プレーバック劇団芝居屋第42回公演「通る道」6 | 序破急

序破急

劇団芝居屋を主宰しています。50年以上携わって来た芝居のあれやこれや、また雑感などを書き散らしたいと思っています。

「ご住職はお元気ですか」「お元気でねえの」「ご病気ですか」「死んじゃったの」・・・この会話、2年前に住職を亡くなってから寺を訪れる檀家さんと絶えず行われてきたので、今ではその後の説明が立石に水です。

奈美恵 「・・・あのう、いつですか?」

文子 「もう二年前さ」

奈美恵 「ああ、そうでしたか」

妙子 「亡くなった原因は?」

文子 「脳溢血さ」

妙子 「あらまあ」

文子 「いやあ、人の命なんてあっけないもんだよ。檀家さんの葬式やってさ、炬燵で一杯やってたらコロッだもの。あとウントモスントモ言わねえんだから、まあまああっけないもんだ」

奈美恵 「そうだったんですか」

妙子 「あの、お幾つで・・」

文子 「ああ、七十五だ」

妙子 「あゝ、そうですか」

奈美恵 「早かったですね」

文子 「なに、飲んべえで高血圧だもの遅かれ早かれって感じだべさ」

文子 「まあ、逝くのは寿命だから仕方がねえんだけんど、残されたこっちが大変さ。幾ら格式のある寺だって住職が居ねえんじゃどうにもなんねえのさ。なんせ子供たちは坊さんなんて真っ平だって早くから出て行った連中だから、跡継ぎなんかとんでもねえ話なのさ。でも寺の仕事はやって行かなきゃなんねえからね。墓の管理や葬式、法要。やることはいっぱいある訳だ。で、仕方なく兼務寺院ってことで今までやって来たんだけど・・」

奈美恵 「あのう、兼務寺院ってなんですか」

文子 「ああ、一般の人に言ってもわかんねえわな。兼務寺院ってのはさ住職が亡くなった寺で他の寺の住職に葬式や法要の時に助けてもらってる寺の事だ、それが兼務寺院。まあ、要するに住職が居ねえ寺ってこった」

 

同情して聞いてくれる奈美恵と妙子に調子に乗った文子は言わないでいいことまで喋ってしまいます。

妙子 「これからどうするんですか」

文子 「まあ、ずっとこのまんまじゃいられねえし、ワチも寺の生活に飽き飽きしてたから、檀家さんや本山と相談して退職させて貰う事になったんだ」

奈美恵 「退職?」

文子 「ああ、退職だ。元々寺の住職は本山から寺を任されている身だからね、まあチェーン店の店長みたいなもんなのさ。家族も店員って訳だ。だからそこを辞めるのは退職って事になるわけさ」

奈美恵 「ああ、そうなんですか。でもここ出て生活は大丈夫なんですか」

文子 「だからただ出て行く訳じゃねえよ、退職って言ってるしょ。なんせ働いてきた時間が長いからさ、出るのさ、結構な退職金が」

奈美恵 「そうなんですか。いやあ、聞いてみないとわからない話ってありますね」

文子 「んだべえ。まあ、その退職金でどっかいい老人ホームでも入るつもりさ」

 

これを聞いた保険外交員をやっている奈美恵はつい商売っ気を出してしまいます。

 

奈美恵 「もう決まってるんですか」

文子 「いや、まだだ」

奈美恵 「だったら慎重に探した方がいいですね。終の棲家jということになるんですから」

奈美恵の様子を怪しんだ文子は老獪に妙子に矛先を変えます。

文子 「でもなんだね、正二さん心配だね」

妙子 「ええ、まあ・・」 

文子 「ねえ、あんたと正二さんじゃ随分歳の離れた夫婦だよね」

妙子 「そうですね、先生とは二十一違いですね」

文子 「あら、二十一も違うのかい。結構な歳の差だね・・・えっ、先生って・・」

奈美恵 「正二叔父さんの事ですよ、妙さん・・・叔母さんは叔父さんの事先生って呼ぶんです」

文子 「ヘエーッ、なんでまた」 

妙子 「わたし、先生と、弟子入りした後、大分経ってそんな関係になったもんですから、ええ、何となく・・・」

文子 「なるほどねえ、名前やあなたなんて言えなくなったって訳かい」

妙子 「ええ、そうです」

 

文子 「でもいいよね。夫婦で同じ仕事って。ワチもさ、ここ出たら七十の手習いで切り絵に挑戦しようと思ってるのさ」

妙子 「ああ、いいですね。是非やってください」

文子 「でもね、どう始めたらいいんだか分かんないのさ。どうしたもんだべね」

妙子 「・・そうですね・・ああ、こちらにも切り絵作家の知り合いがいますんで、連絡とってみたらどうですか。なんならお教えしますよ」

文子 「あら、いいんでないの。教えて、教えて」

妙子 「確か切り絵教室をやってるって聞きましたから」

文子 「あら、益々いい。お願い教えて」

妙子 「ちょっと待ってくださいね」

正座が仕事の文子とちがって、東京から来た二人には文子との長話は拷問に近いものがあります。

そろそろ我慢の限界が近づいています。

妙子 「ここです。もしよかったら連絡してみて下さい」

文子 「(メモ)タザキヨシヒコ・・さん。ああ、宮元町だったら、近い、近い。あらあら、ありがとう。早速連絡してみる。(浮足立ち)・・・ああ、もう少しお待ちください」

 

 

7に続く。

撮影鏡田伸幸