とは伝統であるからです。

日本において、悠久の時を経て受け継がれてきた連綿と続くその伝統というものは、職人の仕事に対する真摯な姿勢によってこそ実現されます。

しばしば、人を感動させたり、心の底から喜んでもらえる料理やお酒

というものは決して統計や分析によってではなく

一人の思いやりや、情熱によって産まれるものであったりします。

その心はそのものだけに留まらず、器や空間、いわゆる「あつらえ」「しつらえ」といったことに波及し、果てには魯山人の如く居・食・住のすべてに芸術を求めるような酔狂な人間まであらわれる。データでは表せない非常に奥深いものであります。

 

 

前稿にも寄せたとおり「外食」とはそういった体験であり経験となるもであり

〝外″に出ることによってしか得られない価値があります。

  

 

窮すれば通ず

 

 

あわてず、あせらず参ります。

 

 

わたら瀬店長//

今おもうこと

「外食産業」とは、人々が家から外に出かけてお店で食事を楽しむことを基本にして成立しています。店々は、人達を外出に誘い、各々の世界観で魅了するべくそれに磨きをかけて凌ぎを削り、おもてなしする。
人が集うことで街は彩られ、養われ、力強く育まれてまいります。お店側である我々も、また街によって育てられ、街を創ってもいるのです。

しかしこの「街に出る」「人が集う」ことを奪われてしまった時、害悪であるとされてしまった時、外食というのは必然的に内食に向かわざるを得ません。《外に出てもらうこと》を命題としてきたお店が今では逆のことを奨励しなければなりません。持ち帰りやデリバリー、本来は推奨するものではないところもある筈です。しかし、そうせざるをえない。非常に辛いことです。
ただ、悲観することはありません。

今、巷では自宅でオンラインでパソコン画面を前にグラスを片手に仲間と飲む、という現象が見られるようになってきました。
つくづく人は極めて社会的な活動を好む生き物であり、
心の内部ではやはり
「街を照らす燈」
をいつでも用意しているのです。

今街は眠っています。
もしかするとこれから長い眠りにつく事になるかも知れません。
しかし、この燈が消えない限り、やがて街は灯りを取り戻し 更なる魅力を我々に与えてくれることでしょう。

わたら瀬店長//
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