時と生命
人生をコストとベネフィットで見て、つねに時間を分母に考えていると、モノの考え方がゆがむ 〜山極寿一 老いの思考法〜
世では
時間を切り売りする"スポットバイト"なるビジネスが隆盛を極め
移動時間に数秒、数分間で閲覧できるSNSが氾濫し
歩く時間を割くことなくデリバリーの食事をとる
タイムパフォーマンス(タイパ)なる言葉が生まれる昨今、
例えその対象が文化的なことであっても
効率よく物事をこなすことが良かったりする
とにかく、すきまの時間に入り込んでくる現代社会の潮流は我々を操っているのか、
もしくは我々が望んだものであったのか、、
しかし
本稿の序に引いた一節はそういった
いわゆる、物語を間引きするような社会
に警鐘を鳴らしているように思えます
ひとそれぞれの物語
その時は一瞬に消えて、また一瞬に生まれる
その連続した現象に内包するものです
決して、
一朝一夕に効率よく出来上がるわけではなく、穏やかに時を結んでいって
いつのまにかそれが物語となり人生となる
たまには時を忘れて愉しみに興じること
それが豊かに生命を讃える
そうだ わたら瀬に行こう
2025年秋
師走入り
師走入りいたしました
とっぷりと闇に浸かった渋谷の街に
街頭の灯りは煌々と
寒風吹きすさぶ
暖簾が揺れる
心も揺れる
積もった一年の垢は
暮れの盃で洗い流し
新しい年を迎えたいものです
大晦日の夜まで
残すはあと三十日
人それぞれの年の結び
皆様のお越しを
お待ちしております
わたら瀬の営業は
12月28日(土)まで
年明けは
1月6日(月)から始めます

