美女妄想



男女が食事をしている。

僕は遅い夕食を食べ終え、生温いギネスを呑んでいる。

女の顔は良く見えるけれど、男は後ろ姿しかみえない。

今、男がタバコに火を付けた。
彼女は、外を眺めた。

彼女は彫りの深い顔立ちをしている。
身長は高く、胸は薄い。年齢は20代後半。
美しいながらも、老いの陰はほんの少しだけ、彼女をとらえはじめている。

男の髪には幾分白髪が混じっている。
年齢は40代後半。
タバコの銘柄はセブンスター。

チラッと男の横顔が見えた。黒縁メガネ。無精ひげ。
多分横文字の職業で(チーフプロデューサーとか、クリエイティブディレクター)
それほど趣味の悪くない外車に乗っている。
身長は低い。ぼってりとした体つき。ワイシャツは洒落ている。

彼女は、飲みきったグラスに残った氷を黒いストローで物憂げにつついている。
その仕草はとてもセクシーだ。

今、彼女と目があう。

ギネスを呑みきったので、ギロチンという名前のベルギービールを頼む。
ほっそりとしたボトルのラベルにはギロチンのイラストがプリントされている。

ギロチンは、フランス王妃マリーアントワネットの人生の最期をかざる大道具だ。

マリーアントワネットはどこにでもいる、そこそこ美しい平凡な女だった。
しかし、時代の波に飲み込まれ人生をジェットコースター的に生きるはめになった。

彼女は恐ろしいスピードで頂点まで上昇した後
あっというまに落下して、終着点にはギロチンがただずんでいた。

ツヴァイクの歴史小説、マリーアントワネットの序文にはこうある。
(はっきりと覚えていないから若干異なるかもしれない)


「凡人に劇的な人生を送らせる為、ときに運命は不幸という鞭を振るう。」


今、男はトイレにたった。
彼女は自分の煙草に火を付ける。

何か話しかけてみようか、なんて気持ちもわき上がってくるけれど
男連れにそんな事をするには、まだアルコールが足りていない気がする。

彼女はきっと、僕からの視線に気づいている。

彼女はきっと見つめられる事になれているのかもしれない。
昔から、彼女はたくさんの男達から、じっと見つめられ続けてきたのだ。


そんな事を考えているうちに、あと2分で今日という日が終わる。
哀れな7月16日。

まるでジェットコースターみたいに消えてしまった。

昼間にたっぷりと熱を吸収した街を、夜風が妖しく冷まし始めている。


男が戻ってくるのを見て、彼女はボソっと何かつぶやいた。

美女妄想




鎧を着た屈強な男達に囲まれたユリコを想像する。

ある者は、大きな剣を持ち、ある者は金ぴかの鎧を纏っている。
ユリコは中世の貴族が着ている様なドレスを纏い、男達に笑顔を振りまく。

僕は、その風景をボーッと見つめている。


今、周りに男達がいなくて本当に良かったと思う。
ユリコの化粧が終わったら、2人で買い物に行く予定だ。

30分後、
僕は屈強な戦士達の嫉妬を買いながら、不安と高揚感と共に新宿伊勢丹を歩く事になるだろう。







美女妄想






「だからもう、あたしの事にかまわないで!」

栗山は、俺の手をふりほどいた。

もう少しで、栗山の父親や校長達が俺たちに追いつくだろう。

「もういいの。私はあの人と結婚する。それでお父さんもお母さんも安心するの。
それでみんな幸せじゃない!だからもう私の事にかまわないで!」

栗山は目を真っ赤にしながら、叫んだ。

「ふざけんなよ!その幸せに栗山は入っている?
栗山がどうしたいかを聴かせてくれよ!
あいつの事が好きで結婚するのか、それとも父親の会社を守るために嫌々結婚するのか」

俺自身も興奮して、声が大きくなってしまう。

「あなたは何もわかってない。所詮他人毎だから、そんな事いえるの。
あの人と結婚を断ったら、お父さんの会社もなくなってしまう。
そしたら、お母さんはどうなるの?妹はどうなるの?」

そう言うと栗山は黙り込んでしまった。


「俺が守る。栗山も、栗山の家族も俺が守るよ!
俺今は、馬鹿で貧乏だけど一生懸命勉強もする。
良い大学に入って、力つけて栗山を守れる様になる。」


「いつも私に勉強教わってるくせに変な事言わないでよ・・」
栗山は泣きながら、ちょっとだけ笑った。

『おいっ!あそこにいたぞ。』

ちっ。もう奴らが追いつきやがった。
その時、栗山が俺を見て言った。

「本当に私の事、守ってくれるの?」


俺は強くうなずき彼女の手を取った。



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